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イヤミスならぬイヤドラ?TBS「あなそれ」が示す新しいドラマの楽しみ

境治コピーライター/メディアコンサルタント
「あなそれ」と「運命の人です。」のツイッター分析

TBS「あなそれ」は、イヤな気持ちにさせられる「イヤドラ」?

本日(6月20日)いよいよ最終回を迎えるTBS火曜22時ドラマ「あなたのことはそれほど」(以下「あなそれ」)。「逃げるは恥だが役に立つ」そして「カルテット」とユニークなドラマを送り出してきたこの枠で、またこれまでとは違う視聴のされ方をしたユニークなドラマだ。

”イヤミス”という言葉がある。「読者をイヤな気持ちにさせるミステリー小説」のことで、最近では湊かなえが典型。「イヤミスの女王」とまで呼ばれて人気を呼び、今クールも同じTBSが金曜22時枠で「リバース」をドラマ化している。

それに倣うと「あなそれ」は言ってみれば、イヤな気持ちにさせられるドラマ、「イヤドラ」と言っていいかもしれない。若い夫婦の不倫を軸に、ドロドロした愛憎関係と際立ったキャラクターで話題を呼んだ。

ただ「イヤミス」がイヤな気持ちになりながらもついついハマってしまうという、変化球の褒め言葉なのに対し、「イヤドラ=あなそれ」は本気で嫌われてしまった面もあるようだ。波瑠が演じる主人公の、不倫に対するいけしゃあしゃあとした態度が、一部の人々から嫌悪されてしまった。中には現実と混同して主演の波瑠に対するバッシングをする人も出てきたという。

イヤな気持ちになる恋愛ドラマはこれまでもあったが、「あなそれ」は主人公が共感できないキャラクターであるのが特長だ。それをNHK朝ドラで主役を演じた清純なイメージの波瑠が、ある意味ぬけぬけと演じている。ところがそんな風に嫌われたのに、視聴率は後半になって伸びてきている。

視聴者を不快にし振り回して、結果的に強烈に惹きつけているのかもしれない。

ツイッター分析から見る視聴者の揺れる気持ち

ツイッターの分析により、そうした視聴者の微妙な気分を浮き彫りにできないか。そこで、[角川アスキー総研では 日本のエンタメに関わるツイートを日々収集し、多様に分析している角川アスキー総研]に、「あなそれ」のデータをグラフ化してもらった。そこから、面白い結果が見えてきた。

まず冒頭の画像で見てもらったように、「あなそれ」のツイートをネガポジ分析すると、ポジが26.3%、ネガが14.7%だった。ポジの方が多いのだが、ネガが14%もあるのは珍しい。普通、視聴者は気に入っているからドラマを見るので、わざわざネガティブなツイートはあまりしないのだ。比較として日本テレビ土曜22時「ボク、運命の人です。」も見せている。こちらは、ポジが50.4%、ネガは2.5%。もちろんジャニーズの人気アイドル・亀梨和也と山下智久が主演のせいもあってポジが多いが、ここまででなくても普通ポジティブツイートの方が多くなる。

では具体的に「あなそれ」のツイートの推移を見てもらいたい。薄く青い山がツイート数全体の盛り上がり、オレンジ色の線がポジティブ、紫色の線がネガティブなツイート数の推移だ。ツイートの様子を、2週間ぶんずつ見てもらおう。

「あなそれ」第1話〜2話ツイート推移
「あなそれ」第1話〜2話ツイート推移

第1話から第2話。しょっぱなから不倫する展開なのだが、まだポジティブのほうが勝っている。

「あなそれ」第3話〜4話ツイート推移
「あなそれ」第3話〜4話ツイート推移

第3話から第4話にかけて、ポジティブとネガティブの数が入れ替わる。ドラマに関するツイートでネガティブが上回るのはかなり異常値と言っていい。

「あなそれ」第5話〜6話ツイート推移
「あなそれ」第5話〜6話ツイート推移

第5話、第6話でもポジとネガの拮抗が続く。波瑠へのバッシングもピークに達した時期だ。

「あなそれ」第7話〜9話ツイート推移
「あなそれ」第7話〜9話ツイート推移

第7話以降のグラフ。第8話からちょっと空気が変わってくる。そして第9話ではどうやらポジティブが勝っていきそうな様子が見てとれる。

恋愛ドラマは一般的にポジティブが上回る(恋ヘタの例)

「あなそれ」ツイートのポジネガの様子がいかに珍しいか。それを示すために他の恋愛ドラマの例をお見せしよう。日本テレビ木曜深夜枠「恋がヘタでも生きてます」を取り上げる。このドラマは、高梨臨演じる仕事に生きる女の前に、田中圭演じる新社長が現れ恋に堕ちる物語。恋のライバルが現れたりこちらもドロドロしかねないのだが、明るく可愛く描いていて密かに人気のドラマだ。盛り上がった部分のツイートの様子をお見せする。

「恋ヘタ」第6話-第7話ツイートグラフ
「恋ヘタ」第6話-第7話ツイートグラフ

第6話から第7話にかけてのグラフだ。オレンジ色のポジティブツイートが多めで順調に推移している。

「恋ヘタ」第8話-第9話ツイートグラフ
「恋ヘタ」第8話-第9話ツイートグラフ

第8話では二人の間がギクシャクしてしまい、新社長が主人公に「ぼくたち距離を置こう」と言ってしまう。主人公と一緒に視聴者がショックを受けているのが見てとれる。第9話では持ち直した主人公の気持ちに沿って、またポジティブツイートが上回っている。

こうして見ていくと、通常の恋愛ドラマでは視聴者は主人公にシンクロしながら物語を追っていき、それにより気分が浮き沈みするようだ。「恋ヘタ」でも一瞬だけネガが高まったがすぐに戻っている。「あなそれ」の場合、そもそも主人公に共感できないどころか反感を抱きながら見ていくもので、ネガティブなツイートが勝る展開となったのだろう。

「ネガ→ポジ」が視聴率に影響している?

ところで、ここで「あなそれ」の視聴率の推移を見てみよう。

※視聴率の数値はネット上のニュースなどから筆者が収集したもの
※視聴率の数値はネット上のニュースなどから筆者が収集したもの

最初11%台でスタートしたのが一時期10%を下回り、そこから後半に連れてぐいぐい上昇している。先週は10%台に下がったが、これは裏でサッカーの大きな試合があったせいで逆に善戦したと言えそうだ。

これと先ほどのツイートのネガポジの推移を合わせてみると、ネガティブな空気から抜け出すのと視聴率の上昇が連動していると言えなくもない。もちろんこれには、主人公のインモラルぶりがネットで記事になって話題にされたことも大きい。だがそれも含めて、嫌われることで注目を集め、徐々に主人公が変化することで持ち直すという「イヤドラ」ぶりが功を奏したのかもしれない。もしTBS制作陣がそういう計算をしていたのなら、その巧妙さには感心してしまう。

私はいつも「視聴率は広告指標でしかないから視聴者が気にする必要はない」と書いている立場だが、こうなると「あなそれ」が最終回で視聴率を伸ばすのか、やじ馬的に興味がわく。「イヤドラ」という作戦(?)が成立するのかどうか。そしてそもそも、あそこまで不道徳に堕した主人公の姿をどう決着させるのか。今夜の放送を楽しみにしたいと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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