小6でデビューして13年になる山谷花純が、初めてヒロインを務めるドラマ『私の正しいお兄ちゃん』が配信される。スーパー戦隊にレギュラー出演後の停滞期には女優を続けるか考えたこともあったというが、24歳にしてサスペンス系ラブストーリーで念願を叶えた。自身には珍しい恋愛ドラマへの取り組みと、ここに至るまでを語ってもらった。

毎日泣くシーンがあってドッと疲れました

――ラブストーリーというと、自分ではどんな作品が好きでした?

山谷 『あと1センチの恋』という洋画がすごく好きです。幼なじみのなかなか縮まらない、付かず離れずの距離を感じられて。出会いから始まるのでなく、もともと仲が良いところからの関係性の変化が、観ていてムズムズして好みです。

――今回の『私の正しいお兄ちゃん』は、そういうラブストーリーではないですね。

山谷 そうですね。やっぱり私には王道のラブコメでなく、ひと筋縄ではいかない物語が合うんだなと(笑)。今まで、何かを抱えながら、たくましく生きる役が多かったので。お芝居をする身としては、恋愛要素だけでなくサスペンスも含む作品に関われて、見せ場も多くて、やり甲斐がありました。

――泣くシーンとキスシーン、あと、寝るシーンが多いようで(笑)。

山谷 多かったですね。1日1回は泣いていた印象があります。

――泣く演技はエネルギーを使いますか?

山谷 不得意ではないですけど集中力は必要で、涙の量も多いと、それなりに力が入ります。終わって家に帰ったら、ドッと疲れが出ますね。ただ、昔『劇場版コード・ブルー』でご一緒した西浦(正記)監督と「泣くシーンで絶対に目薬は使わない」と約束したんです。「ちゃんと自分の涙で撮りなさい」という教えを守ろうと、必死に頑張りました。

――台本に「涙あふれてくる」とあれば、あふれさせられるものですか?

山谷 あふれ具合が難しいです。ボロッと泣くのか、静かに泣くのか。泣くシーンが多いからこそ、全部同じでなく、それぞれ違う色の涙を流せたらと思ってました。

――やっぱり、そのレベルでの難しさなんですね。「涙が出ない」ということはなくて。

山谷 涙が出ないことはめったにありません。そういうシーンでは目が重くなったり、頭がちょっと痛くなったりします。

エイベックス提供
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海デートの場面で新しい価値観を学びました(笑)

――キスシーンではラブストーリーを堪能できた感じですか?

山谷 ラブストーリーはあまり経験してなかったので、毎回新鮮な気持ちで挑みました。ただ、泣くシーンと違って、恋愛のキュンキュンするシーンは、相手とのキャッチボールや空気感のやり取りなので、1人で作り上げるものではなくて。相手役の古川(雄大)さんの懐の深さが、反映されたと思います。

――後半には海でのデートシーンがあります。お互い思うことはありつつ、ラブストーリーならではのキュンとくる場面になりました?

山谷 そうですね。私はインドアな性格で、外で友だちと遊ぶこともほとんどなくて。楽しそうだと思っても、海に行くまでがすごく腰が重いんです。でも、いざ行ったら、こんなに楽しめるんだと、新しい価値観を学ばせてもらいました(笑)。

――ベタに砂浜で追いかけっこをしたり、水を掛け合うのも楽しそう?

山谷 見ていると恥ずかしいけど、本人たちはきっと周りが見えてない2人の世界で、きっと楽しいんだろうなと(笑)。

――寝るシーンではガチで寝ていたこともあったとか(笑)。

山谷 スケジュールがタイトだったので、本番中に寝てしまったまま、OKが出たことが多々ありました(笑)。お芝居を邪魔してなかったからOKになったと思うので、どこがお芝居で、どこが本当なのか、チェックしてもらえたら嬉しいです(笑)。

『私の正しいお兄ちゃん』より (C)モリエサトシ・講談社/フジテレビジョン
『私の正しいお兄ちゃん』より (C)モリエサトシ・講談社/フジテレビジョン

声のトーンや話し口調で幼く見えるように

モリエサトシのマンガが原作のFODオリジナルドラマ『私の正しいお兄ちゃん』。大学生の理世(山谷)はアルバイト先で、両親の離婚で生き別れになった兄と面影の似た海利(古川雄大)に出会う。眠れないという海利に肩を貸すうち、惹かれていく理世だが、アパートで見てしまった日記には「人を殺した罪からは逃れられない」という文章が……。

――理世はキャラクター的に、山谷さん自身の強そうなたたずまいを消した感じですか?

