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映画館での「マスク着用お願い」がなくなるのは、まだ先か。そうなったら「怖い」か。

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

先日、ニューヨークのブロードウェイの劇場で、観客へのマスク着用義務が7月から撤廃されると発表になった。「科学的な測定を続けた結果」ということで、今後1ヶ月ごとの状況を精査し、再び義務化になる可能性もあり、観客には引き続きマスク着用を“推奨”するという。しかしアメリカの現状を考えれば、義務でなければ、おそらく外す人はたくさん出てくるだろう。

5月には、ブロードウェイのレジェンド俳優であるパティ・ルポンが、舞台上からマスクをしていない観客に注意し、言い争いになったというニュースもあったが、7月からはどうなるか。日本のように「推奨」で同調圧力がはたらくか。

たとえばメジャーリーグの中継を観れば一目瞭然のように、屋外とはいえ、観客席にマスク姿の人はほとんど見かけない。席が埋まり、大声で叫ぶ人も見受けられる。日本では屋外のスタジアムでも、現在、観客席では事実上、マスク着用が求められている。しかしさすがにこの週末は猛暑のために野球観戦などでもマスクを外している人を見かける。

では映画館ではどうか。アメリカでは3月にカリフォルニア州で屋内施設でのマスク着用義務が解除されている。フランスなど各国でも屋内施設での着用義務がなくなっている。

日本では「義務」として厳しく通告されているわけではないが、シネコンチェーンをはじめ全国の多くの映画館で今も「スクリーン内では必ずマスクを着用してください」という注意書きが示されている。何かを飲んだり、食べたりする時だけはマスクを外しても、すぐに着用に戻すようにお願いされている。スポーツ観戦と同じようなルールだ。

もちろんこれは協力への「お願い」レベルではあるが、ほとんどの人がしっかり守っている。ガラガラの上映回であれば、マスクを外して鑑賞している人もいるかも……という程度。

あるシネコンチェーンに聞くと「強制ではないので、もちろん息苦しかったり、着用が辛かったりしたら外していただいてかまいません。ただ基本的にガラガラでも着用はお願いしています」とのこと。

この映画館でのマスク着用のお願いは、いつまで続くのだろうか。厚生労働省の指針によると、屋内施設では「身体的距離(目安は2m)が確保でき、会話をほとんど行わない」状況でマスク不要とされる。映画館では隣に人が座っていたら、前者の条件がアウトなので、現在もマスク着用が推奨されている。つまりガラガラの場内なら、「距離を確保しての芸術鑑賞」に相当するので不要ということでもある。

ただ一方で「屋内」の定義として、「外気の流入が妨げられる建物の中、地下街、公共交通機関の中など」とあり、たしかに映画館は密閉空間なのだが、換気の点は万全。これはコロナ禍が始まった頃、「映画館は安全なのか。密な空間ではないか」という論議が起こった際にも、もともとインフルエンザの流行などに備え、厳しい基準で場内の空気が入れ替わる機械式換気システムが採用されているという説明で、映画館の安全性がアピールされた。その後、映画館で感染のクラスターが起こったという例は報告されていない。入場者の追跡が行われていなので不確かではあるが、基本的に安心感を得られる空間になった。

マスク義務の緩和がなされたNYブロードウェイの古い劇場に比べれば、少なくとも換気システムは万全に担保されている。

とはいえ、感覚的には密閉空間。上映前に会話があったにしても多くの人は小声なので飛沫はさほど心配ないものの、真後ろの席の人が何度も大きなクシャミをしたり、苦しそうに咳こんだりしたら、「この人が万が一、ウイルスを持っていたら」と不安になって、スクリーンに集中できないかも。その際にマスクという防護策がとられていたら多少、安心感は増すだろう。

また、運動したり、外を歩いたりする際と違って、じっと座っているだけなので、マスク着用は負担にならない。ずっとこのままでもいいのでは、という意見も納得できる。ただ冷静に考えて、上映中の飛沫拡散は、どこまでリスクがあるのか。

今回のブロードウェイのマスク着用義務撤廃は、マスク嫌いな観客も呼ぶための経済的な目論見もあるにせよ、気になるのは「科学的な測定を続けた結果」ということ。具体的な測定方法や数値などに関する記事は見つからなかったが、日本の換気システムが万全の映画館で、ほぼ無言で映画を2時間鑑賞することが、どれくらい「安全」なのか、科学的な測定をしてほしいとも思う。そんな面倒なことはせずに、厚労省の指針に従えばいいだけの話ではあるが。

もし今後、映画館がマスク着用のお願いを緩和した場合、逆に「そんな場所で2時間以上もじっと映画を観るのは不安」と敬遠する人も出てくるかもしれない。それほどまでに“全員マスク鑑賞”の光景は日常になった。

しかし何か科学的な実証による安心感が生まれるのなら、社会にとって重要なきっかけになる可能性もある。現在の新型コロナウイルスへの対応として、おたがい知っている者同士なら、居酒屋でもマスクを外して近距離で何時間もしゃべり続けながら、見知らぬ人だと道ですれ違っただけで相手がマスクをしていなかったら警戒してしまうという、ある意味で非科学的な行動に陥っている状況もある。もしかしたら、基本的に安心感を与える映画館が、そうした状況を少しずつ改善させる一助となるかも……などとは考えすぎだろうか。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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