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【サプライチェーンと調達】 マーケティング費用適正化の現実と現状打破

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
(写真:アフロ)

・間接材調達の現実 ‐ マーケティングカテゴリーの現在 -

 この記事のタイトルに目を留めて読み始めていただいた読者は間接材調達に日々携わり、何か問題意識や課題を感じている方、またはこれから間接材調達に新たに取り組もうと考えられている方が多いだろう。少し間接材調達というものを振り返ってみて、間接材の中でも個別のカテゴリーとして語られるのをあまり見ないマーケティングについて触れてみたい。

 間接材は支出分類がロングテール、サプライヤもロングテール、まとめると金額はそれなりに見えるが細かい支出単位の寄せ集め、同じ仕様や要件で繰り返し購入する物品や役務で金額規模がまとまったものはそんなにはない、ということが多い。もちろん企業規模や業界、カテゴリーによって程度は異なる。ただ、間接材の「あるある」としては、支出単位の金額が小さく、交渉力も期待できず、手を付けたとしても効果を見込みづらいことも多い。金額がまとまっているけどなかなか低減が容易ではない一方で、手をかければ削減できそうなところは支出規模が小さく、効果の絶対額としてはあまり目立たず、費用対効果がよくなかったりする。そういった悩みが間接材調達には大なり小なり付きまとうし、間接材調達に携わる者であれば一度は感じたことがあるのではないだろうか。

 間接材調達の歴史はまだ短く、直接材の調達のそれは長い。直接材の調達については、原価、売価、利益、PL、BSといった形で財務内容に直結するので、製造業でも商社でも、調達・購買部門が専門でやってきたかどうかは別として、経営管理上の重要な一部として何らかの管理が行われてきた。

 間接材調達の歴史が浅く、必ずしも一般的に定着したとは言い切れないこともあって、間接材調達の独特さや特別なアプローチの必要性がクローズアップされることが多いが、ここであえて言うならば、調達・購買、ソーシングのコア、基本は直接材も間接材も同じで、それこそが購買部門の専門性、プロフェッショナルであるための根源だと考えている。支出分析に始まり、相見積・入札、価格分析、契約、サプライヤ評価・選定、サプライヤマネジメント、こういったスキルは同じく必要だ。

・マーケティングカテゴリーの現実と現在

 それでは具体的にマーケティングカテゴリーの事例に入ろう。

マーケティングカテゴリーは購買がなかなか入り込みづらいカテゴリーと言われている。マーケティングカテゴリーでの主な購入品は、マスメディア、デジタルメディアへの広告料、動画・テキスト・パンフなどのコンテンツ制作費用、エージェンシー(広告代理店)への費用、イベント開催費用、市場調査費用、販促品などである。購入品は定型的なものはより非定型なものが多く、都度仕様・要件が変わることも多い。クリエィティブさといったとらえがたいものが採用基準になったり、マーケティング部門とのチームワーク相性、コミュニケーション相性など、マーケティング担当者の感性的な要素の影響も大きい。

 特にエージェンシーではブランディングやブランドイメージの継承、統一性等、ブランドや製品の専門的な知識の深さを求められたりしてスイッチングのリスクの壁も高い。エージェンシーを変更するにしても旧サプライヤから新サプライヤへの円滑に移管できるようフォローしたりするなど、なかなかハードルが高いのは事実である。

 同時にマーケティング部門の成熟度を把握しておくことも調達実務の遂行には重要である。入札実施やサプライヤの変更検討に持ち込むために購買部門がマーケティング関係部署にヒアリングした上で、要件を明文化する作業から始めなくてはならないこともある。デマンド、要件を準備する段階からかなり深く購買の関与が必要にされるのだ。ある意味、ここまで購買部門が関与しなくてはならない状況はチャンスではあるのだが、このようにマーケティング部門の成熟度が購買部門の関与度、負荷大きく影響する。

 マーケティングはアートである、という声もあるが、マーケティング部門自体が自らの活動の成果・効果を測定をしようと定量的なKPIを設定して管理しているレベルにあれば、これに基づくサプライヤ選定や評価ができるし、お互いの活動目標もアラインできる。予算作成、ROI管理の段階から購買部門が入り込めるようになっていれば上出来だ。さらに購買部門が誘導してそこまでもっていったのであれば尚すばらしい。しかしながら、マーケティング部門側の管理レベル、成熟度は業界や企業によってかなり差がある。読者の皆さんの所属組織ではどうだろうか。

・マーケティングバリューチェーンで考える 

 どの企業もマーケティングやプロモーションの全てを組織内部でやっていることはまずない。上のバリューチェーンのどこかで外部の力を使っていかないと成り立たない。外部の力なしでは、プロモーション、マーケティング活動はできない。サプライヤはこのバリューチェーンを構成する欠かせない一部であり、なくてはならないパートナーだ。

