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レジェンド声優・櫻井智が語る、引退宣言から3年ぶりの復帰まで

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/松下茜

もともとアニメに声を当てる裏方だった声優だが、今や自ら表に出て歌手活動やグラビアをやるのは普通になっている。この源流は90年代に起きた声優ブームで、当時シーンを牽引していた1人が櫻井智だ。『マクロス7』のミレーヌ・ジーナス、『るろうに剣心』の巻町操など数々の人気キャラクターを演じる一方、歌手としても抜群の歌唱力で人気を博した。2016年9月に突然の引退宣言をして惜しまれつつ業界から身を引いたが、今年5月公開のアニメ映画2本に出演し、復帰宣言も行った。引退から空白の2年9ヵ月、そして復帰までの経緯を本人に聴いた。

引退したら無になってしまいました

――劇場アニメ『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』に『蒼穹のファフナー THE BEYOND』と出演して、声優に復帰しました。

櫻井  どちらも去年の秋、同じくらいの時期に録りました。昔やっていた役で、音響監督の三間(雅文)さんから「続編があるんだけど」とお声掛けいただきました。

――久しぶりの現場でブランクは感じませんでした?

櫻井  ブランクが気になるより、久しぶりのスタジオに興奮しました。まずうれしい感情があって、懐かしさ、また戻ってこられたありがたさ、「やっぱりここが好き」という気持ち……いろいろな想いが溢れましたね。もちろん、家で練習を重ねて臨みましたけど。

――3年前に引退を発表したときは、「声が出づらくなっている」とのことでしたが、そこは回復したんですか?

櫻井  そうですね。3年前はそれも含めて、自分の中で考えることが多くて、引退という選択をしてしまいました。

――声のことが一番の理由でもなかったわけですか?

櫻井  いろいろなことが重なりまして、悩みに悩んだ結果、本気で引退することを決めて、ブログで発表しました。当時はそれほど仕事をしていなかったので、正直、皆さんに私の引退をあんなに注目していただけるとは思わなかったんです。

――ひっそりフェイドアウトする感覚だったんですか?

櫻井  そう。ごく一部の方がブログを読んでくださるのかと思ったら、たくさんの方に見ていただいて、知り合いからも「引退するの!?」って電話が来て、ビックリしました。

――客観的に考えれば、当然そうなります(笑)。

櫻井  私も引退した後で、自分から“櫻井智”を取ったら、ほとんど何も残らないことがわかってしまいました。15歳からやってきた仕事を手放して、本当に無になったんですよ。「私って誰? 何がしたいの?」というくらいに。普通の生活になって、すぐ「何てことをしてしまったんだろう……」と思いました。

撮影/松下茜
撮影/松下茜

「急募」の貼り紙を見て初めてバイトしました

――この2年9ヵ月は主婦業をしていたわけですか?

櫻井  それがですね、引退して1ヵ月くらいはぼんやり過ごしました(笑)。それから、ずっとやりたかったホットヨガの会員になって、毎日通いました。確かに優雅でしたけど、「私はこういう生活をしたいわけではない」と思って、中3から芸能の仕事しかしてなかったので、ここで一度、普通に働いてみることにしたんです。社会勉強と、“櫻井智”のプライドを捨てないといけなかったから。

――どんな仕事をしたんですか?

櫻井  自転車で近場を走って探して、おそば屋さんで「急募」という貼り紙を見つけました。電話したら「面接に来てください」と言われて、ワクワクしながら行ったら、店員さんが手術を受けるので「2週間だけ来てほしい」と。それは私としても、初めてのお仕事にちょうど良かったので、厨房のお皿洗いをさせてもらいました。

――忙しかったんですか?

櫻井  9時から3時まで働いて、お昼はすごく忙しかったし、手も荒れました。でも、家では当たり前にやっていた皿洗いを、外で仕事としてするのがとても新鮮でした。まかないも私がたくさん食べるから、毎回大盛りで出してくれて(笑)。

撮影/松下茜
撮影/松下茜

――そのおそば屋さんで2週間働いた後は、また別の仕事を?

