『君の名は。』のメガヒットは、テレビの延長線上にはなかった

画像出典:映画『君の名は。』公式サイト・トップページ

『君の名は。』100億越えのヒットの謎は解けたか?

9月23日までで興行収入が111億に達した映画『君の名は。』。日本映画、しかもアニメーション作品が100億を超えたことは、スタジオジブリ作品以外では過去になかった。実写作品を含めても異例、いや異常と言えるメガヒットだ。ジブリ作品でさえ、何作品かのステップを踏んだうえで100億を超えるに至った。新海誠監督の、事実上メジャーデビュー作品での数字としては理解を超えている。しかも、勢いは衰えずまだまだ伸びる気配だ。

いったいこれはどういう現象なのか。ヒットの謎を解こうと、私はまずメディア露出のデータを集めて分析する記事を書いた。

→「『君の名は。』のメガヒットは製作委員会とみんなのツイートがもたらした」

その結果、テレビでの露出はとりわけ多くはないが、twitterで爆発的に拡散しており、また早い段階での全国規模の試写会など細かなプロモーション施策が事前に展開されたことも大きいことがわかってきた。

さらに、新海誠監督を支えてきたコミックス・ウェーブ・フィルムの川口典孝氏にインタビューし、これまでの作品が全国の単館系で公開されるたびに、新海監督が全劇場を回りサイン会を行ってきたことを聞いた。握手会を行うアイドルのように、ファンとの絆を強めてきたこともこのヒットに作用したと思われた。

→「『#君の名は。』新海誠を信じぬいた男~コミックス・ウェーブ・フィルム代表 川口典孝氏インタビュー~」(この記事は、川口氏のキャラクターとこれまでの経緯があまりにドラマチックで面白いので、分析うんぬんとは別にぜひ読んでほしい)

これらの分析や取材からわかったことを整理すると、次のような流れになる。

●ヒットの要因

1 これまでの作品公開時、全国の劇場でサイン会を行いファンと交流してきた

2 レンタルで思春期の学生たちに受け継がれてファンを増やしてきた

3 全国の劇場で同時に試写会を開催し先に見たファンが話題を拡散した

4 小説版の出版・コラボCMの展開など公開までに多様な施策を積み重ねた

5 RADWIMPSによる主題歌とアルバムが公開に合わせて発売された

テレビメディアがほとんど関与せず生まれたメガヒット

こうして見ていくと、日ごろメディアについて考察している者として、驚くようなことに気づかされる。上のリストの中に「テレビメディアの関与」が入っていないのだ。

日本映画は90年代半ばにどん底を迎え、ハリウッド映画に押されて必要なくなるのではとさえ思われた。それが、98年に「踊る大捜査線」の映画版が驚くべき大ヒットとなったことを契機に、2000年代になるとテレビ局の関与で力強くよみがえった。2000年代半ばには邦画のほうが洋画より興行収入が上になり、いつの間にか日本映画を観ることが普通になった。

逆に言うと、テレビ局が関与していない作品はヒットが難しかった。公開前後に製作しているテレビ局の番組にキャストが出演して作品をプロモーションするのが通例になった。いい悪いではなく、慣例として定着していった。

だが『君の名は。』はそもそも、製作委員会にテレビ局の名前が入っていない。そういう作品だってこれまでに数多く公開されているが、その場合は”そういう規模”の興行になり、メガヒットになることはありえなかった。

それは『君の名は。』も同じで、新海作品はこれまで、20館程度で1.5億前後の興行収入だったと言われているし、それを全国300館規模に広げたにしても、誰でも10倍~15倍の15~20億前後を想像するだろう。実際、東宝の予想もそんな数字だったと噂で聞いている。

「だってテレビ局が関与していないのだから。」関係者でさえ、みんなそう考えていたはずだ。

それが、ここまで上に挙げたような要因で100億を超えた、というのなら、そこから何が言えるのだろう。

テレビアニメと無関係に育った作家、新海誠

もう一点、こちらのほうが重要かもしれないことがある。スタジオジブリの宮崎駿氏、高畑勲氏にせよ、独自の作風で知られる押井守氏にせよ、ここ数年でヒットメイカーになった細田守氏にせよ、テレビアニメで育った人たちだ。私のようなアニメに疎い人間でさえ、それぞれがテレビシリーズを作っていた頃の作品を見ている。日本のアニメーションはテレビが育ててきたし、いまもテレビが主な舞台だ。新しい作家たちが出てくるのはテレビという豊かな畑があるからだと言えるだろう。

ところが新海誠氏は、テレビシリーズを手がけたことがない。そんな作家が、いきなり100億円のヒットメイカーになった。あるべきプロセスが吹っ飛んでいる。

コミックス・ウェーブ・フィルムの川口氏は、新海氏と『ほしのこえ』制作中に出会い、これをテレビ局やDVDメーカーに売り込んでも理解されないのでアタマに来て自分でDVDメーカーになったと私に語った。新海氏の唯一無二の才能と、川口氏の大胆不敵な行動力がこの奇跡を形にしたのだろう。そしてそこには、これまでになかったアニメ作家の歩み方が生まれた。DVDを自分でつくって、ファンたちと自分で交流する。そんな作品づくりが、できてしまった。ということは、他の作家でもできるのかもしれない。

新海氏と川口氏は、テレビアニメとは関係なくアニメビジネスが成立する道筋を見出してしまったのだ。

散在する熱を、ソーシャルが爆発させる

テレビメディアと無関係に育った作家が、テレビメディアの関与なしにメガヒットを生んだ。そのことから私は決して、テレビの凋落を揶揄するつもりはない。実際、『君の名は。』の希有なヒットがありつつも、日本の映画界にとってテレビは、作り手としてもプロモーション装置としても重要だ。『君の名は。』の公開初日に日テレ『スッキリ』で加藤浩治氏が新海作品の良さを熱弁したこともヒットに大きく貢献しているはずだ。

だが、”新しい別の道”がいま、見えつつあるのも間違いなさそうだ。そこで何が大事か。上にあげたヒットの要因は結局、ひとつにまとめると「熱」なのだと思う。新海作品が秘めた熱を、川口氏が増幅し、作品に出会った関係者やファンのひとりひとりがまた熱を伝搬させていく。

これまでは似たようなことが起きても、熱がただ散って終わっていたのかもしれない。だがいまは、スマートフォンがありソーシャルメディア上で言葉が飛び交う。個々の熱を、即座にスマートフォンで拾い上げ、ソーシャルメディアで拡散することができる。拡散とはただ広がって飛び散るのではなく、むしろ集約されて爆発的にふくらんでいく。熱が熱を生み、核融合のような莫大な力を持つ。誰も計算しなかった信じられないパワーとなって駆け巡っていく。

いま可能になったのはそういうことなのだと思う。「思い」のような、抽象的で頼りなくはかないものが、より集まることができ、集まると爆発する。冷たいデジタルから生まれたソーシャルメディアが、アナログメディアよりむしろ「思い」を伝えることができるのは不思議だ。

『君の名は。』という不思議な現象はまだ終わってはいない。ここから私たちが何を学べるのか、もっともっと掘り下げてみたいと思う。