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“AV界の演技派”川上奈々美が『東京の恋人』に主演。「神経質でも濡れ場から自分を解放できるように」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
映画『東京の恋人』に主演した川上奈々美

“AV界の演技派”と呼ばれる川上奈々美がW主演を務める映画『東京の恋人』が公開された。音楽×映画の祭典と謳われる『MOOSIC LAB 2019』の長編部門で最優秀女優賞を獲得した彼女の演技は、青春の残像と惜別を描いたこの作品でも胸を揺さぶる。一方、出自であるAVの世界への思い入れは今も変わらない。そんな彼女が胸のうちに描いてきたものを探った。

ドラマものですごい棒読みをしていたんです

――かなり以前から、ブログなどで「芝居がしたい」「芝居が楽しい」と書かれていました。その想いの原点はどの辺にあったんですか?

川上  AVデビューした頃は全然「役者になりたい」とは思ってなかったんですけど、3本目くらいの作品がドラマものだったんですね。私は生真面目なタイプで一生懸命演じたつもりが、出来上がったのを観たら、ものすごい棒読み(笑)。「最悪だ」と思って、どうしたらうまくなれるか考えて、事務所に「舞台をやりたいです」と言いました。何となく、舞台をやったら無敵になれる気がしたので。

――稽古から時間をかけて、演技を鍛えられると言いますよね。

川上  だから、単純に自分の芝居を「わっ、くそヘタ!」と思って、負けず嫌いが出たのが、演技に力を入れるきっかけでした(笑)。

――AV自体は芝居に繋げようと始めたわけではなくて?

川上  有名になりたくて始めました。テレビっ子で、初めは『めちゃイケ(めちゃ×2イケてるッ!)』みたいなゴールデンタイムのバラエティに出たかったんです。でも、AVをやったら出られないと後から知って、葛藤がありましたね。「私、有名になれないじゃん!」って。本当にくすぶった状態で、2015年頃には「何にもなれないならAVを辞めよう」と思っていました。でも、その前の年辺りに内田英治監督やプロデューサーのアダム・トレルさんと出会って、私のことを家族のように気に掛けてもらったんです。

『東京の恋人』より
『東京の恋人』より

「早送りをさせないAV」が目標に

――2016年に、そのお2人による映画『下衆の愛』に出演されました。

川上  内田監督は偏屈な人で(笑)、私を一切誉めずに悪口を言ったりするんです。でも、舞台あいさつではお客さんの前で、私のことを「すごく才能がある。芝居がうまい。名監督たちにファンが多い」と言ってくださって。自信をもらえたし、本気で一般人に戻ろうと思っていたときに、「期待してくれる人がいるなら」と映画の世界へ行く道が開けました。海外の映画祭にも連れて行ってもらって、日本以外の価値観も知って、「私もまだ行けるかな」と。アンダーグラウンドのAV業界にいすぎて、窮屈になって終わりかけていたのを、内田さんに解き放された感じです。

――AV界のトップスターに留まらずに。

川上  でも私、AVでもデビューした頃は売れなかったんです。“大型新人”としてプッシュされましたけど、(売上げの)数字はまったく出ない。専属契約もなくなりかけました。だから「どうすれば売れるだろう?」と考えました。当初はAVがイヤで、セックスが楽しくなかったんです。本当は好きなはずなのに。そこで、すごく神経質だったのを撮影では鈍感力で行くようにしたら、気持ちいいセックスができるようになって。そしたら数字も上がったので、やっぱり反映するんだと思いました。

――加えて裸や絡みのシーン以外も、演技として力を入れたわけですか?

川上  そうです。私の芝居は武器だと思っているので、“早送りをさせないAV”を目標にしています。

――“AV界の演技派”と呼ばれるようにもなりました。

川上  自信を持ったのは『全裸監督』の後だから、去年ですけどね(笑)。でも、内田監督に「AV女優の肩書きで売るのでなくて、役者として実力を上げてこい」と言われて、ムカつきながら(笑)、役者の自覚を持つために「演技は得意です」と自分で言っていくようにしました。

『東京の恋人』より
『東京の恋人』より

AVはひとり芝居に近いんです

――川上さんの中で、AVと映画で演技に境界線はありますか? 延長線上ですか?

