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「放送法4条撤廃」についての不毛vs不毛な議論〜放送改革論議を振り返る〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント

3月に巻き起こった「放送法改革騒動」を振り返る

「放送法改革騒動」と言われても一般の方には「そういえばあったような気もする」という感覚だと思う。議論が込み入ってわかりにくいし、人びとの生活にどう影響するのかも見えてこない議論だった。少し関心ある人なら新聞各紙が「放送法4条撤廃は許さない」との論調で報じていたことは憶えているかもしれない。

筆者はかなりこの問題について情報収集した。できるだけカンタンに説明しよう。

内閣府の会議体「規制改革推進会議」が昨年から「電波割当」を議論しはじめ、当然放送業界も対象となった。放送に詳しい識者や学者、業界団体などあらゆる関係者にヒアリングをはじめた。これに対応する形で総務省の会議体としてもともとあった通称「諸課題検討会」の分科会で「放送の未来像を見すえた周波数活用」の議論をスタートした。

ところがそこへ「正体不明の放送法改革案」の存在が共同通信のスクープで明るみになった。どうやら首相官邸あたりが出元らしいのだが、「放送法4条撤廃」を象徴する形で放送に関する規制を撤廃し、通信と放送を一体化させることが書かれているという。NHK以外の放送は不要になるとの過激な文言もあり、マスコミ界が一斉に強く反応した。

この内容は、規制改革推進会議の文書に盛り込まれるらしいと噂が立ち、マスコミ界は警戒したが4月16日の文書には盛り込まれず、最終的にまとめられた6月4日の「第3次答申」も「正体不明の放送法改革案」とは関係ない内容だった。

カンタンにまとめてもこんなに長くなる。上の画像のチャートも参考にしてほしい。また筆者が業界向けに書いたAdvertimesの記事「広告業界的に知っておくといい放送改革論議」も併せて読んでもらうとさらに理解してもらえるだろう。

無茶苦茶な改革案と、感情的な反論

この論議のさらに詳しい情報や裏話もいろいろと仕入れたが、それはそれでややこしいのでここでは置いておこうと思う。それより言いたいのは、この論議の何とも言えない不毛ぶりだ。

まず「正体不明の放送法改革案」はあまりにもずさんすぎる。「4条撤廃」とは別に、そこで描かれる「放送と通信の一体化」があまりにも現実離れしているのだ。どうやら、民放は通信で視聴するものにするらしい。一方で放送事業への新規参入を活性化させたいらしい。メディアの現実をわかってなさすぎだ。

通信で映像を放送のように視聴する環境はまだまだカンタンではない。いきなり民放を「通信化」したら、テレビをネットに繋いだりFierTVのような外部機器が必要になったりアプリをダウンロードしなければならなくなる。そんなこと、とくにお年寄りに求めても無理に決まっている。大好きな「笑点」や「サンデーモーニング」が見られないと、日本中の放送局にお年寄りが押し寄せるだろう。首相官邸発の改革と知れば政権崩壊にも繋がりかねない。いまのお年寄りがどれだけテレビを楽しみに生活しているか、そしてネットサービスにいかに不慣れか、わかっていない。無茶苦茶と言っていい実現不可能な案だった。

一方マスコミの反応もかなり不可思議なものだった。4条撤廃と通信との一体化を合わせて考えてであろう「放送がネットのように無茶苦茶な番組だらけになる」という趣旨の反論が新聞記事にあふれた。ネット上のフェイクニュースを例に、放送がああなってしまうと言いたいのだろう。何を言っているのだろうと筆者はあきれた。偏った内容の番組にスポンサーがつくわけない。いま、ネットではあやしいコンテンツが淘汰されはじめている。「ブランドセーフティ」が問われ、おかしなメディアに広告を載せるなとスポンサーは代理店に厳しく指示するようになってきた。それが放送の形態であればますます厳しく見られるだろう。

無茶苦茶な改革案だったのは間違いないが、それに対する反論も感情的できちんと状況を踏まえていないものが多かった。「根拠のない報道だらけになってしまう!」という反論自体が根拠のない記事になっていた。

「放送法4条は守るべき」なのかは議論が必要

中でも象徴的なのが、「放送法4条撤廃」に関する新聞記事での反論で、多くが感情的に「撤廃許すまじ」というトーンだった。その根拠として出てくるのが「アメリカは1987年にフェアネスドクトリンを撤廃したら偏った放送局だらけになった」という言い方だ。これには違和感を持った。

佛教大学教授で海外のメディア事情に詳しい大場吾郎氏は、先日この放送改革論議をテーマにしたセミナーでこんなグラフを見せてくれた。

PewResearchCenter 2009年10月29日のレポートより
PewResearchCenter 2009年10月29日のレポートより

2009年のものではあるが、PewResearchCenterによるレポートに掲載されたグラフだ。視聴者が各放送局のイデオロギーをどう見ているかがわかる。

これを見ると、確かにFOXニュースだけ極端に「ほとんど保守的」だと思われている。だが他の局は「Neither=どちらでもない」がもっとも多く、またどちらかと言うとLiberalの印象が強い。

大場氏は2001年にアメリカに留学し、「9.11」によるアメリカの動揺を体験した。FOXニュースがアメリカ国民の心情をとらえて伸びていく様を直に見つめることができたそうだ。FOXの経営者、マードックはオーストラリア人なのでアメリカに特別な愛国心があるわけではない。1996年に設立された新興ニュースチャンネルであるFOXニュースが伸びる際に、9.11後アメリカ国民に立ちこめた保守的な空気を放送に反映させただけで、特にチャンネル自体が強いイデオロギーがあったわけではなかったと言う。

大場氏の見解を参考に考えると、1987年のフェアネスドクトリンの撤廃と、1996年にできたFOXニュースが9.11を利用して伸びたことに、どれだけ相関性があるかはもう少し検証が必要だと思う。少なくとも「アメリカは1987年にフェアネスドクトリンを撤廃したら偏った放送局だらけになった」という言い方は極めて根拠が薄いものだとわかる。

さらに言えば、日本のテレビ局は放送法4条があるから中立性を保っているのだろうか?報道経験のあるテレビマンは「放送法4条なんて知らなかった」と言う。4条とは関係なく、視聴者にニュースを伝える責任として間違いのない内容や片寄りのない報道を心がけるのだ。4条はメディアとして持つべき矜持の明文化であり、法律にあろうがなかろうが守るべき精神だから、なくなったら急に放送がいい加減になるわけではないと筆者は思う。

「4条撤廃許すまじ」と闇雲に主張するために、そしてそれを通じて反安倍をアピールするために、誤った根拠で論を展開していた記事が多かったように思う。落ち着いた議論をしようとしない姿勢は、メディアに関わる論だからこそよくないのではないか。

4条だけでなく今回の論議については、共同通信で最初のスクープを記事にした原真氏が、放送業界誌「GALAC」に書いた記事がもっとも冷静で整理されていると思う。東洋経済オンラインに転載されているので、読んでもらうといい。とくにテレビや新聞に携わるみなさんには、ちょっときつく、また納得もできる論だと思うがどうだろうか。

→「放送局は自らの手で未来像を示すしかない」東洋経済オンライン

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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