「おっさん」がなぜかキーワードとして急浮上!さよならするか、おっさん力を信じるか

突如スポットライトを浴びた言葉「おっさん」

6月26日、2つの新聞で同じ言葉が取り上げられた。まず日本経済新聞の1ページを使って経済メディアNewsPicksの広告が掲載された。キャッチコピーは「さよなら、おっさん。」

そして日刊スポーツには「おっさん力ゴール」の見出しが躍った。ワールドカップで日本チームがベテラン選手中心に勝利したことを表現した記事だった。

同じ「おっさん」でも、2つの紙面で意味合いがずいぶん違っている。「さよなら、おっさん」は、権力にあぐらをかく年配男性を差して批判しているらしい。「困った出来事が多いですよね、最近」とあるので、きっとセクハラ官僚や横暴な運動部の監督を意識して「おっさん」と呼んでいるのだろう。一方「おっさん力(ぢから)」は、平均年齢28歳の「おっさんジャパン」と自虐しながらもワールドカップで大善戦している日本チームの姿を逆説的に讃えているのだ。

この正反対のニュアンスを帯びたキーワード「おっさん」はそれぞれ、この数日で急展開していった。

14年前の著書「おっさん力」がメディアで膨らむ面白さ

影山貴彦著「おっさん力」2004年PHPエル新書
影山貴彦著「おっさん力」2004年PHPエル新書

スポーツ紙に載った「おっさん力」とは実は、同志社女子大学メディア創造学科の教授、影山貴彦氏が14年前に出した著書のタイトルだ。居酒屋で「とりあえずビール」と言う人はもう「おっさん」だけど、”肩肘張らず、ほっこりと、「おっさん」を楽しみましょう”と中年をゆるーく励ます本。

この本の存在を知っていた日刊スポーツの記者が、ワールドカップで善戦する「おっさんジャパン」について語る時、これこそ「おっさん力」だとあらためて影山氏に取材して記事を書いたのだ。

「30代本田、乾らの強さ「おっさん力」のゴールだ」(6月26日・日刊スポーツ)

 影山氏によると、社会における「おっさん」には一定の経験を積んだ落ち着きがあり、一世代前の団塊の世代に求められていたような悲壮感はなく、良い意味で楽観的な強さがあるという。「おっさんは『巨人の星』的な血へど吐くまでの努力も、バブルのイケイケも崩壊も知っているから、努力はするが、悲壮感にはつぶされずに前を向ける余裕がある」のだという。

 おっさんは、一世代前の先輩に「背中を見て盗め」と言われて苦労した経験もあり、若手に対し「君らの言うこと100%分からんかもしれへんけど、聞く耳はもってるで」という立場で、コミュニケーションも良好だ。一般社会でのおっさんの定義はおよそ40~50代だが、サッカー界では30代はベテラン、「おっさん」世代と言える。

出典:30代本田、乾らの強さ「おっさん力」のゴールだ

サッカー選手としてはもう若くはない本田選手がゴールを決めたことは、40代50代の会社社会の「おっさん」たちに大いに励みになっただろう。

さほど大きく扱われたわけでもないこの記事が、そのあとテレビにまで広がっていった。

TBS系列「ひるおび!」がさっそく同じ日に取り上げた。面白い記事として紹介したのだ。

2018年6月28日放送・テレビ朝日「ワイドスクランブル」第2部より
2018年6月28日放送・テレビ朝日「ワイドスクランブル」第2部より

28日になると、今度はテレビ朝日系列「ワイドスクランブル」が影山氏に直接取材し、ひとつのコーナーを立てて扱った。

  1. 上と下の世代を両方知っているいまの40~50代
  2. カッコ悪いが可愛げがある
  3. 憎めないユーモアを持っている
  • 欠点:すぐ調子に乗って痛い目を見る→若手に譲ることも大切

新たに取材しただけあって、こんな解説も加わっていた。

そしてさらに29日にはTBS系列「ビビット」がやはり影山氏に取材して「おっさん力」をひとつのコーナーで取り上げた。この時は・・・

  • 若者の話を聞く耳はある
  • ミスをしても落ち着き、常に楽観的
  • 不安な時も笑い飛ばせる余裕

いくつかの番組に広がる間に、「おっさん力」の解説もまた幅が広がっていった。もちろんどの番組でも「おっさん力」を好ましい概念として捉え、ワールドカップでの日本チームを応援する題材として、またいまの40~50代への賛歌でありエールとして「おっさん力」を紹介した。

14年前の著書「おっさん力」が思わぬ形で再浮上し大きく広がったことは、偶発的ながら極めてユニークな現象だと思う。それに、ワールドカップも含めて、日本中の中年を鼓舞する効果もあっただろう。自分たちの「おっさん力」を自覚して、「おっさん」たちによる若者たちのサポートを本当に促したかもしれない。

