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石井杏奈がコロナ禍の街が舞台の『息をひそめて』で新境地 「ここで生きていいと聞こえた気がしました」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
『息をひそめて』2話より

W主演した映画『砕け散るところを見せてあげる』の衝撃的な演技が話題を呼んだ石井杏奈。女優デビュー以来、数々の作品に出演してきたが、近年の躍進ぶりは目覚ましい。コロナ禍の2020年春の多摩川を舞台にしたオムニバスドラマ『息をひそめて』(Huluオリジナル)では、第2話に主演。居心地の悪い実家に帰れず寮に残り続ける大学生役で、これまでになく素の自身と重なり、撮り終わったときは「涙が止まらなかった」という。

演技を心から楽しめるようになりました

――公式HPのプロフィールで趣味がドラマ・映画鑑賞となってますが、よく観るんですか?

石井 観ます。時間があると、ずっとテレビをつけています。最近だと『にじいろカルテ』が好きでした。

――温かみがありましたね。

石井 忙しくして帰ってきて、パッとつけて何気なく観ていても感動して、すごく良いなと思いました。あと、自粛で暇だったときに80年代や90年代の映画を探って、『ラッシュアワー』などコミカルな作品をよく観ていました。

――女優として影響を受けた作品もありますか?

石井 韓国映画の『私の頭の中の消しゴム』は、自分がこの(若年性アルツハイマーの)役をやるとなったら、どうなるんだろうと想像したとき、苦しくなったのを覚えています。

――石井さんは女優デビューから9年で、主役級の役も増えて、ここ数年で演技に関して何かを掴んだような感覚はありますか?

石井 心から楽しめるようになりました。前は緊張が大きくて、大御所の俳優さんを目の当たりにしたりすると萎縮してしまって。そんなことだと良いお芝居はできないと、スタッフさんに言われたりもしました。それがいつからか、楽しくできるようになって。演技に正解はないから、ぶつかればいいと思えるようになったのは、大きいかもしれません。

――そのきっかけになった作品があったとか?

石井 『ソロモンの偽証』のとき、スタッフさんから「緊張するほうが失礼。新人だからこそ、思い切りぶつかっていかないと」と言われて、「気持ちを変えなきゃ」と思いました。そこから徐々に変わっていった感じです。

『息をひそめて』2話より
『息をひそめて』2話より

自分の自粛中の孤独感を思い出しました

『四月の永い夢』の中川龍太郎監督がメガホンを取った配信ドラマ『息をひそめて』。2020年の春、多摩川の川沿いで暮らす人々を描いた8篇のオムニバスだ。石井杏奈が主演するのは2話。福島から上京して農業大学に通う高岡七海(石井)は、母親が再婚したため実家の居心地が悪く、コロナ禍でリモート講義だけになっても寮に残り続けていた。

――『息をひそめて』2話の七海のような心に何かを抱えた役を、石井さんはいつも絶妙に演じますが、得意なんですか?

石井 得意というか、共感はできました。七海のヘンに強がってしまうところとか。なので、演じていて苦はなかったです。「この子だったら、ここでどうするか?」と考えるのが楽しかったです。

――「帰りたい場所がずっとなかった」と、コロナ禍でも学生寮に留まっている役でした。

石井 私は帰りたい場所がないわけではないです。でも、コロナ禍でおじいちゃんやおばあちゃん、両親のことを考えると実家に帰れず、家に籠っていたので、心細さや孤独感はわかりました。

――反抗期とか一時的にでも「帰りたくない」と思ったことはなく?

石井 仕事が忙しくないと思われたくなくて、実家に帰って「暇なの?」と言われるのがイヤだったときはありました。実家に帰れなくなるくらい、忙しくなりたいと思っていて。

――このドラマの撮影では、自分の自粛中のことも思い出しました?

石井 そうですね。ずっと家にいて仕事もリモートで、現場に行ったときもアクリル板があったり、ソーシャル・ディスタンスを保たないといけなくて。当たり前だったことが変わってしまった悲しさや寂しさがありました。

――家にいて煮詰まったりも?