川上  私はAVでは凌辱ものが多くて、本気で拒んでしまうと気持ち良くならないんですよ(笑)。なので、形だけのお芝居をして、心の底では「早く来て」という感じにしています。見た目的にもそこまでキツくないようにして、手っ取り早く抜きやすくします。

――確かに、観ていてあまりにかわいそうに感じてしまうと……。

川上  2015年ごろまでの私は、AVでもそんな演技をしていたんです。でも、ちょっと待てよと。AVユーザーが求めているものは、そういうリアルとは違うと気づきました。一方で、映画では完全に役になり切る。その違いだけですね。すべて全力で一生懸命やっています。

――AV女優をやってきたことで、役者として強みになった部分もありますか?

川上  AVの撮影ってライブなんです。アドリブというか、エチュードというか。しかも、ブッ飛んだものもある。8年間、毎月何本も、そのライブをちゃんと成立させるように考えてきました。AV男優さんは役者ではないので、ひとり芝居に近いんです。投げられた台詞に感情は与えてもらわないけど、その言葉で自分を洗脳して気持ち良くなったりする。自分を解放することは上手になったかもしれません。一番難しいことでもありますけど。

――今出たアドリブやエチュードとか自我からの解放というのは、演技レッスンのカリキュラムにあることで、たぶん川上さんはそれをAVの中で自然に学んでいたんでしょうね。

川上  私の演技はほとんど、AVで独学で身に付けたものです。そこに内田さんや『全裸監督』で山田孝之さんに教わったことを加えました。

――川上さんのお芝居は、自分自身が消えている感じがすごくします。作品ごとに役の人間にしか見えないというか。

川上  それは監督たちにも言われます。そこまで自覚はありませんけど、自分が何なのかが一番わからないので、役があったほうが楽です。内田監督には「キミのAVはエロくない。憑依して気持ちいいように思っているだけだから」と言われました。いやいや。気持ちいいのは本当なんですけど(笑)。

『東京の恋人』より
『東京の恋人』より

心配性なので役のことは緻密に考えます

『東京の恋人』は下社敦郎監督の初長編作品で、音楽を東京60WATTSが手掛け、『MOOSIC LAB』では初のロマンポルノ的アプローチが話題になった。結婚を機に映画監督の夢を諦めて北関東に移り住んだ立夫(森岡龍)は、学生時代の恋人・満里奈(川上)から連絡を受けて東京に向かい、7年ぶりに再会する……。

――『東京の恋人』では、台詞がないシーンでの川上さんの何気ない表情も印象的でした。ソファーに寝て空を見上げたときの虚無感、プールサイドで煙草を吸っていたときのアンニュイさ……。ああいうのは自然に出たものですか?

川上  半々じゃないですか? 私はめちゃめちゃ心配性なので、演じる役がどういう要素で形成されているのか考えて、緻密に決めていくタイプなんです。こんな家庭環境で、こういう過去があって……とか。そのうえで一回捨てて本番に行って、相手や環境からもらうものによって、どう出るかの勝負。だから、何ももらえないときはしんどくて。その対応能力を上げる努力を今しています。

――今回演じた満里奈については、どんなことを考えました?

川上  自分と同い年(27歳)くらいの役で、結婚や子どもについて考える年齢というのが、ズシンと来ました。夢見がちでいたくても、女の賞味期限を考えたら現実的にならざるを得ない。台本を読んで、まずその苦しみを感じました。

――川上さん自身もそういう苦しみに直面していると?

川上  私は峠を越えました。結婚しなくて子どもがいなくても、幸せな人生を送れることがわかりましたから、「ひとりでもいいんだ」という。でも、満里奈はそうでないところにいる。撮影していた頃の私もそうだったかもしれない。あるいは私が満里奈に影響されたのか、体が「子どもを産みたい」と欲している感覚がありました。

――役作りをするうえで、自分との共通点を膨らましたりはしますか?

川上  それはします。自分の中にある記憶を役とくっ付けたり。だから、役に引っ張られたところはあるかもしれない……と今思いました(笑)。

――演じているうちに役と自分がゴッチャになるのでは?