山谷 そうですね。私のままでたくましかったり、大人の女性に見えてしまうのがイヤだったので。声のトーンを少し高くしたり、話し口調をゆっくりして、ちょっと幼く見えるようにしました。なおかつ、真っすぐで何にも染まってない、無垢な女性として生きるのを心掛けました。

――そういう人物像を作るうえで、試行錯誤もありました?

山谷 撮影が進んでシーンを重ねるに連れて、体に染み込んでいきました。他の作品でもクランクインのときは、フラットな状態で入るようにしています。変に作りすぎて行くと、違ったときに修正が大変なので。今回も現場で古川さんと言葉を交わして、「理世はこういう子だろうな」という印象を体に馴染ませていく作業が、自然にできたと思います。

――事前に準備したことは特になかったと。

山谷 髪色を暗くしたくらいです。それまで舞台で明るくしていて、千秋楽から1日空いてクランクインだったので、急ピッチで染め直しました(笑)。毎回新しい役を演じる前には、美容院に行きます。今回のように髪色や髪型を原作に寄せたり、オリジナル作品でもイメージに合わせたり。髪をちょっと変えるだけで気持ちの切り替えもできるので、自分にとっては大切なことです。

――山谷さん自身は、中身も見た目通りの強いキャラなんですか?

山谷 ハッキリしているほうだとは思います。あまり迷わずバサッと行くので、男前と言われることは多いですね(笑)。

キュンとする言葉を自分で言うのは恥ずかしくて(笑)

――『私の正しいお兄ちゃん』では、心理描写が繊細なようですね。

山谷 普通の少女マンガ原作のラブストーリーとは相手との関係性が違って、ポスターにもある「初めて愛した人は、殺人犯でした」という背景が、物語が進むにつれて出てきます。事実を知って受け入れるまでの葛藤とか、感情の起伏を小刻みに揺らしながら、お芝居をしていました。

――海利が実のお兄さんを殺したことがわかっても、惹かれていくという。

山谷 そこに関しては、もちろん経験もありませんし(笑)、想像でしかなかったんですけど、原作の力は大きくて。現場でどうしたらいいか迷うと、原作の同じシーンを読んだり、マンガの中で理世がどんな表情をしているか、照らし合わせました。

――そういう役を演じることが、やり甲斐でもあったんでしょうね。

山谷 今までヒロインをサポートする役柄が多かった分、「自分がヒロインだと現場にいる時間がこんなに多いんだ」というのもあって。家に持ち帰って考える時間より、現場で自分の中に落とし込む時間のほうが多くて、それも新しい経験でした。いつもより自然に役と一体化していくような、不思議な感覚になりました。

――サスペンス系ながら、ラブストーリーの醍醐味も味わえました?

山谷 ラブストーリーを経験して思ったのが、映画やドラマで見たり聞いたりしたような台詞を、いざ自分が言うと、ものすごく恥ずかしいものなんだなと(笑)。少女マンガでありがちな「こんなこと言われたい」という言葉を自分で体現すると、恥ずかしかったです。

――どんな言葉が恥ずかしかったんですか?

山谷 いっぱいありましたけど、何気ない「好きだよ」という台詞ひとつでもそうでした。ごはんを作ってもらって「アーン」とか、観てる方がキュンとするのはわかるんです。でも、それをカメラマンさんとかスタッフさんとかたくさんの人がいる前でやるのは、役者ながら恥ずかしいものでした。あまり人に見せない姿を、映像に残すわけですから(笑)。

『私の正しいお兄ちゃん』より (C)モリエサトシ・講談社/フジテレビジョン
『私の正しいお兄ちゃん』より (C)モリエサトシ・講談社/フジテレビジョン

もっと早く売れると思ってました(笑)

――今回、芸歴13年で初の連ドラのヒロインということですが、ずっと目指していたんですか?

山谷 役の大小にあまりこだわりはありません。でも、役者の一番の醍醐味はひとつの役を長い時間演じることだと思うんです。そのためには役を大きくするのが早くて、いつかドラマでヒロインを演じるのは、小さい頃から追い掛けてきた夢でした。

――山谷さんのデビューは12歳ですよね。

山谷 小学6年生でした。

――当時、子どもなりにどんな女優人生を思い描いてましたか?