石井 家にいることは嫌いでないので、料理やギターと趣味を増やしたり、やることもたくさんあってルーティンを決めて、イヤになることはなかったです。ただ、人には会えなかったので、いざ会うと、やさしさに敏感になっていました。「ありがとう」と言われただけでも心が温まって、泣きそうになったり。後になって「孤独だったんだな」と思いました。そういう部分が、この作品と重なります。

『息をひそめて』2話より
『息をひそめて』2話より

将来が不安で切羽詰まっていたんです

――『息をひそめて』について、インスタグラムで「撮影が終わった瞬間に涙が溢れて止まらなくて」とありました。そういうのは珍しいことなんですか?

石井 お芝居を始めた頃は、みんなと仲良くなった現場が終わるのが寂しくて、涙することは多かったです。そこはいつの間にか、「また会えるように頑張ろう」とポジティブに思えるようになりました。今回は作品にやさしく励まされたというか。「ここで生きていていいんだよ。ちゃんとみんなが見てるから」と、自分が欲しかった言葉がどこかからダイレクトに聞こえた気がしたんです。それで涙が止まりませんでした。

――当時の石井さんの状況的に、響くものがあったとか?

石井 撮影していたのがグループ活動があと1ヵ月で終わるという時期で、切羽詰まっていたんです。自分のリミッターがギリギリで、様々なことを考えていたので、余計に「役者の道を行けばいいんだよ」と、生き方を肯定してもらえたように感じました。

――この物語はジワッと染みますけど、劇中で七海が泣いていたわけではなくて。撮り終わって涙が止まらなかったというのは意外でしたが、そういうことがあったんですね。

石井 本当に素を撮ってもらっているような感覚でした。役と自分が重なっていたので、共感が観ていただく方にも伝わればいいなと思います。

『息をひそめて』2話より
『息をひそめて』2話より

人の温もりにはこんなに力があるんだなと

――役の入り方も、珍しいパターンだったんですか?

石井 そうですね。監督と話していく中で、衣装を決めながら「七海は何でこの服を買ったんだろうね?」みたいに、さり気なく振ってくださいました。私も考えて「お母さんが送ってくれたのかな?」「七海は量産型の古着を買いそうですね」などと話して、役を膨らませていきました。コンビニに行っても「七海だったら何を買うかな?」、外を歩きながら「七海なら空を見るかな?」といった感じで、常に役の気持ちになって考えていました。

――役作りというより、自然にそうしていて?

石井 そうなんです。意識的ではなかったので、役に入り込むというより、七海に寄り添う感覚でした。いつもは極端なキャラクターをよくやらせていただくので、いじめられっ子の役なら「何でいじめられたんだろう?」と自分が役と会話することが多いんです。今回は自分自身と会話していて、役が自分と近くなったのかもしれません。

――多摩川で出会って寮に連れてきた中学生の涼音を抱きしめるシーンは、印象的でした。

石井 撮影期間の最後に、そのシーンがありました。人と触れ合うことを禁じられていたからこそ、ハグするってすごいんだな、人の温もりはこんなに力になるんだなと感じました。それは結構大きかったです。

――自転車の練習をするシーンは楽しくやっていた感じ?

石井 はい。楽しいシーンは本当に楽しくて、3人で遊んでいた感じでした。私は本当は自転車に乗れるので、「ゆっくり走って」と言われるとヨレヨレになったりしてました。

――舞台になった多摩川には馴染みはあったんですか?

石井 なかったです。電車から眺めていたくらいでした。撮影で実際に行ってみたら、とても気持ちいい場所でした。

『息をひそめて』2話より
『息をひそめて』2話より

演じる意味としてウソはつきたくないので

――今、女優として課題にしていることはありますか?

石井 今は高校生役と大人の役の狭間にいて、昨日まで高校生を演じていたのが今日から25歳とか(笑)、そういうことがよくあります。しっかりと切り替えて、役に集中していきたいです。あと、この『息をひそめて』で感じた想いを自分のものにして、生きていきたいなと思いました。役を自分と重ねる演じ方が自分の中で新しかったので、これからも取り入れていけたら。

――公開中の主演映画『砕け散るところを見せてあげる』では、アプローチが違っていたわけですね?