櫻井  違うお仕事をこの6月までやっていました。きれいな職場で2年7ヵ月働きましたが、その仕事を大好きでやっている皆さんを見ていたら、「私はここにいていいのかな?」という葛藤がありました。

――そうした生活の中で、さっき出た“櫻井智”でない物足りなさはずっと抱えていて?

櫻井  そうですね。この2年9ヵ月は私にとって氷河期というか……。当たり前のようにやっていた“櫻井智”を手放したら、自分は何者でもないことを知って、「大変なことをしてしまった……」と思い続けていました。引退してからも“櫻井智”を忘れた日は1日もありません。

――自分から復帰へ向けてアプローチをしたりは?

櫻井  それは言いたくても言えませんでした。自分で勝手に引退を決めて、スタッフの皆さんにもファンの皆さんにも演じたキャラクターにも、不義理をして去っていったので……。

――では、三間監督から声が掛かったときは、即座に「やります」と?

櫻井  葛藤はありました。「勝手に辞めておいて、またやっていいのかな?」と、一瞬のうちに頭の中でグルグルして。でも、自分の心に素直になったら「やりたいです」としか言えませんでした。

復帰宣言にはすごく勇気が要りました

――復帰宣言にも大きな反響がありました。

櫻井  実は宣言する前からツイッターを始めて、「文化放送に行ったよ」と書いて、誰も見ないと思ったら、10人くらい見てくれた方がいました(笑)。本当は復帰宣言していいかわからなかったし、何となくまたお仕事させていただく形のほうがいいかとも思いました。でも、アニメ2作品の続編に参加させてもらった頃、たまたま昔ラジオでご一緒していたTBSの向井(政生)アナウンサーから、舞台のお話もいただいたんですね。そのチケット発売が6月1日からで、他の出演者の皆さんは宣伝するから、私も「観に来てください」と言いたくて。前日に勇気を出して、復帰宣言しました。

――宣言は勇気が要ることだったんですか?

櫻井  もちろん、すごく勇気が要りました。「どうしよう? どうしよう?」と思いながらポチッとして、ずーっと見ていたら、数字がバンバン回って眠れませんでした。

――「いいね」やリツィートやフォロワー数が見る見る伸びたんですね。アフレコの話に戻ると、2年数ヵ月ぶりのスタジオの雰囲気は、昔と変わった感じはしましたか?

櫻井  それはなかったです。役者さんたちが座る席から見えるマイク、スタッフさんがいるブース……。本当に昔のままで興奮しました。私の台詞は少なくて、すぐ終わっちゃいましたけど、帰りたくなくて、ずーっとその場にいました。

――『進撃の巨人』にも出演されました。

櫻井  チラッとお母さん役で出させていただきました。あの作品、すごい人気ですね。

――人気声優さんたちが出演していますが、智さんが行くとレジェンド扱いされるんですか?

櫻井  いやいやいや。誰も私に話し掛けたりしませんよ(笑)。たぶん世代的に「この人は誰だろう?」と思われていた感じがします。

――仕事の現場だから、皆さん、あえて余計な話はしなかったでのは?

櫻井  『蒼穹のファフナー』のときは、遠藤綾ちゃんが「智さ~ん、復帰されたんですね!」と言ってくれました。私は人見知りが激しくて、自分から話し掛けることはほぼないんです(笑)。

――今は声優さんが歌ったりグラビアをやるのは普通ですが、もともとは90年代に智さんたちが起こした流れが始まりでした。道を切り拓いてきた自負はありますか?

櫻井  ないですね。私はアイドルから始めてCDを出して、人前にもずっと出ていて、その延長線上に声優のお仕事があったので。それまで通りのことをやっていただけです。

――智さんは演技力も歌唱力も高くてヴィジュアルも良しと、オールマイティでしたが、最初は何をやりたかったんですか?

櫻井  中学生のときに少年隊のミュージカルを観て、単純に「あっちの人になりたい」と思ったんです。普通に舞台で物語を観ていたのが、最後にサービスで歌ってくれたら、静かにしていたお客さんたちが急に立ち上がって、「キャーッ!!」と歓声が上がって。それを「すごーい!」と思ったのが原点です。

撮影/松下茜
撮影/松下茜

今は一生“櫻井智”でいたいと思ってます

――アイドルグループのレモンエンジェルの頃から、やりたいことができている感じはありました?

