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「99.9」第五話は御殿場事件がモデルだと知った時の、タイトルの重み

境治コピーライター/メディアコンサルタント

現実にはありえない展開と思った「99.9」第五話

TBSのドラマ「99.9」は弁護士が容疑者の無罪を晴らす犯罪物だが、軽妙な主人公をはじめ登場人物のキャラクターの面白さ、細かくカットを割る笑える演出、画面のあちこちに織り込まれた“ネタ“の豊富さでよくできたエンタテイメントだ。シーズンIを大いに楽しんだ筆者は、このクールも毎回声に出して笑いながら見ている。

2月11日放送の第五話も、いつも通り繰り出されるギャグに笑いを抑えながらよくできたストーリーに引き込まれた。わいせつ行為をした疑いをかけられた少年の無罪を例によって晴らそうとするのだが、一度アリバイが成立したのに被害者の少女が犯行があったのは別の日だったと言い出した。ところが裁判官が司法上層部に「少年犯罪の厳罰化」の動きがあるのを“忖度“し、この訴因変更を認めてしまう。見ていると、そんな馬鹿なことを認めていいのかと、フィクションなのに憤ってしまった。もちろん、こんなとんでもないことが認められるからドラマになるのであって、現実にはあり得ないことだと思っていた。無罪を訴えてアリバイを証明しても、簡単に犯罪の日にちを変えられてしまうなら、刑事裁判で無罪になる可能性はゼロではないか。

最終的には、少年と共犯とされた別の少年が訴因変更後の犯行日に別の犯罪に関わっていたことがわかり、当の少年の無罪が証明された。その鍵は、雨の降り方の記録だった。

第五話は御殿場事件がモデルだとネットで話題に

いつも通り無罪を晴らしてくれてすっきり見終わったのだが、翌日Facebookを見て思わぬ事実を知った。ニュースキャスターの長野智子氏とは、一度お会いしただけだがFacebookでつながって時々コメントをやりとりさせていただいている。その長野氏のこんな投稿を見たのだ。

「昨夜放送された「99.9」が、御殿場事件そのものだったと話題になってますね。」

御殿場事件?筆者はまったく知らなかったのだが、どうやら「99.9」の第五話は、過去に起こった事件をモデルにしているとTwitterなどで話題になっているらしい。長野氏は前に担当していた番組でこの事件を何年にも渡って追っていたそうなのだ。そしてTwitterで検索すると、多くの人びとが確かに話題にしていた。

例えばこんなTweetだ。

長野氏は数年に渡る御殿場事件の取材を一冊の書籍にまとめて出版している。Kindle版もあってすぐに手に入るので読んでみた。

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「踏みにじられた未来」(著:長野智子/幻冬舎)

読みはじめると一晩で一気に読み終えてしまった。読みやすくわかりやすく書かれているからだが、読んでいると怒りが湧いてきて止まらないのだ。ドラマで「こんなこと現実にはないだろう」と思ったとんでもないことが実際にあった様子が詳細に書かれていてぐいぐい読み進んでしまう。

御殿場事件とドラマを対比していくと・・・似てる!

ここでドラマと照らし合わせながら御殿場事件の概要を紹介しよう。

(※以下の対比は、上記の長野氏の書籍と、見逃しサイトTVerで「99.9」前回放送分を見れば可能なので自分でやってみてもいいと思う)

2001年9月16日、御殿場駅に着いた少女は中学時代の同級生の少年に呼び止められ、腕をつかんで連れていかれた。待っていた少年たち10人に取り囲まれて公園でわいせつ行為を受けた。ドラマでは2人だったが御殿場事件では10名という点が違う。少女の証言によって容疑者と目された少年10人は逮捕され、そのうち4人が地裁で刑事裁判を受けることになった。

ところが9月16日に実は少女は、出会い系サイトで知りあったサラリーマンの男性と会っていたことが判明した。ドラマもこの点は同じだ。帰宅が遅くなったことを母親に叱られるのが嫌で、嘘をついてしまったのだ。普通ならここで一件落着だろう。小さな嘘のつもりででまかせを言ったら、少女の想像以上に事態が大きくなってしまった。少女の嘘は咎められるべきだが、少年たちは無罪放免となるはずだ。だが御殿場事件の少女は「一週間前の9月9日、本当に事件に遭いました」と言い出した。検察側は”日付以外は事実であるので、裁判をそのまま続けてほしいと訴因変更請求を提出した。(長野氏著「踏みにじられた未来」より”という。