石井 そうですね。でも、いじめられている役にどこか共感して、応援したくなりました。そこを大切に演じたいと思いましたし、同じところを観る方たちにも共感してほしくて。

――そういう役でも、自分と共鳴する部分を見つけていて?

石井 自分が演じる意味として、ウソをつきたくないので。どこか共感して自分と重ねないと、まったく別物になって、上辺しかできないと私は思っています。22年間生きて感じてきた想いと、何かは絶対ハマるはずなので、そこを重ねながら演じたいと思っています。

どんなに過酷なシーンも楽しかったと思えます

――これまで出演作が途切れなかったのは、石井さんの才能と努力の賜物でしょうけど、自分では何が良かったと思いますか?

石井 楽しいと思えていることですかね。どんなに過酷なシーンでも、「大変だったね」と言われるようなシーンでも、私は楽しいのでへっちゃらなんです(笑)。確かに痛いし苦しいし、泣いてしまったりしても、次の日になると、それすら楽しかった気がして。「泣けるほど気持ちが入って良かったな」と思えます。ポジティブなのかもしれません。自分が自分に救われています。

――小さい頃からダンスをやってきて身に付けたリズム感とかが、演技にも役立っている部分はありますか?

石井 以前ドラマでご一緒した寺尾聡さんが音楽と俳優をどちらもされていて、「音楽はずっと続けたほうがいいぞ」と言われました。自分ではわからなくても、音楽をやっていた人とやってない人では、お芝居のリズム感が違うそうです。「それはすごく大切なことだから」と言われたのをすごく覚えていて。見る方が見るとわかる何かがあるのかもしれないので、ダンスをやってきて良かったです。

服をリメイクして自画自賛してます(笑)

――公式プロフィールの特技はそろばんになってますが、最近は使ってないですよね(笑)?

石井 さすがにもう触っていません(笑)。でも、計算は全部暗算で、頭の中で筆算はせず、珠を弾いちゃいます。

――石井さんの世代でそろばんを習う人は珍しかったのでは?

石井 そうですね。母の教えで、女の子はそろばんとダンスをやるということで、私も妹も習ってました。

――そろばんとダンスが並んでいたんですか(笑)?

石井 そろばんは母自身がやっていて、計算が速くなって日常で役立つということでした。ダンスはもともとバレエを習わせたかったみたいです。姿勢を良くするようなことが目的だったと思います。でも、近所にバレエ教室がなかったので、ヒップホップスクールに通いました(笑)。

――これから新たな特技を見つけたいとは?

石井 特技と言えるかわかりませんが、服のリメイクをしてます。要らなくなった服を愛犬用にリメイクしたりして、イメージしていたのとピッタリなものができると、「才能あるかも」と少し自画自賛します(笑)。

――しんどいときや苦しいときに、石井さんの支えになっているものは何ですか?

石井 家族です。連絡はよく取っていて、コロナ以前は1ヵ月に1回は必ず実家に帰っていました。何をしても嫌いにならない安心感があるのは家族だけで、愚痴を言っても喧嘩をしてもすぐ元に戻れるので、支えになります。なので、『息をひそめて』の家に帰りたくなくなる状況は、想像するだけで苦しかったです。

――それだけに、オムニバスでも七海役にハマったのかもしれませんね。

石井 そうですね。とても濃い1篇でした。

『息をひそめて』2話より
『息をひそめて』2話より

Profile

石井杏奈(いしい・あんな)

1998年7月11日生まれ、東京都出身。

2012年にドラマ『私立バカレア高校』で女優デビュー。2015年にドラマ『LIVE! LOVE! SING! 生きて愛して歌うこと』、映画『ガールズ・ステップ』で主演。その他の主な出演作は、ドラマ『仰げば尊し』、『チア☆ダン』、『東京ラブストーリー』、映画『ソロモンの偽証』、『心が叫びたがってるんだ。』、『記憶の技法』、『ホムンクルス』、『砕け散るところを見せてあげる』ほか。ドラマ『ガールガンレディ』(MBS・TBS系)に出演中。6月スタートのドラマ『シェフは名探偵』(テレビ東京系)に出演。

Huluオリジナル『息をひそめて』

全8話独占配信中

公式HP

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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