この広がり方は、「おっさん」という中年男性への揶揄も感じられる言葉に、あえて「力」という前向きな言葉をくっつけた化学反応の結果だと思う。ネガティブな言葉が逆に強いポジティブなイメージに転換したのだ。その前向きさが、ワールドカップの盛り上がりとともにこの言葉を急浮上させた。

実は筆者は影山氏とは数年来の交流があり、同い年の「おっさん」として共感しあう間柄だ。つまり私自身も「おっさん力」に鼓舞されたひとりなのだ。つい先日は影山氏にインタビューして「読みテレ」というメディアに記事も書いている。

→「【インタビュー:テレビを書くやつら】同志社女子大教授・影山貴彦さん(前編)」

賛否両論巻き起こしてしまった「さよなら、おっさん」

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一方NewsPicksの広告コピー「さよなら、おっさん」はどうだったか。26日に登場して数日間、あっという間に広がり賛否両論を巻き起こした。しかも残念ながら「賛」は少なく「否」ばかり見る。Twitterで「さよなら おっさん」で検索してみると、ネガティブな意見や感想だらけなことに驚く。

「おっさん」というネガティブな言葉に「さよなら」というネガティブな概念をくっつけているので、強い強いネガティブワードになってしまった。救いがない。その分、年配男性でなくても嫌な気持ちになる人が多かったようだ。

「若き老害」を自認する常見陽平氏ははっきり怒りの感情を文章にぶつけてこんな記事を書いている。

「NewsPicksの広告「さよなら、おっさん」はいけない。「こんにちは」である」

 世の中には多様な意見が必要なのである。「古い意見」は「悪い意見」とは限らない。むしろ、老害的な意見は暴走を食い止める可能性だってあるのだ。とかく、スピードや新しさを重視するがゆえに、倫理観が欠如してしまい、暴走してしまった案件が多すぎやしないか。例えば、もうだいぶ時間がたったが、ディー・エヌ・エー(DeNA)におけるキュレーションメディアの問題などは、もっとおっさん社員がいる会社だったならブレーキを踏めたのではないだろうか。

 というわけで、社会を動かす存在である、「おっさん」を否定するのは大変に残念なことである。おっさんは社会に必要なのだ。

出典:NewsPicksの広告「さよなら、おっさん」はいけない。「こんにちは」である (2/3)

ここで常見氏が言っていることと、影山氏の「おっさん力」はどこか似ていないだろうか。

一方で、もっと若い層にも批判的な意見はあった。

「NewsPicksの「さよならおっさん」について」

これを書いた望月氏はきっとNewsPicksにとって必要な読者層だと思うが、そんな人でもこの広告を「古典的な藁人形戦略」と一刀両断にしている。

実態のない藁人形を作って燃やして喜ぶというのは「凝り固まったルールや価値観」そのものかなと思います。反復すべきでないものを、結局反復しているように感じますね。

出典:NewsPicksの「さよならおっさん」について

すっかり嫌われてしまったようだ。

「さよなら、おっさん」のコピーで言いたいことは、おそらく誰しもわかっているだろう。間違っているともみんな言わないのではないか。ただ、「言い方」なのだと思う。多くの人にとって好きになれない言い方だった。影山氏が「おっさん力」の要素として挙げた「憎めないユーモア」が必要だったのかもしれない。となると、NewsPicksにこそ「おっさん力」が足りなかったとも言える。

「おっさんずラブ」に続いて「おっさん」がキーワードに

この稿は決して、NewsPicksを腐すのが目的ではない。そうではなく「おっさん」という言葉が同じ日にメディアに登場し、別々の流れを滑って転がってしまった面白さを伝えたい。しかも片方は14年前の著書がふわっと浮上したらあれよあれよと言う間に大きく広がっていった。日刊スポーツ記者のちょっとした思いがきっかけとなり、テレビにまで飛んでいった。たった二、三日の話だ。

一方で「さよなら、おっさん」は新聞広告なので周到に準備され、そこからこう広がってこう着地すると計算され尽くしたはずだ。だがおそらく計算違いがたくさん起っただろう。

偶発的に広がった話題を広告キャンペーンと比較するのはよくないが、ただそこにある違いが何かを考えるのは面白い。私が思うにそれは、ユーモアや可愛げのあるなしでしかない。つまり影山氏の言う「おっさん力」だ。思いやりとか、想像力とか、そんなあやふやなことしか言えないが、コミュニケーションの決めては結局、そんなことだと思う。「おっさん力」はおっさんの側が尊大にならなければ、なかなか役立つのではないだろうか。

筆者は少し前にドラマ「おっさんずラブ」の沸騰ぶりも記事にした。

「「おっさんずラブ」ツイート数「逃げ恥」を抜いて大記録!番組への愛がネットを駆け巡る」

今年はなぜか「おっさん」がキーワードになっているのか?ただポイントは、ピュアに前向きに取り上げることかもしれない。