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将棋親善大使を務める元乃木坂46の伊藤かりん 「やり甲斐をくれた世界の魅力を踏み込んで伝えたい」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
元乃木坂46で将棋親善大使の伊藤かりん。アマ初段(乃木坂46合同会社提供)

元乃木坂46で『将棋フォーカス』(NHK Eテレ)の司会などを務めてきた伊藤かりん。アマ初段の腕前で将棋親善大使も務め、グループ卒業後も将棋関係の仕事が絶えない。昨年開設した自身のYouTubeチャンネルでは、名だたるプロ棋士とのコラボも実現させた。藤井聡太二冠の活躍もあって将棋界に光が当たる今、彼女が果たそうとしていることは?

頑張ることが見つからなくて何かしたくて

――今年も元日から、NHKラジオの『王手!最後のお願い 新春スペシャル』の司会という仕事で始まりました。

伊藤 録音で、私は元日はお墓参りに行っていたんですけど(笑)、後から聴きました。尺がある番組で、斎藤(慎太郎)先生に1時間くらいお話をうかがいました。先生方はプライベートのことをあまり話さないんですけど、あそこでは結構聴けたかなと思います。

――斎藤八段と、もう1人のゲストだった室谷由紀女流三段は、共にかりんさんと同い年なんですよね。

伊藤 室谷さんとはプライベートでも仲良くさせていただいてます。私の世代の先生方が今、将棋界を引っ掻き回している感じもあって、30代に突入するくらいが楽しみです。

――かりんさんと将棋の関わりを改めて振り返ると、2014年に『将棋ウォーズカップ~芸能界最強決定戦~』(BSフジ)に乃木坂46を代表して出場したのがきっかけでした。当時は研究生で、グループ内で立候補したとか。

伊藤 そうです。他に将棋ができるメンバーがいなかったので。私も小さい頃、おじいちゃんにルールを教わって、お正月に親族とやった程度でしたけど。

――それでもチャンスがあるなら、何でも食らいついていこうと?

伊藤 当時は乃木坂46内で頑張ることが見つからなくて、「何かしたいな」という感じだったので、研究生ながら手を挙げました。ライブにも出させてもらえない時代で、やることがなくて。他の子たちはだいたい学生で、とりあえず学業を頑張ることもできましたけど、私は卒業していたから、ずっと暇だったんです(笑)。

頭を使って進めるゲームは好きだったので

――対局で勝つことには本気だったんですか?

伊藤 勝ち負けより、勉強してきたことが伝わればいいなと思っていました。そのときは駒の動かし方しか知らなくて、アプリで練習してましたけど、囲いのことを初めて知って、形を調べて「これをやってみよう」みたいな。それを対局中に出せれば、まあいいかなという感じでした。

――その時点で、将棋にハマりそうな予感はありました?

伊藤 私の好きな系のゲームだとは思い始めていました。もともとアクションゲームとかはあまりやらなくて、ナンプレとかマインスイーパとか、しっかり頭を使って計算しながら1コ1コ進めていくゲームが好きだったんです。将棋もそれと同じタイプかなと。それで、その後もうっすらやっていたんですけど、『将棋世界』の連載で将棋としっかり向き合うようになりました。

――その連載『かりんの将棋上り坂↑』に加えて、『将棋フォーカス』のゲスト出演から総合司会と、将棋絡みの仕事が相次ぎ決まりました。

伊藤 『将棋ウォーズカップ』に2回出たあと、急にマネージャーさんから電話が来て、「将棋雑誌の連載の話が来ているけど、どうする?」と聞かれました。専門的なお仕事だったので、私に委ねてくれたんですけど、もちろん「やらせてください」と。ほぼ同時期に『将棋フォーカス』の話も来て、何か怖かったですね。NHKのレギュラーなんて、乃木坂46でやっているメンバーがいなくて、研究生から昇格したばかりの私で大丈夫なのか? でも、うれしさのほうが大きかったです。

乃木坂46の卒業を前にした2019年4月に日本将棋連盟から将棋親善大使を委嘱された(乃木坂46合同会社提供)
乃木坂46の卒業を前にした2019年4月に日本将棋連盟から将棋親善大使を委嘱された(乃木坂46合同会社提供)

将棋雑誌の連載で大量の宿題に感謝しました

――『将棋世界』でかりんさんに詰みの問題を出していた戸辺誠七段が、将棋の師匠になったんですよね?

