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杉並区の保育園問題。訴えたいのは、誰かを悪者と決めつけて、確かめもせず攻撃するいまの風潮。

境治コピーライター/メディアコンサルタント
(写真:アフロ)

杉並区の保育園問題を取材したのは、報道への疑問から

月曜日に書いた記事は非常に多くの人びとに読んでもらえた。続いて火曜日に書いた関連記事もそれなりに読んでもらえているようだ。

杉並区の保育園問題。公園転用への反対は住民のエゴではない。

杉並区の保育園問題。転用に直面した公園で出会った3人の人物。

いろいろと波紋も生み出してしまったし、ここでそもそもどうして杉並区に取材に行ったかを書いておきたい。

去年から、保育園新設への反対運動を取材してきた。反対する理由の多くは、「子どもがうるさいのではないか」「この道路は子どもたちに危険だ」などとあれやこれや並べて要するに保育園が嫌なんだなというものがほとんどだ。そして行政は反対の声が上がると、とりあえず計画を止めて説明会を何回も開く。そこで反対派の人びとが言う言葉は、時に度を超えていて絶句するものがある。明らかに保育園への偏見があり、どこか侮蔑もしているように思えた。

説明会を取材するうち、新聞や雑誌、テレビ局の記者と知り合う。情報交換し、取材対象を紹介しあったりする。この問題に取り組む記者は、保育世代の当事者であることが多く熱心だ。

ある説明会で知り合った某テレビ局のS記者が、「杉並区でも反対運動が起こっているのですが、他と同列では扱えない気がしています」と教えてくれた。「公園を転用する計画なんです」と。すでにコンタクトを取っている様子だった。その時点では、行ってみようかな?と思った程度だった。

5月30日の朝、ワイドショーを見ていたら久我山の公園を保育園に転用する件の説明会について報じられていた。初老の男性がきついムードで反対する意見を述べ、保活中の母親にヤジが飛んでいた。あれ?S記者が言ってたのと雰囲気が違うなあ。

その週にいろいろ見ていくと、局によって取り上げ方がまるで違っていた。S記者の局はフラットな姿勢で伝えていた。でも別のある局の報道は、公園存続を訴える人びとが悪者にしか見えない。そしてその局の映像がキャプチャーされ、ネットで拡散していた。杉並区の老害がエゴで反対している。そんな語り口で拡散されている。

おかしいなあ。それにそもそも、公園と保育園は二者択一で選べるものではないと感じていた。でもどんな公園かを自分の目で確かめないと。そんな思いだった。

誤った伝え方が、テレビとネットで増幅する

実際に行ってみてよくわかった。やはりS記者の伝え方が自然だ。一部の局の伝え方は、明らかに意図ある切り取り方をしていると感じた。他がすべてそうだったのではなく、一つの局だけが偏っていたと思う。

火曜日の記事にも書いたが、保活中の母親へのヤジも規定の時間を大幅に超えて注意されても話し続けたからだった。でもヤジの部分だけを切り取ると、保活ママを攻撃する冷酷な人びとに見えてしまう。そんな伝え方をしたテレビ局は、はっきり言って誤っている。悪意があったのかと疑いたくなる。

さらに良くないのは、そういう誤った報道の絵をキャプチャーして拡散させてしまう行為だ。恐ろしいことに、誤った映像の方が拡散されてしまう。「こいつらひどいぞ!」という絵の方が広まりやすいのだから。

考えてみると、このところこんなことばかり起こっていないだろうか。悪者探しをして、ちょうどいい題材があったら一斉に叩く。ここに悪者いたぞ!あ!ホントだ!なんてひどいやつだ!正義感の皮をかぶった野次馬根性が、何の確認もせずに次々に拡散していく。罵詈雑言を何重にもくっつけていきながら。

その動きが、テレビとネットの間でものすごい勢いで増幅されていく。テレビが取り上げネットが騒ぎ、それをまた「ネットで話題の○〇〇!」とテレビが取り上げる。新聞や雑誌もそれに追いつこうと乗っかっていき、ヤフトピに出るとまた増幅する。

ちょっとした過ちが、本来の何百倍もの悪事に仕立てられてしまう。そればかりか、久我山の例のように大きな誤解が誤解のまま増幅されてしまう。「いたいけな保活ママをいじめる老害め!」と、実際には起こらなかったことが起こったことになってしまう。

悪者を探すより、何が大切かを探したい

ここでもちろんいちばんいけないのは、誤った報道だ。ネットとの関係で逆にテレビの影響力は増している。だからこそこれまでにも増して伝え方に気をつけるべきだと思う。

もう一つは、情報の受け手の側だ。悪者を発見して小躍りするのはできるだけやめたほうがいい。いや、これは自戒も込めてで、私もついついやってしまうことはある。だがこの小さな「ついつい」がネットではとんでもなく増幅される。あ、悪者見つけた!という時に、「いや待てよ」と別の情報源を探すよう心がけたい。誰かを悪者にする意図なんてなかったにしても「なんだこいつ」と書いて何かをシェアしたらそれをきっかけに「こいつクズだ!」と増幅されて広まったりする。ネガティブな言葉には気をつけたい。

NPO法人フローレンスの駒崎弘樹さんに感情的なメッセージが届き、その中で私の記事が登場したようだ。これは良くないことだし、これも一種の悪者扱いになってしまっている。メッセージを出した方も「思わず」書いてしまったのだろうけど、駒崎さんが「無責任な」ことを書く人ではないことは、普段の彼の言動でわかっていると思う。メッセージを送ってしまった方も、きっと今頃反省していると信じている。本来、敵対する人ではないはずなのにそうなりかけているのは、おかしなことだ。

私は決して、「反対派の代弁者」をやっているつもりはない。ただ現地で見て、対象となっている公園の重要性はあらためて認識した。これについてはまた続きを書きたい。

ここでは、私たちの情報の受け止め方、その確かめ方、それに対するものの言い方について訴えたかった。目標は、悪者探しではないはずだ。わかりやすい善悪の色分けに、安易に乗っからないようにしたいものだ。それよりも、何が大切かをみんなで探せればと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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