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酒井法子の幻の主演映画『空蝉の森』が7年越しに公開。深い闇のリアルさは自身の投影なのか?

斉藤貴志芸能ライター/編集者
酒井法子の主演映画『空蝉の森』より。(c)「空蝉の森」製作委員会 NBI

 2014年に撮影された酒井法子の主演映画『空蝉の森』が2月5日より公開される。お蔵入りになりかけていたのが、7年越しの公開にこぎつけ、酒井にとっては2012年の女優復帰以来、初の映画となる。

 演じたのは3ヵ月失踪していて、その間の記憶がないまま突如、夫の元に帰宅した妻。“雄蝉と違い鳴けない雌蝉のように、泣けずにトラウマを抱えてきた”という役どころだ。酒井自身がアイドル時代から、笑顔の裏で何かを抱えていた投影かとも思わせるほど、深い闇をリアルに漂わせている。

アイドル“のりピー”からヒットドラマで開花

 酒井法子は高1だった1986年にデビュー。“のりピー”の愛称で「うれピー」「やっピー」「マンモスラッチ―」といった“のりピー語”を繰り出し、人気を呼んだ。アイドル歌手としては正統派路線でコンスタントにヒットを飛ばし、『夢冒険』は1988年の選抜高等学校野球大会(春の甲子園)で入場行進曲となっている。

 20代に入ると、当時は異例だった台湾、香港、中国での活動に乗り出し、絶大な人気を博した。また、高視聴率を記録したドラマ『ひとつ屋根の下』で6人きょうだいの甲斐甲斐しい長女、『星の金貨』で耳と口が不自由な主人公と、健気な役を演じて評判を呼ぶ。『星の金貨』の主題歌『碧いうさぎ』はミリオンセラーに迫る大ヒットとなり、1995年の紅白歌合戦に初出場を果たした。

 1998年にはプロサーファーの男性と結婚し、長男を出産したが、2009年に覚醒剤取締法違反で夫と共に逮捕。執行猶予付きの有罪判決を受けた。2012年に舞台から女優活動に復帰。デビュー30周年の2016年には16年ぶりのコンサートを開催し、昨年2月の49歳を迎えるバースデーイベントでも“永遠のアイドル”ぶりを見せていた。

 そんな中で、『空蝉(うつせみ)の森』は2014年に撮影された。商業映画の主演作は、2003年公開の『呪怨2』以来。佐藤二朗主演の『幼獣マメシバ』シリーズや壇蜜主演の『私の奴隷になりなさい』などを手掛けた亀井亨監督によるミステリーだ。だが、制作会社が破産して公開の目途が立たなくなり、“幻の映画”となる。紆余曲折の末、新たに宣伝費などを募り、7年越しで陽の目を見ることになった。

失踪中の記憶を失くした妻役で夫に「別人」と言われて

 明け方の国道を裸足でフラフラと歩いている結子(酒井)。警察官に「どうしました?」と声を掛けられると、「うちに、帰ろうとしてます……」と虚ろに答える。保護されてパトカーで家に戻ると、夫の昭彦(斎藤歩)が困惑の表情を見せる。結子は3ヵ月前から失踪していたのだった。

 昭彦に「今までどこでどうしてた?」と聞かれ、「わからない……」と答える結子。3ヵ月間の記憶を失くしていた。帰ってきたことを「喜んでないんだ」と問う結子に、「驚きのほうが先で……」と昭彦。夜になると「お前、誰だ?」と言い出し、寝室を出ていく。

 翌日、警察から定年退職直前の假屋警部(柄本明)が新人刑事を伴って事情聴取に来ると、昭彦は「この人は私の妻じゃないです!」と強く訴える。結子は「何か悲しい。どうしたら信じてくれるの?」とうつむく。

 假屋は「2~3日過ごしてみてから」とその場を切り上げるが、帰りの車中で新人刑事に「あの家の防犯カメラは外向きでなく内側向きだった」と指摘。さらに、「人は嘘をつく瞬間、まばたきが多くなる」と話し、それが家の勝手を知っているように見えた結子にも、彼女を別人だと言い張る昭彦にも見られたと……。