山谷 もっと早く売れると思っていました(笑)。高校生くらいまで、オーディションもわりとスムーズに受かって、仕事がコンスタントに入って、自分の中では順風満帆。我も強くて、自分が一番だと思って、大人を信用していませんでした。それで、このまま進んでいけると思っていたら、うまくいかなくなってきて。

――「あれ?」となったことがあったと。

山谷 そうなんです。自分がされたらイヤなことを人にしてきたと気づく瞬間もあって、仕事との向き合い方から人との話し方まで、見直すきっかけが20歳になる前にありました。わかりやすく言うと、『(手裏剣戦隊)ニンニンジャー』が終わったあと、仕事がなくなったんです。私は1年間、戦隊ヒロインを演じて、すごく忙しかったから、(スーパー戦隊シリーズ前作の主役だった)志尊淳さんみたいに売れると思っていたんですけど(笑)。

エイベックス提供
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女優だけでは食べていけなくなって

――でも、『ニンニンジャー』後も出演作は続いていませんでしたっけ?

山谷 出てはいました。でも、ゲスト出演で撮影は1日で終わって、1ヵ月に2日しか仕事がなかったりしたんです。それで「他にやりたいことはないのか?」と考えました。今まで芸能界ひと筋でやってきた分、もっと視野を広げたいと思うきっかけになりました。

――一般社会のことを知りたいと。

山谷 そうですね。だから、資格や免許を取り始めました。アルバイトをしたのも、その頃だったと思います。

――エッ? 『ニンニンジャー』に出たあとにバイトをしたんですか?

山谷 はい。女優だけで食べていけると思っていたら、そうでなかったことを実感しました。ちょっとした挫折でしたね。今振り返ればいい経験だったし、若いうちにそういう時期が来たのは良かったと思います。

――バイト経験が演技に役立つこともあったり?

山谷 好きで始めたお芝居が楽しくなくなって、逆の感情に傾いてしまった時期でもあったんです。バイトもしながら、初めて「女優の仕事を続けるのか?」と自分と向き合いました。それで、『コード・ブルー』のオーディションでは「ここで落ちたらやめよう」と、自分の中で1回区切りをつける気持ちになりました。

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末期がんの役で今を生きる大切さが身に染みました

――結果的には『劇場版コード・ブルー』のオーディションに合格。結婚を控えた末期がん患者の役で、胸を打つ演技を見せてくれました。

山谷 もともと西浦監督にはお世話になっていて、妥協を絶対しない監督のもとでお芝居をしたら、何か発見があると思ったんです。「もっと続けたい」とか「悔しい」とか「認めてもらいたい」とか、新しい感情に出会える気がしたのが、オーディションを受けるきっかけでした。いざ現場に入ると、ものすごく大変な役だった分、ものすごく楽しくて。

――「お芝居が楽しくなくなった」というところから、初心に戻れた感じですか?

山谷 『コード・ブルー』は小さい頃から観てきた作品で、ずっと憧れだった先輩方に良くしていただいて。「私もこういうふうになりたい」と改めて思ったのが、大きかった感じがします。それに、自分とほぼ変わらない年齢で胃がんで亡くなってしまう女性を演じながら、今を生きることの大切さや、思ったことはちゃんと言葉にしないと伝わらないのが身に染みて、「もう1回頑張ってみようかな」という気持ちになれたんです。それで今に繋がっています。

海外にも行って21歳から再スタートしました

――あの映画では髪を丸刈りにもしましたが、山谷さんにとって本当に大きい作品だったんですね。

山谷 はい。撮影が終わったあとには1ヵ月のお休みをいただいて、アルバイトで貯めたお金で、初めての海外旅行に行きました。シンガポールとロサンゼルス。日本と違う世界を見た瞬間、「私って本当にちっちゃいな」と思いました。自分が悩んでいたことがくだらなく感じたんです。

――海外に行くと、そう感じることはありますよね。

山谷 世界で活躍まではいかなくても、人に影響を与えられる仕事を続けていきたい。嬉しかったり悲しかったり、自分が経験したことをそのまま活かせる女優は天職だと、海を越えて感じました。ロスには1人で行ったんですけど、私は英語を喋れなくて、空港の入国審査に引っ掛かってしまったんですね。自分で何とかしないといけない局面に立たされて、今までたくさんの人に助けてもらっていたことにも気づけました。それを私は、自分の不満や葛藤の中で、見ようとしていなかったんだなと。そんな21歳からが、私にとっての再スタートだったと思います。

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感情を表現する仕事だから計算はしたくなくて

――演技に対する考え方にも変化はありました?

