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2021年に静かに公開された30分の自主制作映画。震災での喪失を描く『漂流ポスト』を心に留めたい理由

斉藤貴志芸能ライター/編集者
(C)Kento Shimizu

 年の瀬の回顧モードの中、2021年のベスト映画が論じられたりもしている。そんな中、30分の自主制作映画だが、忘れたくない1本がある。東日本大震災から10年の今年、追悼ロードショーとして公開された『漂流ポスト』。親友を亡くした女性が抱え続ける喪失と心の蘇生が描かれ、静かに胸を打つ。現在、U-NEXTで配信されている。

亡くなった人への手紙を受け止める実在のポスト

 タイトルになった漂流ポストは、被災地の岩手県陸前高田市の山奥に実在する。東日本大震災で亡くなった人へ宛てた手紙を受け止める郵便ポストで、喫茶店を営む赤川勇治さんが震災から3年後の2014年に「手紙を書くことで心に閉じ込められた悲しみが少しでも和らぎ、新たな一歩を踏み出す助けになるなら」と設けた。震災に限らず亡くなった人への想いが綴られた手紙が届き続けて、その数はこれまでに800通に至るという。

 清水健斗監督は震災翌日の2011年3月12日に岩手に行く予定だった。自分が1週間前にも訪れた場所が津波に流される様子をニュースで見て、他人ごとと思えず長期ボランティアに参加。直に見聞きした被災者の想いを風化させないために『漂流ポスト』を製作することに。撮影は2017年に行われた。

 2018年から国内外の映画祭で上映され、ニース国際映画祭、ロンドン国際映画祭、ロサンゼルスインディペンデント映画祭などで多くの賞に輝いている。そして今年3月、アップリンク渋谷などで公開。現在はU-NEXTで、2019年にノミネートされた小布施映画祭上映作品特集の一環として、震災映像なしの短縮版が配信されている。

 今月、ライムスター宇多丸がパーソナリティを務めるラジオ番組『アフター6ジャンクション』(TBS)で、ゲスト出演した脚本家・映画監督・スクリプトドクターの三宅隆太氏が「2021年映画ベスト10」の10位に挙げていた。

「楽しかった記憶が辛くて、忘れることも怖くて」

 『漂流ポスト』の主人公の園美(雪中梨世)は、東日本大震災で中学時代の親友・恭子を亡くし、心のどこかで事実を受け止められないまま、日々を過ごしていた。彼女の留守電メッセージが入ったガラケーをいまだに持っている。

 ある日、2人で学校に埋めたタイムカプセルが見つかり、中には将来のお互いに宛てた手紙が入っていた。漂流ポストのことを知り、そのときに書いた恭子宛ての手紙を届けようと出向く。

 いざ投函しようとするシーンで、園美はポストの前で立ち尽くし、手紙を入れずに踵を返してはまた戻り、投函口に手を入れても離せず……と長い逡巡を続ける。ついには手紙を握ったまま、へたり込んでしまった。

「楽しかった記憶が辛くて、少しでも楽になりたくて。でも、一歩踏み出すことが忘れることに繋がりそうで怖いんです」

 園美はポストの管理人に涙ながらにそう語った。ドキュメンタリーのようにも見えたが、園美を演じた雪中は撮影に入る少し前に祖母を亡くし、自身が伝えられなかった想いを重ねていたという。

 手紙を投函できなかったシーンも段取りや演出はなく、時間をかけて思うままにやっているうち、出すか出さないか迷って「ああ、無理だ……」と不意に力が抜け、尻もちをついたとのこと。

 恭子への手紙を改めて書くことにした園美は、「電話出れなくてごめん。いつでも話せると思って少し油断してたよ」などと泣きながら綴り始めた。声は入ってないが、園美が叫びながら海に入っていく、現実とも夢想ともつかぬシーンもある。彼女の喪失感の大きさが露わになっていき、胸を締め付けられる。

回想シーンで青春の煌めきが美しいからこそ

 そして、この映画で特筆すべきは、園美と恭子の中学時代の回想シーンの美しさだ。自分の殻に閉じこもって目立たない生徒だった園美(中尾百合音)は、立ち入り禁止の屋上で、誰にでもやさしい優等生の恭子(神岡実希)と偶然居合わせる。正反対の2人だったが、恭子から学校をサボって海に行くことを持ち掛けられた。

 裏門をよじ登り、電車に乗り、踏切を渡って、海辺でラムネで乾杯。光が反射する海に裸足で浸かり、水を掛け合う制服の2人を、やがて夕陽が包んでいく……。かけがえのない青春の光景。

 そして、親の離婚で東北へ転校する恭子との最後の日に、2人の友情がいつまでも続いて大人になって一緒に読めるようにと、未来のお互いへ宛てた手紙を書いてタイムカプセルで埋めることにした。

 この回想シーンでの、2人の思い出の煌めきが美しいからこそ、大人になった園美が恭子を失った悲しみの大きさを実感させ、胸を震わすことになった。

 2021年は東日本大震災から10年と同時に、世界はコロナ禍に覆われたままだった。大切な人と会うこともままならない日々。亡くすまでではないとしても、かつての日常が消えた喪失感は、多くの人が抱えているだろう。

 そんな年に公開された『漂流ポスト』。園美は自身が抱えていた悲しみと向き合って、ポストを後にした。2021年だからなおさら、余韻が響く1作となった。

雪中梨世インタビュー

神岡実希×中尾百合音インタビュー

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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