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それでも俳優として政治に声を上げるべきか。安倍元首相ドキュメンタリーで、あえてナレを務めた古舘寛治

斉藤博昭映画ジャーナリスト
写真提供:空 KU

俳優はどこまで政治的発言をするべきか。今も賛否の声にわかれるトピックだが、現在、日本の映画界・ドラマ界で、なくてはならない存在である古舘寛治は、使命を感じて発言している一人である。

一時は彼のTwitterでのコメントが多方面に影響を与え、炎上することもあった。しかし古舘は2022年7月の参議院選挙後にTwitterのアカウントを停止。現在、その発言が拡散されることはなくなった。

政治色が付いた俳優は敬遠されるのか

やはり俳優として政治的発言をリスクと感じているのか。仕事にも影響が出るのか。その質問に、古舘は真剣な表情で次のように答える。

「SNSでの発言を通して、日本という国の特殊性は実感しました。権力や政治に対して距離をおくことが“当たり前”という感覚ですね。ですから僕の発言に嫌悪感を抱く人もいます。『政治色が付いた俳優をフィクションの作品で観たくない』という意見も目にしますし、そういう人が多くなるほど使う側は敬遠するでしょう。フィクションの中で役の人生を生きる俳優として、(政治的発言の)メリットはありません。アメリカですら、そのリスクを考えて政治的発言をしない俳優もたくさんいますから」

しかし古舘は、その信念や姿勢を変えたわけではない。3/17に公開される、故・安倍晋三元首相のドキュメンタリー映画『妖怪の孫』でナレーションを担当していることからも、揺るぎない思いは明らかに伝わってくる。『妖怪の孫』は安倍元首相の政治評価から素顔にまで迫った作品で、当然のごとく批判的な面も多数含まれている。ナレーションを引き受けることは、すなわち安倍元首相への批判の“代弁者”と受け取られかねない。

自分が関わらない方が観客は広がるかと

古舘は2年前、菅義偉前首相のドキュメンタリー『パンケーキを毒見する』でもナレーションを担当した。『妖怪の孫』は同作と同じ内山雄人監督、スターサンズ製作なので、その縁もあるのだろうが、『パンケーキ』の際はバッシングを受けることはなかったようだ。

「公開された頃(2021年7月)、僕はまだTwitterをやっていたので、そこで感想を読んだりしましたが、ネガティヴな印象は受けませんでした。ただ『パンケーキ』の際も、そして今回も『(自分ではなく)別の人がいいのでは?』という意向を伝えたんです。ナレーションがうまい俳優さんは他にもたくさんいらっしゃいますし、政治色の付いていない人がやった方が、観客の裾野が広がると思ったからです。本作と同じ河村光庸プロデューサーの『新聞記者』のような政治的メッセージの強い作品に、多くの俳優さんが参加した例もありますよね。ただ日本では、やはりこういった仕事を引き受ける人があまりいないようで、『それならば』と、断れなかったのが正直なところです」

『妖怪の孫』より
『妖怪の孫』より

逡巡も繰り返しながら、再び引き受けた政治的作品。しかしナレーションに入る前に『妖怪の孫』の最終編集版を観た古舘は、改めてこの作品が訴えるテーマやメッセージに心から寄り添いたいと感じたという。

「有権者が知っておくべき情報やメッセージがいくつもあり、意義深い作品だと感じました。僕らの国が、今どういう状態なのか。マスメディアも政治も、そこを直視せず、国民に見せようとしない。嘘で固めて国を動かしている現実がこの作品では描かれていました」

「仕方ない」と受け入れる方がラクだが

その現実とは何か……。『妖怪の孫』が示す、いくつかの情報やデータをどこまで真摯に受け止めるかは人それぞれだが、少なくとも現実のひとつの側面を“知る”大切さは認識できるはず。そのうえで今の日本に生きる人々の、これからの行動が問われていると、古舘は訴える。

「この現実を『仕方ない』『こんなもんだ』と受け入れるべきでしょうか? たしかに受け入れるほうがラクです。たとえそれが地獄へ向かう道だったとしても……。本来なら、われわれが“選ぶ”行動で未来を変えられるわけですが、選挙に行かない人が多い現実では、なかなか日本の未来に希望を感じられません」

しかし、古舘が関わる映画などのカルチャーには、そんな状況に希望の光を指し示すポテンシャルもあるのではないか? それとも、それは幻想に過ぎないのか?

「フィクションの作品が、個人を救うことはあるかもしれません。ただ社会全体を変えるとなるとなかなか難しい。最近とくにそう感じています。自分のやっていることに価値があるのかと。とはいえ『妖怪の孫』のような映画を、真っ当な思いで作る人がいることに希望を感じます。その点だけでも、観た人が光を見出す可能性はあるでしょう」

一人の俳優として、いや一人の人間として、社会を変えるために何を、どう発信していくべきか。古舘寛治はこれからも冷静に“真っ当な思い”を貫いていくことだろう。

『妖怪の孫』より
『妖怪の孫』より

『妖怪の孫』

3月17日より東京・新宿ピカデリーほか全国公開

(c) 2023「妖怪の孫」製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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