文春砲の落日~テレビは文春・新潮を急激に取り上げ消費した~

文春(青)新潮(橙)をテレビが取り上げた回数グラフ(データ提供:エム・データ社)

テレビと世間はいつから文春砲に振り回されていたか

「文春砲」と呼ばれた週刊文春のスキャンダル記事。我々はいつの間にか、文春砲に振り回され、いいように操られるようになった。その要因が、テレビだったと思う。文春がスキャンダルを記事にすると、テレビのワイドショー・情報番組や時にはニュース番組がそれを取り上げ、他のネット上のメディアも巻き込んで大きな渦となる。そんなことが当たり前になっていた。

少し前まではここまでではなかったはずだ。いったいいつから我々は文春砲に支配されていたのか。テレビ番組をすべてデータ化するエム・データ社に頼んで調べてもらったら、かなりくっきりした結果が出てきた。それが上のグラフだ。テレビ番組の中で「週刊文春」「週刊新潮」がネタ元として表記された番組の数をグラフにしている。文春が青、新潮が橙色の線だ。

文春砲が放たれ世間が大騒ぎになるほどテレビが取り上げたのは、2016年1月に突如起こった現象だった。それまでにも小さな渦を巻き起こしてはいるが、比べ物にならないくらい少ない。この月から、スキャンダルの歯車が狂ったように回りはじめたのだ。

上のグラフは2008年1月から2018年9月までのデータだ。幅が広すぎてわかりにくいので、2014年以降に絞ってデータを精査してもらった。エム・データ社によれば、ここで言う精査とは「ニュースやワイドショーの中で明確に文春のテロップや誌面の紹介、文春デジタルの映像とテロップによる紹介があるもの」だそうだ。まちがいなく番組の中でネタ元として文春(そして新潮)の記事や映像が使われたかどうかを調べてくれている。

そのグラフがこれだ。

データ提供:エム・データ社
データ提供:エム・データ社

こうして見ると、2014年から2015年にかけて、予兆のように小さな山ができている。そして2016年に爆発したのだ。地震の予震と本震のようだ。そして2016年はブルーの線、つまり文春が何度も山を作っている。ところが2017年に入ると橙色の新潮が文春の向こうを張るように山を作りだした。2018年の文春は3月に山を作ったあと徐々に下がっており、新潮は4月に最後の花火を打ち上げるように山を高くしたあと、静かになった。

不倫を中心に立て続けにスクープを発信した文春

文春と新潮に分けて、もう少し詳しく見ていこう。文春のグラフの前半だけ切り出してみた。

2014年から2016年6月までの部分だ。

データ提供:エム・データ社
データ提供:エム・データ社

山ができている箇所にアルファベットを振った。それぞれの内容は下記だ。

  • A:2014年5月 ASUKA覚せい剤所持容疑で逮捕
  • B:2015年4月 上西小百合議員、本会議欠席旅行疑惑
  • C:2015年8月 武藤貴也議員、未公開株トラブル
  • D:2016年1月 ベッキー&川谷絵音、不倫報道
  • 甘利明経済再生担当大臣、収賄疑惑
  • E:2016年2月 ベッキー&川谷絵音、不倫報道
  • 清原和博、覚せい剤所持で逮捕
  • 宮崎謙介議員、不倫疑惑
  • F:2016年5月 舛添要一都知事、政治資金問題

2014年から2015年にかけては、文春がスクープをすっぱ抜いたからといってテレビに飛び火したのはわずかだ。ところが2016年1月から急に文春がスクープを連発し、テレビがそれを追いかけるようになった。文春の誌面を紹介すればワイドショーができてしまう。きっかけはベッキーと川谷絵音の不倫だが、そもそもスクープの数も多かった。

そして文春による世論リードの決定打が、舛添要一氏の政治資金問題だった。文春のスクープ連発によりテレビが大騒ぎしてついには、舛添氏が辞任に追い込まれた。この一件で文春への信頼度が極度に高まった。テレビは文春のスクープにしたがっていればいい、という状況になったのではないか。

続いて文春のグラフの後半だ。

データ提供:エム・データ社
データ提供:エム・データ社

2016年は小ぶりの山が続く。スクープがなかったわけではなく、小倉優子の夫の不倫、中村橋之助の不倫などが小刻みに報じられている。不倫報道に飽き飽きしたのを私も覚えている。

2017年に入ると、文春砲は衰えるどころかますます続けざまに大砲を打ち上げる。

  • G:2017年6月 小出恵介、未成年女性と不適切関係
  • NMB48 須藤凜々花が結婚発表
  • 下村博文幹事長代行、加計学園闇献金報道
  • 2017年7月 船越英一郎&松居一代、離婚騒動
  • 渡辺謙、不倫謝罪会見
  • 2017年8月 斉藤由貴、不倫報道
  • 宮迫博之、不倫報道
  • 2017年8月-9月 日野皓正、コンサート中にドラマーの中学生へ暴行
  • 2017年9月 山尾志桜里議員、不倫疑惑
  • H:2017年11月 大相撲 日馬富士が貴ノ岩に暴行
  • 2017年12月 藤吉久美子、不倫報道
  • 2018年1月 小室哲哉、不倫疑惑
  • I:2018年3月 伊調馨、栄和人強化本部長からのパワハラ被害騒動
  • 2018年4月 新潟県 米山隆一知事、女性問題で辞職表明
  • 林芳正文部科学大臣、公用車で「ヨガ通い」報道
  • 2018年5月 石原さとみ、交際報道
  • 日大アメフト悪質タックル問題で内田監督の音声データ公開