山谷 あまり考え込みすぎないようになりました。もちろん「なんでこんな台詞を言ったんだろう」と考えるのは変わりませんけど、深く入り込みすぎて自分が壊れてしまったら、役を生きることはできないと、考え方をシフトチェンジしました。自分を追い込みすぎて、お芝居を嫌いになりたくもないし。現場に役は置いてきて、ちゃんと自分として帰ったうえで向き合う。たぶん10代の頃はすごく役に入り込んでいて、だからこそできたこともあったかもしれません。でも、もしかしたら近しい誰かを傷つけていたかもしれない。今回、理世を演じて、それは感じなかったから、ちょっと大人になったかなと思います。

――自分の女優としての強みが見えてきたりは?

山谷 強みでもあり弱みでもあるのは、瞬間着火が強いことです。その場で生まれた怒りや悲しみや喜びの感情に関して、ウソがない自信はあります。ただ、着火ポイントを毎回同じにできなくて。1回やったことをもう1回はできない。舞台ではそれを活かして、感情優先でいいと思うんです。でも、ドラマではポイントを自分の中ですり合わせて、毎回誤差なくできるようになっていきたいです。

――感情と技術的なことと……。繊細な部分ですね。

山谷 大人になって経験を積むほど「こうやればこう映る」と計算しがちですけど、それはすごく悲しいことだと思うんです。感情を表現する仕事だからこそ、子役のような童心は忘れなくない。同時に、そんな自分を受け入れてもらうために、人として言葉遣いや他人との接し方から成長していきたいです。

――人間としても魅力的な女性になろうと。

山谷 なりたいです。それがたぶん女優としても反映されるので。だから、あまり得意ではないけど、たくさんの人と会うようにしています。10年後に無知な自分になっているのもイヤだから、限られた時間の中でたくさん経験と知識を身に付けて、30代に挑みたいです。

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同性に響くお芝居をしたいと初めて思いました

――今、自分の中で特に課題にしていることはありますか?

山谷 去年から舞台のシェイクスピア・シリーズに関わらせていただいて、吉田鋼太郎さんから「自由にお芝居をしたかったら技術を磨け」と言われたんです。純粋な心を持っているからこそ、それを表現できないのは歯がゆい。どうしても技術は必要なんだと。それで滑舌や腹式呼吸だったり、立ち姿や所作だったり、今まで避けてきた肉体的な基本をやり直して、30代にはちゃんとシェイクスピアをできる女優になれたらと思います。

――最後に改めて、『私の正しいお兄ちゃん』でラブストーリーのヒロインを演じたことからは、どんな収穫がありました?

山谷 今までは、あまり“誰に観てもらいたい”とか意識せず、お芝居をしていたんです。それが今回ラブストーリーを経験して、同性の方に響くお芝居をもっとできるようになりたいと、初めて思いました。私自身が「あの女優さんみたいになりたい」と憧れを持つことが多かったんですけど、自分も年齢を重ねて、人から憧れられるべき立場になってきたんだろうなと。実際そうなれるように、自分を磨いていきたいです。

――理世も女性の共感を呼びそうですか?

山谷 私もどんな自分が映っているのか、ちょっとドキドキしていて(笑)。イチ視聴者としても楽しみたいです。

Profile

山谷花純(やまや・かすみ)

1996年12月26日生まれ、宮城県出身。

2007年にエイベックス主催のオーディションに合格し、2008年にドラマ『CHANGE』で女優デビュー。主な出演作はドラマ『ファーストクラス』、『手裏剣戦隊ニンニンジャー』、『トレース~科捜研の男~』、映画『人狼ゲーム プリズン・ブレイク』、『シンデレラゲーム』、『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』、『さくら』、『まともじゃないのは君も一緒』など。

『私の正しいお兄ちゃん』

FOD/10月15日0時より配信開始

公式HP

(C)モリエサトシ・講談社/フジテレビジョン
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