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ゴールデングローブ賞、改革で各国評論家に投票の門戸を広げるも、買収劇による“格差”で問題は続く

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ゴールデングローブは3度受賞のトム・クルーズ。この光景が再び実現するのか(写真:ロイター/アフロ)

ゴールデングローブ賞。

日本では映画ファン以外、なんとなく名前は知っているものの、それほど気にかけない人も多いだろうが、長年にわたって、アカデミー賞の前の最大の前哨戦といわれてきたハリウッドの映画賞。ここで受賞した人や作品が、アカデミー賞の投票にも大きな影響を与え、授賞式にはスターたちも華やかに集い、TV中継もされる豪華なものだった。

「だった」と書いたのは、今年(2022年)、このゴールデングローブ賞は結果がアナウンスされただけで、授賞式は例年のようには行われず、中継もなかった。表向きの理由は、コロナであったが、じつのところは映画会社やスターたちからボイコットされたからだ。

そのゴールデングローブ賞に、日本からも投票できるという新たなシステムが作られた。筆者も投票への申請ができる対象者になったが、その対象者拡大の理由や経緯も含め、いろいろと新たな問題も浮上している。

ゴールデングローブ賞を選ぶのは、ハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)。ロサンゼルス近辺を拠点にする、アメリカ以外のメディアで報道するジャーナリストのグループだ。しかしここ1〜2年で、その内情がクローズアップされ、批判の対象になった。

まず会員の人種の非多様性。2021年の初めの時点でHFPAの会員は90人弱だったが、アフリカ系(黒人)の数が0で、明らかな人種のアンバランスの指摘を受ける。アフリカ系の俳優の会見に、HFPAから一人も参加しなかった事実も取りざたされる。

さらにHFPAのための会見で、セクハラ的な質問を受けたというスカーレット・ヨハンソンなど、スターたちからの告発も相次ぎ、トム・クルーズに至っては、過去にもらったゴールデングローブのトロフィーを送り返したという騒ぎも勃発。

その他にも、ドラマの海外の撮影現場に招待され、超高級ホテルに宿泊といった過剰な“接待”が報道されたりと、次々と問題が出てくるなか、もともとのHFPAの“特権”感覚にも批判が集まった。ゴールデングローブ賞はアカデミー賞への道筋となることから、HFPAは話題作や出演俳優に独占で会見を行うチャンスが多く、会見ではスターとの2ショットを撮れるなど、特別扱いだった。それゆえに会員の中には特権を守りたいために、同じ国・地域の媒体に執筆するジャーナリストが新たなメンバーにならないよう阻止する人もいた。この件では、新規会員希望者が嫌がらせを受けたとして訴訟も起こったりしている。たしかに特権があれば、それを独占したいというのは、人間のサガだろう。

HFPAは永久会員なので自ら退会しない限り、あるいは亡くならない限り、会員でい続けられる。そのため、すでにほとんど執筆活動をしていない会員もいると聞く。

こうした一連の問題によって、映画スタジオや、スターを抱えるパブリシストの多くは、HFPAの改善がみられるまで関係をストップさせる決断をとった。

その結果、HFPAも改革に向けて、動きをみせる。2021年の10月に21人の新規会員を発表。そこには黒人も6人含まれていた。ただ同時に、21人の中には「この人が映画ジャーナリストなのか?」と指摘された会員もいた。そもそも人種を多様に揃えることは、現実的に難しいのも事実である。

ちなみにこの新規21人には日本人も2人含まれており、これでHFPAの日本人会員は5人となった。

会員が増えたとはいえ、総数は100人ちょっと。映画スタジオやパブリシストが求める改善は道半ばということで、2022年、HFPAは新規会員だけでなく、ゴールデングローブに投票できる枠をさらに広げると決めた。それはアメリカ在住以外のジャーナリストである。たしかに「外国人映画記者」という条件はクリアする。

そこで協力を求められたのが、国際映画批評家連盟(FIPRESCI)である。カンヌなど国際映画祭で、国際映画批評家連盟賞などを授与する、国際的な映画ジャーナリストの連盟。日本では「日本映画ペンクラブ」という団体が所属しており、ペンクラブ=FIPRESCIの会員となる。FIPRESCIの全体数は公式に発表されていないが、日本映画ペンクラブの会員だけでも146人(2021/12現在)いるので、他の国も考えれば相当数となる。

もしFIPRESCIの会員の多くがゴールデングローブの投票に参加すれば、「多様性」という意味で改善の方向性と受け止められる。実際にFIPRESCIが世界の会員に呼びかけたところ、ゴールデングローブ投票への申請が、ある程度の数あったという。

しかし、ここで問題も起こった。このFIPRESCIからの申請を締め切った直後、HFPAが買収されることが発表された。これまで非営利団体だったHFPAが、営利団体へと移行することになる(慈善活動は非営利で継続される)。買収したのは、トッド・ボーリーがCEOを務めるエルドリッジ。ボーリーはこの6月に英国のチェルシーFCも買収したが、彼は映画やドラマの製作も行なう会社も経営しており、その傘下に入るHFPAが映画やドラマの賞を決めることに関して、疑問視する報道もみられる。

そして今回の買収劇でボーリーの会社はHFPAの各会員に、年間7万5000ドル(約1000万円)の報酬を向こう5年間、支払うことを約束した。

問題は、こうした動きをFIPRESCIがあらかじめ知らされていなかったこと。FIPRESCIの代表は、ゴールデングローブの投票の協力を求められたとき、こうした買収の話、HFPA会員が年間の莫大な報酬を受け取る組織になるという話は聞いていなかったので、すでに投票申請したFIPRESCIの会員に、「もう一度、じっくり考えてほしい」と呼びかけた。

ゴールデングローブ賞への投票という作業のために、片やHFPAは高い報酬を受け取り、片や協力に応じたFIPRESCI会員は何の報酬もないからである。HFPAが非営利団体だから協力すると考えていたFIPRESCIにとっては寝耳に水だった。今後、ボーリーの会社はFIPRESCIの協力者にも、何らかの「待遇」を提示するのだろうか? まぁ映画賞の投票なんて自分の感覚で「適当」にやっとけばいい……と考える人も多いだろうが。

現時点で次回のゴールデングローブ賞授賞式が、一昨年までと同じようにNBCでTV中継されるかどうかは正式に決まっていない。その放映権が大きな財源になっているので、中継は最重要課題だが、トッド・ボーリーが買収したということは、それだけ将来的な収益の「見通し」が立っているのだろう。

ただ、よくよく考えれば、ゴールデングローブとは、ハリウッドのひとつの批評家団体が決める賞であって、アカデミー賞に至るさまざまな前哨戦のひとつに過ぎない、ということ。今後どのような方向で継続していくのかが注視される。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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