伊藤 はい。宿題の量がすごくて、戸辺先生への感謝が日に日に募っていきました。

――スパルタではありつつ?

伊藤 たとえば教室をやっていて、30人の生徒に向けて宿題を作るのはわかりますけど、私だけに、私の弱点を補うために作られた問題だったので、本当にありがたかったです。

――とはいえ、アイドル活動をしながら大量の宿題をこなすためには、たとえば移動中も考えていたり?

伊藤 そうですね。握手会の合間とか、よくやってました。でも、楽しさもあって、宿題だけなら睡眠時間を削るほどではなかったです。イベント対局の大一番の前とかは、かなり根を詰めてやっていました。

――当時は“しょぎドル”と称していましたが、アイドルとして将棋を武器にしようとも考えていたんですか?

伊藤 当初は自分がこんなに将棋キャラになるとは思っていませんでした。そこまで将棋をやっているアイドルがいないことも後から気づいたくらいで、結果的にラッキーだったと思います。でも、個性のひとつにはなると思って、『乃木坂工事中』(テレビ東京系)のアンケートには、隙あれば将棋のことを書いていました(笑)。

――将棋からファンが増えた実感もありました?

伊藤 それが残念ながら、乃木坂にファンを流すことはできたと思いますけど、私は通過されてしまって(笑)。なぜか「乃木坂46では生駒里奈と伊藤かりんしか知らない」みたいな層は増やせました。

――アイドルファンでなかった層の入口になったのは、大きな役割でしたよね。

戸辺誠先生に指導してもらった結果は残したくて

――2018年にはアマ初段に認定されました。上達は早かったと思いますか?

伊藤 そんなに早くないと思います。戸辺先生にあれだけマンツーマンで指導していただいたので、結果を残さなきゃいけないと、少しプレッシャーはありました。

――自分が将棋に向いているとは思います?

伊藤 どうなんですかね? 「強くなりたい」という感情は自分の中でそんなにないんです。ただ楽しく指したいだけですけど、師匠は「強くなってほしい」という気持ちが大きかったので、それに応えたいというのはありました。

――よくプロ棋士は何10手も先まで読めると聞きますが、かりんさんは何手先くらいまで読めますか?

伊藤 確実なものではなくても、たぶん10手くらいは見えてます。でも、師匠は「3手先まで見えていればいい」という教育方針なので、無理しないようにしています。読み切れなかったり、ハズれていることも多いので。

――かりんさんはイベントで加藤一二三九段や谷川浩司九段と4枚落ちで対局して、谷川九段には勝利しました。すごいことですよね。

伊藤 いやいや、ありがたいです。盤を挟んで座らせていただいて、本当に貴重な経験でした。

――どんな心境でした?

伊藤 対局前は緊張しますけど、座ったらお相手が誰かはそんなに気にしません。ただ盤と向き合う感じになっていました。でも、一番オーラがあって緊張したのは、森内(俊之)先生です。お話しているときはすごく柔らかい方なんですけど、対局中の笑ってないときは、厳かさがすごくて。

将棋と出会ってネガティブにならない性格に

――将棋に取り組んでから、自分の何かが変わったとは思いますか?