川上  あると思います。家に帰っても完全に役を引きずるタイプなので。

『東京の恋人』より
『東京の恋人』より

1シーンだけ感情が入りすぎて何度も撮り直しに

――満里奈は元恋人の立夫のことを「特別な存在だった」と言ってました。川上さんにもそう思った恋人はいました?

川上  もちろんいました。結婚したかった。でも、2人でいたら破滅する……という人でした。お互いの夢が叶っていくのが、何か許せなくて。というか、それも今日思ったんですけど、そんな関係ってありません?

――そうですね。相手を好きな分、その夢が叶ったときの置いてけぼり感も大きくて……。

川上  嫉妬心でムカつく(笑)。全然喜べない。改めて考えたら、満里奈と立夫もそういう関係だったのかもしれません。「そんなこといいから」って、何もせずにセックスばかりして破滅する2人、みたいな。

――満里奈は「大阪で生まれた女」を歌って、「今日が青春の終わりだよ」と言ったりもしていました。川上さんは青春の終わりを感じたことは?

川上  めちゃめちゃ何度も感じましたけど、自分の中では今も青春は続いています。

――まだ夢を追っている途中だから?

川上  そうですね。でも、私も高校2年のときに大恋愛した人がいて、フラれたんですけど、6年後に連絡が来たんですね。「何だろう?」と思って、私がAV女優になったから興味本位だったのを後に知りましたけど、彼には結婚間近の彼女がいながら私の家でセックスして、次の朝が映画のエレベーターで別れるシーンとまったく同じ感じだったんです。だから、あそこはいろいろな感情が入りすぎて、何テイクも撮り直しました。「もっと軽くやって」と言われたんですけど、そこになかなか持っていけなくて。

――つい重くなってしまったわけですか。

川上  今回の映画では、そのシーンだけ私情が出ました。それ以外は、満里奈であり川上である感情が織り交ざったものです。

『東京の恋人』より
『東京の恋人』より

あいまいさが良かったのかもしれません

――この『東京の恋人』では、『MOOSIC LAB 2019』の最優秀女優賞を受賞しました。自信もあったんですか?

川上  一切ないです。今までも安心してみんなに観てもらったことは一度もありませんけど、今回は一番手応えがなかったくらい。映画祭で監督陣に「良かったよ」と言われても、「そうなの?」って感じで、賞を獲れてビックリしました。賞を獲った後も自信にはなってないです。

――「こうすれば良かった」というところがあったり?

川上  めちゃめちゃあります。撮影に入る前に、監督から『青春の蹉跌』とか神代辰巳さんの作品を何本も「観ておいて」と渡されたんですね。でも、観たらそっちに引っ張られちゃう気がして、1本だけ観たんです。そしたら「これやる? 私だったらこうするのに」と思って、「私の考えたものを持って行っちゃえばいっか」と。それで最近、『青春の蹉跌』を観たら、「これをやって欲しかったのか!」とわかりました(笑)。桃井かおりさんのメンヘラな感じの危なさ、怖さ。あそこまで振り切っても良かったかなと思って、「スイマセーン!」という(笑)。

『東京の恋人』より
『東京の恋人』より

――でも、川上さんのナチュラルな満里奈でOKが出て、もしかしたら下社監督の想定以上に良かったのかもしれませんね。

川上  自分ではあいまいなところがありましたけど、そのあいまいさが良かったんだと思います。

――劇中では「『ストレンジャー・ザン・パラダイス』っぽくない?」という台詞もありましたが、あの映画は観たんですか?

川上  観ました。台詞で言うなら、言葉だけハメるのは好きじゃないんです。

――台詞のひと言のために1本観ても、根本で参考にするように言われた映画は観ない(笑)。

川上  他の映画を観て「こんな感じで」というのが、自分的に許せなかったんでしょうね。だから、観たくなかった。単純に生意気なんです、私(笑)。でも後から、『青春の蹉跌』のように振り切りまくる役も、いつかやりたいと思うようになりました。

すべて苦しいほうを選択します

――今後の女優活動には、どんな展望がありますか?

川上  売れたいです(笑)。

――「売れる」とは具体的にどんなイメージ?

