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山上容疑者がモデルの映画を国葬と同じ時間に観て、冷静に感じたこと

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(撮影/筆者)

何かと波紋を呼んでいる、安倍元首相を殺害した山上徹也容疑者をモデルにした映画『REVOLUTION+1』。

殺人を行なった人物の映画を、被害者である人物の国葬のタイミングにわざわざ公開する。その是非が波紋を広げているわけだが、実際にこのタイミングで本作を観られる人はごくわずかであり、社会的に大きくインパクトを与えるものではない気もする。むしろ著名人の批判的なコメントなどによって、逆に注目度が高まる事態となった。

今回の公開タイミングは、製作側の意図がよくわかる。予想以上にニュースとして取り上げられ、その意図は成功したと言える。一方で、今回上映されるのは未完成版であり、その状態をあえてこのタイミングで観せることに違和感もおぼえる人も多いだろう。

また、「殺人を犯した者を主人公にした映画を作るのが、不謹慎、不道徳」という意見も多く見受けられるが、こうした作品の製作自体に批判が集まる場合、できあがったものを観ない人の声が多くを占める。本作の場合、山上容疑者の行動を肯定しているのか、否定的に描いてるのか、そこを理解せずに批判していいのか。もちろん「そんな映画など観たくない」という人もいるのはわかるが、ではその立場から意見を発するべきか。

以前、アンジェリーナ・ジョリーが太平洋戦争下の日本を舞台に監督した映画『不屈の男 アンブロークン』が、完成する前から「反日の要素があるらしい」と評判が立ち、製作段階で「作るな」という署名活動が行われたことがあった。実際に完成したら、それほど批判を上げる内容でもなかった……なんてケースも思い出される。

というわけで、国葬と同じ時間の上映を、できるだけまっさらな気持ちで観ることにした。チケットは完売した回だが、発売時にはすぐに売り切れることはなく、2日目にすんなり取れた。物議を呼んでいるのは、ここ数日であると実感する。

会場となるLOFT 9 Shibuyaは満席でチケット完売。会場の外には取材するマスコミも多数詰め掛けていた。

今回上映されたのは、未完成の特別バージョン、50分のみ。ただ上映後に足立正生監督が「現段階で作品の真髄は込められている」と語っていることから、どうやら完成版も大きく印象が変わることはなさそうだ。

この50分版の率直な感想を聞かれれば、作品自体がそこまで社会的にインパクトを与える作品になるか、そこはややや疑問であった。

主人公の名前は「川上」に変えられているが、山上徹也容疑者の家族構成、それぞれの境遇の多くは、すでに報道で出ているとおり。犯行時のニュース映像のほか、安倍元首相の映像も意外なほど多く使われているし、旧統一教会まわりの描写も頻出するなか、とくに際立つのが、主人公が安倍元首相に怒りが向かうプロセス。そこは山上容疑者本人の真実かどうかはわらない部分もあり、作り手の意思の強い反映だと感じる。

そのあたりに、完成前にもかかわらず、国葬の日にわざわざ上映する意図が重なる。8月28日クランクインし、約1ヶ月で、この特別バージョンが作られた。

シーンによっては非常にインパクトがある一方で、ワンカットで見せる会話など緊張感が足りないと感じる時間もあったし、やや唐突なエピソード、俳優の演技の微妙さも感じられた。ただ通底するのは、追い込まれ、社会の底辺に追いやられる者の魂の叫びであり、実際の事件の是非は別に、映画としてこのような作品が残される意義は強く感じた。それは主人公の行動を正当化することとは、別次元である。

完成版は80分くらいになるだろうと、上映後のゲストの話から出だが、これに30分追加されることで大きく印象が変わるのか。主人公が追い詰められ、犯行に手を染めるまでの心の動きは現時点で想定内であったが、どうやらもっと強烈な描写が用意されているようで、何かがグサリと刺さるものに期待したい。年内の完成・公開を目指すということで、事件自体から、また、この国葬の日からも時間を置くことで、作品への評価も変わるはずである。

主人公の川上は「星になりたい」と何度か口にする。その意図は現時点では想像の範囲にとどまるが、作品の大きなテーマになりそうな気配。

とにかく言いたいのは、批判するにしても、賞賛するにしても、作品を観た上でどんどんやってほしい、ということ。今回の上映で、そんな当たり前なことを改めて実感した。

上映後に登壇した足立正生監督(中央)とキャストたち。監督の右側が川上役のタモト清嵐(そらん)。(撮影/筆者)
上映後に登壇した足立正生監督(中央)とキャストたち。監督の右側が川上役のタモト清嵐(そらん)。(撮影/筆者)

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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