伊藤 頑張ることがなかった時代にやり甲斐をくれたのが将棋で、ポジティブにさせてもらいました。将棋をちゃんと頑張っていたら、いろいろ良いことが舞い込んできたので感謝しています。グループで選抜に入っていない身でNHKで司会とか、CMやバラエティに出させてもらって。私はネガティブにならない性格ですけど、そうなった根源も将棋と出会ったことだと思います。

――乃木坂46を卒業して完全に個人で活動を始めたときも、将棋があることは支えになったでしょうね。

伊藤 それはあります。将棋のお仕事は今後も続けていきたいし、自分の頑張り次第で続けていけると思って卒業しました。

――将棋と出会ってなかったら、どうなっていましたかね?

伊藤 想像できないですね。将棋のおかげで本当にいろいろなお仕事をさせてもらっていたので、それがなかったら、アイドル時代は何をしていたんでしょうね?

――よく麻雀は性格が出ると言いますが、将棋にはそういうのはあると思いますか?

伊藤 棋士の方はみんな意外と気が強くて、だから強気の将棋なのかな? 私はサバサバというか、イエスかノーかみたいな性格で、将棋もわりと邪魔な駒は排除していったり、損になっても「まあ、いいか」みたいなところはあります。

――かりんさんが中飛車を使うのも、何かを反映してますか?

伊藤 わかりやすい手なので、あまり悩まず行ける……というのはあると思います。

読売新聞の竜王戦中間展望の記事で戸辺誠七段と後輩の向井葉月(乃木坂46)と共に(乃木坂46合同会社提供)
読売新聞の竜王戦中間展望の記事で戸辺誠七段と後輩の向井葉月(乃木坂46)と共に(乃木坂46合同会社提供)

藤井聡太さんにエンタメについて聞いてみたい

――棋士の方との交流も広がっているようですが、勝負師に共通した気質みたいなものは感じますか?

伊藤 全員すごく負けず嫌いな感じがします。たとえば、その先生が負けた対局の話をうっかりしちゃうと、「あそこであの手をこうすれば良かった」とか、後悔や反省をすごく語ってくれます。

――ここ数年の将棋界の話題というと、藤井聡太二冠の活躍が大きいと思いますが、かりんさんはどう見てました?

伊藤 やっぱり29連勝という登場で、どこまで勝ち続けるのか、末恐ろしい感じがしました。私が将棋を始めてから、将棋界にここまで光が当たったのは初めてだったので、「私にも何かできないかな」と、すごく高揚感があった気がします。

――実際、何かしたんですか?

伊藤 特にはなかったんですけど、ブログで将棋の話題は積極的に出すようにしました。

――藤井二冠と会ったこともあるんですよね?

伊藤 竜王戦の就位式でした。しっかりお話はできなかったんですけど、2ショットの写真を撮らせていただいて。あまり笑わない方かと思っていたら、すごく笑ってくれて、もっといろいろお話をしたいと思いました。

――対談する機会があったら、どんなことを聞いてみたいですか?

伊藤 将棋以外に興味があること、とかですね。テレビは観ないとうかがいましたけど、鉄道がお好きだそうで、エンタメ的なものには興味はないのかなと。

――かりんさんは将棋モノの映画とかマンガとかで、好きな作品はありますか?

伊藤 私が将棋の世界に関わるようになって、最初に薦められて読んだのが『聖の青春』でした。

――難病を抱えながら羽生善治さんらと競い合った村山聖さんの一生を追った、ノンフィクション小説ですね。

伊藤 私は活字を読むのが苦手なんですけど、あまりに壮絶なお話で一気に読んでしまいました。「好き」というとちょっと違うかもしれませんど、すごく印象的でした。

コラボ動画で棋士の個性を深堀りできたら

――昨年12月には、かりんさんのYouTubeチャンネルで、師匠の戸辺誠七段とのコラボを実現。さらに、中村太地七段に将棋好きのサバンナ高橋茂雄さんとのトリプルコラボと続けて、話題を呼びました。

伊藤 戸辺先生とはコラボ第1弾を絶対やりたいと思っていて、コロナでタイミングを見ながら、ようやく実現できました。ちょうどその頃に高橋さんからご連絡をいただいて、2人で将棋の知識を語って間違っていたら怖いので、太地先生も呼びました。将棋に興味ない方も観てくれたらいいなと思ったんですけど、視聴者の男女比はほぼ100%男性。やっぱり将棋好きの方が観てくれたのかなと感じました。

――高橋さんとの対局では、アマ初段として負けられないプレッシャーもあったようで。

伊藤 ありましたね。正直、棋力差がだいぶあるので、余裕で勝っちゃうと思っていたら、意外と大変で怖かったです。

――今後もコラボは第3弾、第4弾……と続けていくんですか?

