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高齢化社会なのに、高齢者向けに本気で取り組んだ番組はなかった〜「やすらぎの郷」の編成を聞く〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
ドラマ「やすらぎの郷」より

4月12日付で私は「脚本家・倉本聰が「やすらぎの郷」で起こした、シルバータイムドラマという革命」という記事を書いた。ドラマの面白さに興奮し、その意義や価値を書いたものだ。その後、このドラマについて多数の記事が出てきて、注目度の高さを感じた。倉本聰氏の脚本と名優たちの演技の素晴らしさもさることながら、“シルバータイムドラマ”という概念を具現化し、着地させたテレビ朝日もすごい。その編成の経緯や考え方について、総合編成局編成部長・赤津一彦氏にインタビューすることができた。倉本聰氏の直球を受け止めた、その心意気をぜひお読みいただきたい。

赤津氏はきわどい質問にも率直に答えてくれた
赤津氏はきわどい質問にも率直に答えてくれた

---今日は「やすらぎの郷」の中身ではなく“シルバータイムドラマ”の編成についてうかがいます。企画の経緯なんですが・・・

脚本家の倉本さんから当社の早河洋会長兼CEOのところに「シニアの方も見ていただけるドラマが必要じゃないか」と提案をいただきました。

そこでいろんな時間帯を検討したんですが、ドラマの内容やテレビ朝日の視聴者層、流れなどを考えるとお昼がいいのではないかと。

---つまり倉本さんの提案に対し、テレビ朝日さんとして「お昼で」と答えたわけですね。朝にしてNHKの朝ドラにぶつけることも考えたのでは?

もちろん他の時間帯も検討しました。朝も検討しましたがこの時間帯は、系列局によってはテレビ朝日と違う自社制作の情報番組を放送しているケースがあり全国放送の放送枠が取れませんでした。昼の「ワイド!スクランブル」であれば、全国で同じ時間に放送しているので「ワイド!スクランブル」を短くして、「やすらぎの郷」を新設したということです。それと、朝の「グッドモーニング」「モーニングショー」はちょうどこの一年くらい視聴率が上がってきているので、今の視聴者の傾向や流れは維持した方がいいと考えました。お昼にしたことで、終わった後に「ワイド!スクランブル」の橋本大二郎さんと大下容子アナウンサーがドラマを受けてコメントをしてくれ、いい流れができました。

---お昼の編成の変更には賛否両論あったのではないですか?

ものすごくありました。新しいドラマを作るのは費用的にもかかります。どこかのドラマをやめて、というのではなくまったく新しくドラマ枠を新設するわけですから、新規事業を立ち上げるようなものです。新たにかかるコスト、視聴率が取れるのか、アドバタイザーさんがついてくれるのかとか、いろんなことはシミュレーションしました。ただ、倉本先生がおっしゃる通り年配の方が見ていただけるようなドラマを作るのは、テレビ朝日を信頼していただいている方に応える、必要なカテゴリーだと考えました。

---「シルバータイムドラマ」という言葉は倉本さんが考えたものですか?

そうです。素晴らしい言葉ですよね。

---明らかにゴールデンタイムへのアンチテーゼを意識されてるわけで・・・

セリフにもありますが、時代が変わっても相変わらずゴールデンタイムと呼び続けていることへの違和感とか、生活習慣も随分変わってきている。それに対し、わかりやすいメッセージを伝えている言葉だと思います。

---スタートして、視聴者の反応はありましたか?

最初から視聴者の声がたくさん届いて、びっくりしました。最初に驚いたのは「どこで再放送やるんですか」という声がものすごく届いて、見逃した方とか、明日見れないんだけどどこで見たらいいんですかとか。そんな声をたくさんいただきました。

---それはうれしいですねえ。

視聴者の声は本当に大事だと思ってます。視聴率とは別の、視聴者の方が思っておられることが伝わるものなので。その時は、どこでやるんですかとの声が多かった。翌朝にBS朝日で放送するのですが、すぐに関係部署と調整して放送後に「BS朝日で7:40から」と日時を入れることにしました。

---確かに出てますね。地上波からBSに繋げるのはあまりやらないことですよね。

カニバる(=カニバリゼーション。喰い合い現象のこと)のではないかとか、いろんな議論があってレギュラーでBSに繋ぐことはやって来ませんでしたが、このドラマでは必ず入れるようにしています。視聴者ファーストでの発想ですね。もう一回見たい方、あるいは途中から見たけど最初から見たい方にも翌日のBSで見ていただける。それから、まとめて見たいという方もいるので、4月8日の土曜日に一週間分まとめて放送しました。

---あのまとめ放送は急きょ決めたんですか?