そうすると少女は9月9日に元同級生からわいせつ行為を受けたあと、一週間後に出会い系サイトで知りあった見知らぬ男と夜に会ったことになる。このおかしな感覚を長野氏は”強姦未遂の被害女性であれば、それは男性に近づくことさえ恐ろしく感じるような経験だろう。”と指摘している。その時点でこの犯行日の変更は、よくよく調べないと信じがたいとするのが普通の感覚ではないだろうか。

だが裁判では次の公判で「訴因変更を認める」判断が下された。「99.9」でも同様だったのは先述の通りだ。ドラマでも驚いたが、御殿場事件の関係者はもっともっと驚いただろう。

ドラマでは最後に、検察官の指示で日にちの変更を申し出たことを少女が告白する。その背景には司法上層部の意志があった。逆に言うと、御殿場事件ではいったいなぜこの奇妙な変更が成立してしまったのか。ドラマ同様の深い裏があったのではないかと疑ってしまう。

ドラマは無罪、御殿場事件は・・・なぜか有罪

ドラマでは先述の通り、共犯者の別の犯罪によって当の少年の無罪が証明される。その決め手が、雨の記録だった。実際の御殿場事件では逆に有罪が確定してしまう。その際に本来なら検討されるべき「雨の記録」の話が「踏みにじられた未来」でも書き記されている。御殿場事件で新たに犯行日とされた日にちは、その一体でかなり雨が降っていた。少女は「雨は降っていなかった」「服は濡れなかった」と言っているのだが、そんな雨の中で、公園でわいせつ行為を行ったのなら服は濡れるはずだし、そもそも雨の中でわいせつ行為をするものだろうかとも思う。だが裁判ではそんな雨の矛盾はまったく無視されて終わってしまった。

ドラマでも雨が決め手になっているのは、やはり「99.9」第五話が御殿場事件をモデルとしている証だと思った。むしろ雨の矛盾をあらためて訴えているかのようにも感じられる。

エンターテイメントの先にきっとあるメッセージ

ドラマはエンタテイメントだ。中でも「99.9」は楽しんで見てもらう策略がめぐらされ、視聴者はその策略にまんまとハマって大いに楽しんでいる。TBSのプロデューサー瀬戸口克陽氏はマイナビニュースのインタビューに応えて記事となっている。シーズンIのスタート時のものだが、その中でこう言っているのだ。

エンターテインメントに徹して作ってみたらどうなるのだろうというのが、今回僕たちの中で課しているところです。自分探しをした作品もあれば、社会派と言われるものもありましたが、今回は「エンターテインメントです!」と。でも、見終わった時に、刑事事件の弁護士さんってそういうことなんだとか、僕らが取材したり本を読んだりして知った驚きが、「あぁおもしろかった」という先にちょっとだけ入っていくみたいな。そっちが前面に出るのではないという作りを目指していて、そこはありそうで今までなかったタイプのドラマだと思います。

出典:マイナビニュース2016年4月17日

この第五話はどう見ても御殿場事件をモデルにしている。だが瀬戸口氏は、あるいは「99.9」の出演者や他のスタッフは、そのことを明らかにはしないだろう。エンタテイメントなので面白がってくれたのならそれで十分、と言うにちがいない。だが第五話が御殿場事件をモデルにしていると気づいた時、私たちは「あぁおもしろかったという先」の深みに入りこんでしまう。ましてや事件の詳細を知ると、笑って見ていた第五話が大いに楽しんだ分だけ力強く”告発”として迫ってくる。

そして「踏みにじられた未来」を読んだいま、「99.9」のタイトルが違ったものに見えてくる。「99.9%不可能な事を可能にする男たち」というカッコいいタイトルと思っていたのが、「たった0.1%しかない到底無理な可能性に必死に挑むやつら」という、悔しさや願いや祈りを込めたタイトルに思えてくるのだ。そして刑事裁判の有罪率が99.9%であることは、日本の司法の安心を示す数字であるとともに、だからこそ冤罪が起こりかねない隙間のようなものも生みやすいのではないか。そんなメッセージもタイトルに込められているような気がしてくる。「99.9」という言葉はまさに瀬戸口氏の言う「僕らが取材したり本を読んだりして知った驚き」を表現している。おそらくそうなのだと思う。

長野智子氏は、実は第五話の放送より前にこんなTweetを残している。

さりげなく楽しげに書いているが、そこには数年間御殿場事件を追ってむなしい結末を迎えた無念さもあったのかもしれない。深山弁護士にその時の無念を晴らして欲しい!という切なる思いがあったのではないか。その思いが、期せずして第五話を予言してしまった。もちろん第五話はずっと前から用意していただろうが、まるで長野氏のTweetに「99.9」が応えたように見える。ただの偶然にしても、「99.9」のスタッフはおそらく「踏みにじられた未来」を読んでいるだろうから、不思議な化学反応が起こったようで面白い。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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