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ドロドロのサスペンスで闇を抱えた役に入り込んだ北乃きいの凄み。姉に捨てられるのを恐れて狂気に…

斉藤貴志芸能ライター/編集者
(C)テレビ東京

女王様と奴隷のような関係で依存し合う姉妹を描くホラーサスペンスドラマ『汝の名』に、北乃きいがW主演している。輝く姉に必要とされることだけに存在意義を感じる陰気な妹役で、捨てられることを恐れて狂気に走り……。13歳でデビューし31歳になった北乃は、今も変わらぬ可憐さを漂わせつつ、闇を抱えた役はずっと演じたかったという。その打ち込み方には女優としての凄みを感じさせる。

成長が遅いので肩の力を抜くのは早いかな

――3月に31歳の誕生日を迎えられましたが、『汝の名』で27歳の山崎紘菜さんの妹役がまったく違和感ないくらい、外見はお変わりないですよね。ケアに気を配っているんですか?

北乃 何もしてないです。どちらかと言うと、大人っぽく見られるにはどうするか、考えることが多いかもしれません(笑)。

――若い頃と比べて変わったこともありますか?

北乃 カルビとか食べられなくなりました(笑)。焼肉はもうキツいですね。現場のお弁当もお魚を選んでます。

――仕事への取り組み方に関しては?

北乃 30代はスキルアップを心掛けています。ひとつの作品に入ったら、言われたことをやり遂げるだけでなく、1ミリでも成長する。インプットしたことを、次の作品ですぐアウトプットする。そんな10年にしようと決めました。

――30代に入って肩の力が抜けてきた、という話をよく聞きますが、そういう感覚もあります?

北乃 肩の力は逆に入れています。成長が遅いので(笑)、まだ力を抜くのは早くて。いろいろなことを、人より努力しないと足らないですね。

昔は普通にしていると具合悪いと思われて(笑)

――演技への準備の仕方は変わりました?

北乃 どちらかと言うと、現場での居方が変わったかもしれません。年相応になったというか。私は13歳からお仕事をしてきて、10代の頃のイメージが強いのか、20代でも実年齢より若いリアクションを求められることが多かったんです。それが30代になってから、年相応の動きや表情を必要とされるようになってきて、嬉しいです。

――20代の頃は無理をしていた部分もあったんですか?

北乃 元気なイメージだったからか、ちょっとでもテンションが低いと「今日はどうした? 具合悪いの?」と心配されていました。全然普通なのに(笑)。だから、できるだけ明るいテンションで、現場に入るように心掛けていたんです。今は無理することなく、ナチュラルにいられるようになりました。

――では、役への向き合い方自体は変わらず?

北乃 そうですね。役に長く入っています。切り替えが下手なので。『汝の名』の現場で山崎さんを見ていると、私と真逆だなと思いました。器用な方で、カットがかかったら、その都度パンと自分に戻れる。私はずっと役のままでした。

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役は積み重ねるのでなく横に置いていきます

――だとすると、今回の久恵のようなどんよりした役を演じるのは、精神的にキツい面もないですか?

北乃 そういう面もあります。でも、全部撮り終わったら、役が抜けるのは早いんです。演じた役を縦に積み重ねていく人と、横に置いていく人がいるらしいですけど、私は切り離して横に置いていくので、前の役を引きずることは一切ありません。また同じような役を演じることになったら、引っ張り出すのが難しいですけど、また新しく作るから毎回新鮮です。

――演技の面白みを感じる部分は、10代、20代と変わってきていませんか?

北乃 舞台を経験して、お芝居は勉強したら、より面白くなるんだなと感じました。私は演技レッスンを受けたことがなくて、現場で覚えていったんです。だから感覚でやってきましたけど、それが通用するのは10代まで。20代で技術を身に付けるうえで、舞台で教えてもらったことは大きかったです。

――長くやってきた中で、女優の仕事へのモチベーションが下がった時期はありませんでした?