世の中にこんなにスキャンダルというものがあるものかと感心するが、その度にテレビは何の躊躇もなく文春をネタにし、追いかけてきた。時には文春が撮った映像まで使うようになり、テレビ局は取材をする気さえ失ったのかと思えたほどだ。

スキャンダルの方向性も、不倫一辺倒からパワハラの暴露のようなものへと広がってきた。それとともに、必ずしも最初が文春のスクープとは言えなくなってきた。2016年から2017年の文春の勢いに、2018年半ば以降、翳りが出てきたように思える。

文春に追いつけなかった新潮

今度は週刊新潮のグラフを見てみよう。単独で見ると、文春と比べて山がずいぶん少ない。2016年までの間は、2016年3月に「乙武洋匡氏、不倫認め謝罪」4月に「山尾志桜里議員、ガソリン代疑惑」がテレビで取り上げられ小さな山ができているが、大きな山ができるほどではない。そこで2016年7月以降のグラフを拡大したのがこれだ。

データ提供:エム・データ社
データ提供:エム・データ社

これも内容を箇条書きにする。

  • J:2017年4月 中川俊直議員、女性問題で辞任
  • K:2017年6月-7月 豊田真由子議員、秘書に暴行
  • 2017年7月 船越英一郎&松居一代、離婚騒動
  • 今井絵理子議員、不倫報道
  • 2017年8月 豊田真由子議員の政策秘書青森県板柳町 松森俊逸町議、金銭トラブル疑惑
  • 兵庫県神戸市 橋本健市議、政策チラシ架空発注疑惑
  • 2017年9月豊田真由子議員、元秘書への暴行暴言問題・新たな音声公開
  • L:2018年4月 ビートたけし独立&オフィス北野内紛騒動
  • 財務省 福田淳一事務次官、女性記者へのセクハラ疑惑報道&音声公開

こうして見ると、実は週刊新潮はほとんど豊田真由子議員の騒動に終始しているのがわかる。新潮は文春に続いてスクープを連発し、テレビで続々取り上げられたイメージがあるが、実際には「豊田議員のスキャンダル、ほか」といった程度なのだ。豊田議員の件であの音声を入手したのはスクープだったが、それ以外、テレビを振り回すようなことはなかったと言っていい。豊田議員の件があまりにもセンセーショナルだったのと文春とセットで見られることで、新潮のイメージが肥大していただけなのだ。スクープを連発する文春に追いつけとばかりに頑張ったが、到底追いつけなかった、というのが実態のようだ。

文春の落日と、私たちのリテラシー

さて、文春の後半の方のグラフをもう一度見てもらうと、直近2018年10月にちょろりと山ができている。片山さつき大臣の疑惑報道だ。”ちょろりと”と書いたが、実感としてもテレビで大して取り上げられなかった。文春のスクープが不発を続けている。

あれほど毎週のように文春砲が放たれ、テレビが一斉にそれを報じていたのに、いったいどうしたことだろう。単純な話だと私は思う。文春はテレビに飽きられたのだ。“文春砲”とはもう呼ばれなくなっている。

テレビは結局、何もかもを飲み込みエキスを吸い尽くしてぽいと捨てるうわばみのような生き物である。それはとりもなおさず、我々の好奇心の写し鏡なのだろう。つまり、文春に飽きたのは、我々なのだ。文春に反省すべき点があるとしたら、あまりにも連発しすぎた。要するに、調子に乗りすぎたのだ。

文春は、デジタルもうまく使い映像にも手を出して新しいスキャンダルメディアとして生まれ変わる試みにトライしていた。だが結局は、紙の雑誌の部数減少は防げないし、紙を支えてきた団塊の世代に命運を握られている。だから最近は、文春でも健康ネタが増えてきた。気がつくと、オヤジ週刊誌はどれもこれも、健康ネタが満載だ。スキャンダル誌なんて、実はもう要らなくなっているのかもしれない。

ではテレビはどうするのだろう。テレビが文春ネタを取り上げなくなったのはもうひとつ、信頼性を取り戻すべきとの空気があるからだと思う。ようやくわかってきたのだ。メディアにとって信頼性ほど大事なものはないのだと。

それは我々が学んだからでもあると思う。なんだかんだ言って、我々のリテラシーは上がっているのではないか。フェイクニュースには気をつけろ。スキャンダルに振り回されるな。我々が新時代のメディア環境に慣れるために、文春砲に踊る日々は必要だったのだろう。だがもう、そのステップは卒業しようとしている。文春の落日は、そんなターニングポイントの象徴でもあるのだと思う。