櫻井  まだよくわかってない子どもでしたけど、ステージに出るのに「スカートはないのかな?」とは思いました(笑)。衣装が長めのセーターやシャツ1枚で、「このグループはスカートがないんだ」と。

――パンツが見えても抵抗なく?

櫻井  見えていいパンツでしたし、「そういうことなんだ」と理解していた気はします。あの時代はカメラ小僧さんが常にいて、売れているアイドルは必ず撮られていましたから。むしろ、私たちも撮られ始めて、そういう(投稿)雑誌に載って、アイドルの仲間入りができた感覚がありました。

――声優も最初から視野に入れていたんですか?

櫻井  アイドルから舞台をやり始めたら、アニメのプロデューサーの方に「オーディションを受けてみませんか?」と言われて、そこからでしたね。いろいろなことをやらせていただいて、本当に楽しかったです。でも、やっているときは夢中で、いつも「あれをやらなきゃ。これも……」と追われていた気がします。

――「声優界でトップに立ってやる!」みたいな野望はありました?

櫻井  それはないですけど、昔は雑誌で声優人気ランキングとかあったじゃないですか。それはやっぱり気になって見てました。1位になればうれしかったし、落ちたら「何が足りなかったんだろう?」と考えました。でも、それを目標にしていたわけではないです。

撮影/松下茜
撮影/松下茜

――アニメで復帰して、8月には舞台に出演しますが、また歌をやりたい気持ちもありますか?

櫻井  お話をいただければ、もちろんやりたいです。たまに1人カラオケには行ってます。いちおう自分の歌が入っているかチェックして(笑)、JOYSOUNDには「笑っちゃうけどスキ!」とか「冒険の数だけ」とか8曲くらい入ってました。歌うと、やっぱり声のトーンが低くなってるのがわかります。1時間歌うとカスカスになりますから(笑)。

――他にはどんな曲を歌うんですか?

櫻井  昔の歌ですね。テレサ・テンさんの曲とか、「青い山脈」に「太陽がくれた季節」に「悲しき天使」に……。

――智さんの世代よりさらに昔の曲ですね。

櫻井  昔からおとなしめの曲やバラードが好きなんです。中森明菜さんの「難破船」も歌います。

――せっかく復帰されたので、ファンの方と直接触れ合う機会もあると、喜ばれるのでは?

櫻井  本当に会いたいですねー。そういう意味ではライブをすごくやりたいです。来てくれる方がいらっしゃるなら、全然広いところでなくていいので、身近に接することのできるハコでやりたいです。

――今も体力には自信ありますか?

櫻井  いまだにルーティンで毎日走ってますけど、今は30分しか走れません。昔は50分走っていたので、それと比べたら全然落ちちゃいました。でも、ライブをやる分には、今お声が掛かっても大丈夫です!

――またマルチに活動していくんですね。

櫻井  演じることが好きで、アニメも舞台も歌も全部その世界を演じるわけだから、結局何でもやりたいんです。それで、もう一回“櫻井智”になりたい。お仕事がなければなれないので、これから厳しい戦いになると思いますけど、今は一生“櫻井智”でいたいと本気で思っています。

撮影/松下茜
撮影/松下茜

Profile

櫻井智(さくらい・とも)。1971年9月10日生まれ、千葉県出身、AB型。1987年にアイドルグループ「レモンエンジェル」のメンバーとしてデビュー。1993年にアニメ『ドラゴンリーグ』で声優デビュー。1994年に『マクロス7』でヒロインのミレーヌ・ジーナスを演じて注目される。主な出演作は『怪盗セイント・テール』(羽丘芽美/セイント・テール役)、『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』(巻町操役)、『スーパードール★リカちゃん』(ドールリカ役)など。2016年9月に声優業からの引退を発表したが、2019年5月に復帰を宣言した。舞台『港町ブルース』(8月9日~11日/座・高円寺2)に出演。

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芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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