北乃 なかったですね。もともと自己評価は低いんですけど、この前の誕生日に事務所の代表から「芸能で輝ける人だと思っています」とメッセージをいただきました。13歳から人生を共にしている人に言われた言葉は胸に響いて、自信になりました。

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人間の怖さが出るのが好きです

『輪(RINKAI)廻』で松本清張賞を受賞した明野照葉の小説をドラマ化した『汝の名』。若き社長の姉・麻生陶子(山崎紘菜)と妹の久恵(北乃きい)は真逆の性格。陶子の家で引きこもる久恵を、陶子は都合のいい存在として扱うが、久恵は陶子の役に立てることに喜びを感じ、共存関係を築いていた。しかし、ある出来事がきっかけで、姉妹の立場が逆転していく。

――「ずっと久恵のような役を演じてみたかった」とコメントされていますが、久恵役のどういう部分を指してのものですか?

北乃 私はいじめられる役が多くて、やり返す役はあまりやったことがなくて。心の中に闇があるような、性格の悪い役を演じるのはひとつの夢でした。スナイパーとか、くのいちもやりたかったんですけど(笑)、人間の怖さみたいなものが好きなんです。今回はまさに、自分好みのホラーサスペンスでした。

――参考にした作品もありましたか?

北乃 『ミザリー』を久々に観返しました。人が狂っていくところが描かれているので。あとは、アンジェリーナ・ジョリーさんの『17歳のカルテ』です。

――陶子と久恵の共依存の関係は、理解が難しかったのでは?

北乃 難しかったですね。自分が何かに依存したことがないので。ネットで共依存のことをたくさん調べて、毎日持ち歩いて見ていました。

――久恵は陶子にひどいことをされても、心から彼女のことを心配もしていて。

北乃 共感はほとんどできませんでした。自分の感覚では、久恵は「何でそこまで」というより、「こんなことはやらない」という行動をしていて。でも、久恵と陶子は紙一重という発見もありました。

頭からかけられたジュースを飲めなくなりました

――『汝の名』でも前半は、久恵は陶子に虐げられています。頭からワインをかけられたり。

北乃 ああいうシーンは慣れてますから(笑)。ただ、あれはぶどうジュースでしたけど、その日以来、飲めなくなりました。ぶどうジュースは大好きだったのに、見るだけで気持ち悪くなってしまって。過去のいじめられるシーンでも、投げ付けられた食べ物は全部食べられなくなっていたので、そういう現象が起きることを改めて実感しました。

――そこまで役に入り込むんですね。

北乃 やられるシーンより、生花を握りつぶしたり、作ったばかりのごはんを捨てたりするのがキツかったです。撮っているときは全力ですけど、ああいうことを毎日していると、心が苦しくなってきて。プライベートで友だちと揉めたりもしました。

――久恵のささくれだった気持ちを引きずっていて?

北乃 そうだと思います。その期間は誰も話し掛けないでほしかった(笑)。役が抜けてから振り返ると、自分を精神的に追い込んでいたんだなと。でも、そこまでやり切ったということなので。

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出したことのない声や表情で泣きながら笑ったり

――後半に久恵が狂気をはらんでいくところは、やりたかった演技ができている手応えもありました?

北乃 監督の演出で、自分が出したことのない声や表情を求められました。私が元から持っていたものでなく、新しい引き出しを作ってもらった感じです。自分の中で変化がたくさんありました。

――こういうドロドロの作品で、どんな演出があったんですか?

北乃 ト書きの部分で、たとえば「声にならないようなうめき」とあったら、それってどんな音なのか。監督と話し合いながら「こういうトーンですかね? こんな感じですか?」と試していく感じでした。

――先行配信された4話の最後の次回予告では、涙を流しながら狂ったように笑う場面がありました。

北乃 あのシーンもいろいろと試しました。ギリギリまで「こうかな? どうかな?」とすごく考えて、全力でやったつもりです。自分でも見たことのない自分が出て、いいのかどうか、どう見えているのか、まったくわからなくて。現場でやってみて、監督のOKが出たら「今ので良かったんだ」という進め方でした。

――キツい役でも、演じる面白みはありました?

北乃 本当に辛かったですけど、そういう役を演じるのは役者ならでは。芝居の楽しさを感じました。

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主演でない作品を好きと言われて

――これまでのキャリアの中で、自分の代表作だと思うのはどの辺りですか?

北乃 自分の中で「これ」というのはないです。全部が大事ですし、友だちに好きと言われるのは主演でない作品が多くて。

――たとえば?