それができる準備はしていたのですが、皆さんの声を聞いて、やることに決めました。

---まとめ放送は毎週やるのかと思ってたんですが・・・

最初の週だけ、関東ローカルの形で放送しました。でもテレビ朝日だけでなく、系列の各局にもお問い合わせがたくさん届いたとのことで、このゴールデンウィークに二週に分けて全国ネットで一挙に放送します。

---ええー!それもすごいですね!

4月30日と5月7日、両方とも日曜日ですが総集編を放送するのと、一部地域では4月29日にも放送しますよ。これまで見逃していた方にもこの機にぜひ見ていただきたいです。

---あえてうかがいたいのですが、セリフの中に「今のテレビ局はゴールデンタイム神話から抜け出していない」というのがありましたよね。編成マンとしてどう受け止めたのでしょう?

これは痛いところを突かれたなと思いました。けれども、今メディアも広がり録画で見られたり外出先でTVerで見る方もいらっしゃる中で、とにかくゴールデンタイム(の視聴率)を上げればいいという考え方と視聴者のギャップが出て来ています。それに合わせて我々も番組を、場所・時間に合わせてお届けする。携帯にお届けしたりPCにお届けしたり、我々はAbemaTVもやってますし、年配の方にはお昼にドラマを見ていただくとか、会社から帰ってきた方に報道ステーションを見ていただくとか、若い人たちにとっては23時以降がゴールデンタイムだったかもしれないですし。

確かにテレビ局は人や制作費をゴールデンタイムに集中していました。「やすらぎの郷」では、昼のドラマにきちんとお金をかけて作っています。当社は新経営計画として持てる全てのメディア、地上波・BS/CS・インターネット・メディアシティを全方位に展開してオールターゲットにリーチする「テレビ朝日360°」というキーワードをかかげてますけど、その一つの体現になっているつもりです。

---もう一つ嫌なことをお聞きします。私は「テレビはおばさん化している」と言っていますが、「やすらぎの郷」はその最たるものではないでしょうか?

半分はその通りかもしれません。でも半分はそうじゃないと思います。

「やすらぎの郷」は確かにF3(50代以上の女性)をメインに狙ってますが、これまで40年続いた「土曜ワイド劇場」はF3の方が中心にご覧になっていたのですが、それを日曜日の午前中に移動し、土曜日の夜に「サタデーステーション」そしてバラエティを入れました。これもものすごく大変でした。「土曜ワイド劇場」は安定して視聴率が二桁取れていましたから。こういう挑戦もしますし、若者を狙う攻めた編成もします。決してF3だけ狙うわけではないです。

---枠とか番組によってターゲットを明確にしていこう、という考え方でしょうか?

そうですね。この春は大きく改編に取り組みました。「報道ステーション」を始めた時以来の改編率の高さです。それぞれターゲットが違います。

「やすらぎの郷」で言うと、視聴者の中で年配の方が増えているにもかかわらず年配の方に向けた番組が少なかった。高齢化社会になっているのに高齢者向けの番組は増えてないのかなあと気づきました。高齢者の方はテレビで何かはご覧になってると思いますが、テンポが早すぎたりして、ご満足いただけるものが少なかった。

---私の80代の母もテレビをずーっと見てますけど、文句ばっかり言ってます。ガチャガチャしてるのよ。そう言いながら見てます。

そういった声はデータに出てこなかったです。ツイッターでも出てきませんしね。自分が欲しいものがはっきりしてなくて、モヤモヤしている「自分は何が飲みたいのかなあ」という気持ちに応えるのがテレビだと思うんですよ。「これが飲みたい」と言うはっきりした要望は検索すればいい。テレビはそこまでじゃないところをいち早く察して提示しなければならないと思います。

---「やすらぎの郷」は皆さんの声が直接届いたわけですもんね。データやツイッターではなくて。

視聴者のご意見はほとんど電話でしたからね。このドラマは特に声が多いことを我々みんなが実感しています。書いていただいた記事も多いですし、視聴者の声も多いし、ツイッターでは見えないところが直に伝わって来ました。コンテンツの力の大きさを実感しています。

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テレビ朝日が掲げる「テレビ朝日360°」は、地上波に限らずあらゆるメディアに番組を出していくというもので多分にテレビ離れしつつある若者層を意識したものだと思う。それが「やすらぎの郷」では、BSやまとめ放送など、高齢者向けに機能しているのが面白いと感じた。これまでの編成からすると、かなりの挑戦だったと思う。その経緯を語る赤津氏の口調は、どこか熱を帯びていて、「やすらぎの郷」への並々ならぬ思いを感じた。結局は、いいコンテンツが人々を巻き込み動かしていく。「やすらぎの郷」はその最たる例かもしれない。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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