川上  そこが難しいですよね。わかりやすいのは大きい賞ですけど、私はAV女優の肩書きがあるから、たぶんそういうところには連れて行ってもらえない。それでも獲ってやろうとも思いつつ、海外とかもっと大きく考えたいです。かと言って、賞を目指してお芝居をしたくはないので、一番やりたいのはひとりでも多くの人の心を動かすお芝居ですね。そういう作品なら、自主制作でも何でも参加したい。テレビに出たいとかCMを撮りたいというのは、もう一切なくなりました。それより、芝居を通じて社会貢献をしたいです。

『東京の恋人』より
『東京の恋人』より

――演技力を高めるために、日常でも意識していることはありますか?

川上  私、生き方がストイックなんです。すべてにおいて、しんどいほうを選択します。簡単にはやりたくない。たとえば人と接するときも、相手に少しでもプラスにして欲しくて、めっちゃ気をつかいます。イベントならファンの人に元気になって帰ってもらいたいし、普通に人と会うときも「疲れてそうだな。どう声を掛けようかな」とすごく考えて、別れた後も「大丈夫だったかな? こう言えば良かったかな?」みたいな。「疲れる性格だよね」とよく言われます(笑)。でも、反射的に目の前の人のことでいっぱいになって、自分のことは置き去りにしてしまうんです。

――そういう人づき合いの仕方は素晴らしいと思いますが、実際疲れません?

川上  楽しみながら、常に疲れています(笑)。キャパオーバーを何回もしたし、ダメな方向に行きすぎて戻って来られなくなったこともあります。制作の方たちに「私、出ますよ」と言って、まったく思い入れのない作品に出て「なんでこんなことをしているんだろう?」とか。でも、そういうことも含めて、いろいろな感情が生まれるのが、すべて芝居に活きると思っていて。だから、必ず苦しいほうに行きます。

コンプライアンスで生き辛いけど逆境が好きなんです

――一方で、川上さんは以前「AVへの風当たりの強さにムカつく」という話もされていました。出自であるAVに対する思い入れは、今も変わりませんか?

川上  変わってないですね。AV業界でしか生きられない人もいるので、おこがましいですけど、そういう人たちのためにも自分が売れなきゃと思っています。

――女優として評価されても、AVから撤退するつもりはないですか?

川上  撤退してもいいと思いますけど、AV業界を裏切るとかいうことでなく、AV業界を良くするために動きます。今もAVでやりたいことはいっぱいあるんですけど、業界内でのしがらみが多すぎて。一度外で名前を大きくしてから、またAV業界でできることもあると思っています。それはAV女優としてではないかもしれないし、プロデュースや監督業だったとしても、何かできたらいいなと。もし求められなければ、私の度量はそこまでということですし。

――そもそもですが、AVには最初から抵抗はなかったんですか?

川上  私は抵抗ありました。さっきも言ったように、AVをやることはイヤでした。知らない間にこの世界に入って、騙された感じだったので。その辺のことは自分で出す本に書こうと思っていますけど、そこすら開き直った女優になってしまえばいいのかなと。モヤモヤしているより、騙されたのは自立心がなかった自分が悪い。そう開き直って「こんな女優になったんだよ」と見せられれば。AV女優の第二の人生が悲しいものになるのは、変えていきたいです。

――最近はAV女優を“セクシー女優”と称する風潮もあります。

川上  そこに関しても、私はずっと中指を立てています(笑)。コンプライアンスとかで表現の自由がなくなって、生き辛くて。でも、だからこそやり甲斐もあります。私は逆境が好きなんだと思います。

『東京の恋人』より
『東京の恋人』より

Profile

川上奈々美(かわかみ・ななみ)

1992年10月14日生まれ、東京都出身。

2012年にAVデビュー。2015年に浅草ロック座でストリップデビューし、アイドルグループ・恵比寿★マスカッツにも加入。また、同年に『メイクルーム』で映画デビュー。主な出演作は映画『下衆の愛』、『獣道』、『鹿沼』、『37seconds』、『悲しき天使』、ドラマ『全裸監督』(Netflix)など。

『東京の恋人』

ユーロスペースなどで公開中ほか全国順次ロードショー

公式HP

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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