北乃 『BANDAGE』とか『流れ星』とか。嬉しいことですけど、人によって見方が違うので、自分からどれかひとつを代表作と言ったことはありません。でも、「観てました」と言われることが多いのは『ライフ』です。

――出演して何かに開眼したような作品はありますか?

北乃 最初の映画で主演して、日本アカデミー賞の新人賞をいただいた『幸福な食卓』ですかね。私にとっては、あそこからお芝居が始まったので。

平成の初めのドラマっぽさが良いです

――自分でもドラマや映画はよく観ますか?

北乃 いろいろ観ます。野島伸司さんのドラマが好きで、この前Paraviに登録したら、『高校教師』とか『聖者の行進』とか出てきました。他にも平成の初めから90年代の古いドラマが好きです。『お金がない!』とか『とんぼ』とか。『汝の名』はそういう時代の雰囲気のあるドラマだと感じました。

――昔の昼ドラっぽいですよね。

北乃 そうですね。あと、ドキュメンタリーやノンフィクションも好きです。西田敏行さんの『遺体』は映画館に3回観に行きました。あれはフィクションですけど、3.11で本当にあったことが元になっていて。遺体の安置が追い付かなくて、街の人たちが携わっていくという。あと、チェルノブイリの原発事故のドキュメンタリー映画も、1人で3~4回観ました。私はあまり同じ映画を繰り返し観ないんですけど、ああいう題材の作品は何回も観に行ってます。

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続けることに多くの理由は要らない

――女優として刺激を受けた映画もありますか?

北乃 『縞模様のパジャマの少年』が一番衝撃を受けました。『遺体』と同じように、こういうことが本当に(ユダヤ人の強制収容所で)あったんだろうなという話で、当時の兵隊の制服も忠実に作られていて。自分の子どもが生まれたら、絶対に見せようと思っています。ラスト10分くらいがアドリブらしく、観たあとは1週間くらい引きずりますけど、ああいう作品に自分が出られたら幸せだと思います。

――これから30代、40代と年齢を重ねていくに当たり、目指していきたい女優さんもいますか?

北乃 『ZIP!』で対談させてもらったメリル・ストリープさんやジョディ・フォスターさんは、素敵だなと思います。ハリウッドでは40代になると一気に役がなくなるみたいで、メリルさんは「そんな年齢になっても仕事が続いて、自分は恵まれている」とおっしゃっていて。「何をモチベーションに続けてこられたんですか?」と聞いたら、「ただ芝居が好きだから、ここまで来たわ」ということでした。続けることに多くの理由は要らない。世界の第一線で輝き続けている方の言葉に、カッコイイなと憧れました。

大型免許を取るためにも頑張らないと(笑)

――30代に仕事以外で成し遂げたいことはありますか?

北乃 あまり欲はありませんけど、車の大型免許を取りたいです。マニュアルの普通免許は持っていて、車は趣味で、たまに軽トラックは運転しています。それで、もっと大きいのを運転したくなりました。教習所に電話して、いろいろ聞いたら、大型免許は筆記試験がなくて、実技だけなんです。でも、お金が結構かかるんですよね。大型免許を取るためにも、仕事を頑張ります(笑)。それで、たくさんの人を乗せて出掛けたいです。

――30代になると、遊びに行く場所も変わってきました?

北乃 海外でひとり旅をするのが好きだったのが、コロナ禍になってから、できなくなってしまって。日本から出ないうちに、フットワークが重くなりました。今一番行きたいのは、温泉です(笑)。

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Profile

北乃きい(きたの・きい)

1991年3月15日生まれ、神奈川県出身。

2005年に『ミスマガジン』でグランプリ。同年に女優デビュー。主な出演作はドラマ『ライフ』、『八日目の蝉』、『アンフェア ダブルミー二ング』シリーズ、『おじさんが私の恋を応援しています(脳内)』、映画『幸福な食卓』、『ハルフウェイ』、『武士道シックスティーン』、『僕は友達が少ない』ほか。ドラマ『汝の名』(テレビ東京ほか)に出演中。

『汝の名』

テレビ東京ほか/火曜24:30~

公式HP

Paraviで全話先行配信

テレビ東京公式ドラマチャンネルで前半4話先行配信中

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芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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