伊藤 先生方でYouTubeをやっている方は多いので、皆さんとコラボしたいですね。あと、将棋好きな芸人さん、タレントさんとも、またコラボできたらいいなと思っています。

――YouTubeでも他の番組でも、かりんさんとのトークで棋士の方のユニークな個性が引き出されています。

伊藤 女性棋士の方が男性棋士に質問するとグイグイ行けないところがあるので、私みたいな謎のポジションのほうが(笑)、聴けると思っています。その役割はしていきたくて。でも、コラボしたとき、サバンナの高橋さんが太地先生に、普通の人が聴けないような深いところを聴いていました。マネはできないにしても、私が目指すポジションはそういうところで、自分でできることをもっとやろうと思いました。先生方は本当に面白い方だらけなので、1人ずつ深堀りしたいです。

自分で指さなくても“観る将”を薦めます

――将棋親善大使としては、どんな人が将棋にハマれると思いますか?

伊藤 指すほうは合わない人は合わないと思っています。頭を使うことが好きでないと、ただただ疲れてしまうので、そういう方たちに無理に薦めようとは思っていません。でも、たとえばサッカーをやらなくても観るのが好きな方はたくさんいらっしゃるので、そういう形で“観る将”は薦めていきたいです。ライトな層に伝えようとすると「今日の将棋めしは」となってしまいがちで、それもいいんですけど、さらに一歩踏み込みたくて。藤井さんのブームのとき、(王位戦で対局した)木村(一基)先生が“中年の星”と呼ばれて人気になりましたけど、そういうふうに先生方に光が当たるように何かできることはないか、考えています。将棋界には本当に感謝しているので。

――かりんさん自身は今後、将棋以外のことも含め、どんなタレント活動を志向しているんですか?

伊藤 括りとしては“タレント”というところでやっていきたくて、ざっくりしたイメージとしては、NHKかテレビ東京のゆったりした旅番組で、有名な方がいらっしゃるところで仕切るようなことをしたいです。自分自身のことを語るのは得意ではないので、人の良さを引き出したり、食べ物のおいしさを伝えたり、何かの魅力を届ける仕事をしていきたいと思っています。

――YouTubeでは編集なども自ら手掛けているそうですね。

伊藤 パソコンを持ってないレベルから始めて、1コ1コかなり調べて研究しました。機械にはそんなに強くないですけど、やろうと思えばできるかなと。

――乃木坂46時代から“有能”と言われてましたもんね。将棋関係以外の企画もいろいろ温めているんですか?

伊藤 全然ないです(笑)。今はよくあるYouTubeの形式にならって、週に何回配信という形でやってますけど、理想はインスタみたいに何かあったときに上げるスタイルです。「何かやらなきゃ」と企画を考えるのでなく、どこかに行ったとか伝えたいものがあるときに上げる。そんな使い方ができるようになれたら。無理にやるより、それが私には合ってると思います。

Profile

伊藤かりん(いとう・かりん)

1993年5月26日生まれ、神奈川県出身。

2013年に乃木坂46の2期生オーディションに合格。2015年4月から2019年3月まで『将棋フォーカス』(NHK Eテレ)で総合司会。2019年4月に将棋親善大使に就任。同年5月に乃木坂46を卒業。『カンニング竹山のイチバン研究所』(TOKYO MX)に出演中。

『かりんチャンネル』

https://www.youtube.com/channel/UC9BihA2GY6ATFR__KvRWudA

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芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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