だからこそ、サプライヤとの関係の構築、維持、強化、コミュニケーションといったバリューチェーンにおける内と外のインターフェース部分で購買部門が重要な役割を果たすことができる領域がある。複数の部署、複数の担当者にまたがる場合、自社・サプライヤの双方か評価や声をきちんと集めて、双方をうまくかみ合わせて連動させていく役割は重要になる。調達の仕事は、バリューチェーン全体をより強くし、効率を上げていくことでもある。コスト削減だけではなく、そういったところにも自分たちの付加価値を見つけていく姿勢、自分たちの活躍できる場所、勝負できるポイントを見つけていくセンスがなくてはならない。特に購買部門関与のハードルが高いと言われるマーケティングカテゴリーではそこが重要になってくる。逆にこのバリューチェーンにうまくポジショニングできれば、トップラインとの連動を肌身で感じられるおもしろいカテゴリーであるとも言える。

 コスト削減は大事だ。購買部門の重要な管理目標であることは変わらないだろう。ただ、それだけではない。特に間接材ではコスト削減効果は年々逓減していく傾向がある。自社のバリューチェーンの中で各部署、各サプライヤはどこでどのような役割を担っているのか、購買はどこにどのように入っているのか。どこにまだ購買関与による効果創出の機会があるのか。サプライヤや購入品の統廃合と標準化、いままでワンストップで委託していた業務のデカップリング・アンバンドルは可能か。CRM、デジタルマーケティング、マーケティングオートメーションなどITとの融合も進んでおり、カテゴリー間の協業やITの知識も求められる。マーケティングという職種の特性上、個人事業主・フリーランスの活用も広がりつつある。コロナで新しいマーケティングモデルへのシフトも加速しており、市場のトレンドや動向にも目をくばり、マーケターと同じ視線をもって知識を習得し続ける要がある。我々購買部門はサプライヤとの日々の対話を通じてマーケットの最前線の情報を入手できる立場にもあることを忘れないようにしたい。

 自らの付加価値に問いながら、緊張感をもって日々の仕事に取り組むことは自分のスキルアップや生産性の向上にもつながるはずである。個々人としての能力、スキルが問われる時代になればなるほど、この点に常に自覚的かどうかが大きな分岐点になるはずだ。

・グローバルサプライヤー戦略は機能するか

 筆者は現在外資系企業の製薬事業を中心にマーケティングカテゴリーのアジア地域のソーシングを担当している。エージェンシーについてブランド毎にグローバルエージェンシーを設定してはいるものの、各国の市場規模や政策、規制、競合状況により、マーケット単位で固有のアプローチを取らざるをえないケースがある。国によっては、グローバルのものをそのまま翻訳だけして展開することもあれば、キービジュアルやキーメッセージはグローバルのものを使いつつも、それ以外はマーケット個別の事情に応じたアプローチを取り、ローカルのエージェンシーを使うことがある。グローバルでみると、北米、南米、欧州トップ国にはグローバルサプライヤー、リージョナルサプライヤアプローチはかなり機能するが、アジアは難しい。中国、日本、インド、韓国等、文化や言語の多様性、各国の規制や競合事情の違いなど、各マーケット個別要素の影響が大きく、サプライヤ側もそれぞれの国で独自のエコシステムとサプライヤベースが出来上がっている。アジアではグローバルや地域軸で共通化・統一化といったアプローチはできなくはないが、大きなメリットは見出しにくい。あきらめるつもりはないのだが、メリットとデメリットをきちんと精査した上で進める必要はある。例えば、グローバルエージェンシーを設定したが日本では既存の代理店をグループ内にネットワーク化しただけの場合も多く、疾患領域で競合しないように調べてみると(製薬会社A社の薬剤の広告代理店の場合、競合するB社の薬剤の代理店となることは利益相反となるため取り扱えない)結局グローバルで選定したエージェンシーを使えない、といったケースもあった。

 この点でもグローバルやリージョンでのレバレッジやサプライヤの統一化といったアプローチの戦略的重要性を理解しつつも、現実にローカルマーケットやローカルのステークホルダーの観点で見た時、どのソリューションが便益を最大化できるのか判断する、場合によっては関係者を説得していくことも必要になる。

・価格データを蓄積しておこう

 価格データのストック、蓄積は調達部門の強力な武器になる。将来のRPAやAI活用のためのサンプルデータにもなりえる。マーケティングカテゴリーは非定型なものが多いのは事実だが、あきらめず粘り強く、見積書の明細フォーマットを決める等、こちらの求める形で価格情報を入手できるように工夫を続けよう。

・最後に

 間接材調達の組織化を考えるとき、専門知識を深めて調達業務を行う視点とそこから一段上昇してメタレベルで俯瞰して見る戦略的な視点の二つが必要だ。言い方を変えると、Executionは担当部署からのリクルートや兼務、外部委託、スポットやプロジェクトベースでのアサインも状況によってはありえる。購買組織内にノウハウも人材も残らないかもしれないが、何年に一回かの一時的なコスト削減効果を狙うなどの場合はそれでもよい。一方で、継続的に支出を管理し購買が関与していくカテゴリーであり、専門性の高いバイヤーを育成したいのであれば、そのつもりで社内にポジションを用意し長期的視点で育成する。間接材調達を広く見渡して、そういった方向性を考え、環境に応じて柔軟に組織をデザインしたり、見直したりする人材の必要性も今後間接材調達の成熟とともに高まってくるだろう。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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