『空蝉の森』より (c)「空蝉の森」製作委員会 NBI
『空蝉の森』より (c)「空蝉の森」製作委員会 NBI

悲しげで重苦しい役に漂う生々しさ

 劇中で結子を演じる酒井法子は終始、悲しげな顔をしている。昭彦に「誰なんだ?」と問い詰められては、つぶやくように「結子だよ」と繰り返す。激高した昭彦に怯えたり、暴力をふるわれ過呼吸を起こしてうずくまったりと痛々しい。他の人物に「つらい顔をするとヘンに色気が増すな」と言われたりもするが、それは亀井監督による酒井の見せ方でもあるのがスクリーンからうかがえる。

 結子は昭彦のかかりつけの精神カウンセラー・山井(西岡徳馬)に、「主人は私が戻ってきたら困るんです。祖父の遺産をもらえなくなるから」と話す。一方、失踪者を調べるジャーナリスト・青柳(金山一彦)は結子に疑念を抱き、島で民宿を営む佐藤(角替和枝)に会いに行く。

 結子は本当の“妻”なのか? 昭彦はなぜ“別人”と言い張るのか? 物語は二転三転して、クライマックスに突入。その中で、結子が1人で抱えてきたトラウマが明かされていく。「誰にも言えないことがあった」という悲痛な叫び。彼女が冒頭から漂わせてきた重苦しさと結び付いていた。そこに生々しい苦しみを感じさせた。

『空蝉の森』より (c)「空蝉の森」製作委員会 NBI
『空蝉の森』より (c)「空蝉の森」製作委員会 NBI

自叙伝に綴られていた「この世の終わり」の心情

「のりピーとして求められるイメージを、わたしは自分の中にこうあるべきだと作り上げて温めてから、カウントを入れる。三、二、一と数えてから、にこっと笑顔を作る。そういう心構えでステージに臨んでいた」

 事件後の2010年に発行された自叙伝『贖罪』の中で、酒井法子はアイドル時代を振り返って、こう書いている。いつも元気でキャピキャピしたアイドルだった彼女に、複雑な生い立ちがあったことも、当時よく取り沙汰された。

 福岡で生まれ、間もなく父と母が離婚。父の実家の寺から埼玉の伯母の家族に預けられる。7歳のときに「おまえはうちの子ではなくて、本当の父親が引き取りたいと言ってる」と打ち明けられ、福岡に戻って実父と再婚相手の義母と暮らすようになったりと、住み家を転々としていた。

「どこに居を移しても不自由な思いをすることもなく、温かく育ててもらった。本当の子どもですらなかったのに、本当の家族のように大事にされてきた。十分に幸せな境遇だったと思っている」

 『贖罪』で酒井はこう綴っている。一方で、実父たちと暮らし始めた頃から「子どもながらに大人の顔色を窺うようになった。パパにもママにもなかなか心から甘えることができなかった」とも。その実父は1989年に交通事故で他界している。

 同書では事件後の心情についても述べられていた。

「ずっとクヨクヨして生活していた。この世の終わりだというふうにも思っていた。自分がまいたタネだけどつらくて、心が痛くて、突き抜けてしまって、病気になって死んでしまうんじゃないかと思っていた」

『空蝉の森』より (c)「空蝉の森」製作委員会 NBI
『空蝉の森』より (c)「空蝉の森」製作委員会 NBI

心の奥底から滲み出したかのような慟哭

 キャリアのある女優自身と役柄を重ね合わせるのは安易にすぎる。まして、酒井法子の境遇と結子のトラウマが直接結び付くところは何もない。それでも、心に負った傷が深い影を落としているような結子の佇まいには胸を強く締め付けられ、酒井自身の心の奥からリアルに滲み出したものがあったように思えてならない。酒井も数奇な人生を歩んではいる。役者は自らの苦難も糧にして演じるものなら、明るいイメージの裏で閉ざしていた心の扉が開くこともあるだろう。

 『空蝉の森』のラストで、泣けずに1人でトラウマを抱えてきた果てに、繰り返される言葉。いつかの酒井の心象と重なったかもしれない結子の慟哭が、突き刺さったまま離れない。

『空蝉の森』

2月5日よりアップリンク渋谷ほか全国順次ロードショー

公式HP https://utsuseminomori.com/

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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