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アカデミー賞作品、韓国映画として異例の地上波ゴールデンタイム放映『パラサイト』。改めて楽しむべき理由

斉藤博昭映画ジャーナリスト
金曜ロードSHOW! 公式HPより

1月8日、金曜ロードSHOW!で『パラサイト 半地下の家族』が放映される。今から約1年前の2020年の2月、米アカデミー賞で作品賞受賞という快挙をなしとげた『パラサイト』は、今回が地上波では初の放映。しかもゴールデンタイムで、ノーカットである。

2020年公開の外国映画として、日本で年間トップとなる興行収入47.4億円のヒットを記録したとはいえ(2020年合算対象の『アナ雪2』や『スター・ウォーズ』は2019年末の公開)、韓国映画が金曜ロードSHOW!で放映されるのは珍しいケース。それだけ『パラサイト』は、映画ファンの枠を超えて一般レベルで話題作と認知されたということだ。

地上波ゴールデンタイムに向かないアカデミー賞作品

そもそもアカデミー賞作品賞に輝いた映画が、金曜ロードSHOW!のような枠で放映されること自体が異例。『パラサイト』から順を追って振り返れば、『グリーンブック』、『シェイプ・オブ・ウォーター』、『ムーンライト』……と、近年の作品賞受賞作は、日本の地上波ゴールデンタイムで放映されるような映画とは、かけ離れているものばかり。あくまで私見だが、ふさわしい作品となると、2003年の『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』、2002年の『シカゴ』あたりまで遡らなければならない。

『パラサイト』の場合、アカデミー賞や興行収入もさることながら、2020年は「愛の不時着」、「梨泰院クラス」を筆頭に第4次韓流ブームが起こったことも、メジャー認知への後押しに貢献した気がする。また、ここ数年、何かと話題になる「ネタバレ」というキーワードが、この『パラサイト』には最高の宣伝フレーズになったのも事実。予備知識をできるだけ少なくして観ることで、ジェットコースターのように激しい勢いで信じられない展開へなだれ込む作風が、映画を観た人を興奮させ、観ていない人の欲求を刺激し、それがSNSで広く拡散されるという、近年の映画のヒット法則を鮮やかに成立させた。

ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞で作品賞を受賞してから、すでに1年が経とうとしている。
ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞で作品賞を受賞してから、すでに1年が経とうとしている。写真:ロイター/アフロ

公開から1年が経ち、配信やDVDなどですでに観たい人の多くは鑑賞済みの『パラサイト』(Netflixではモノクロ版も1月1日から配信開始)。しかし今回の地上波初放映は、新たな楽しみ方も提供してくれるはずである。これもここ数年の流れだが、映画やドラマ、アニメなどのTV放映中に、ツイッターでのつぶやきをリアルタイム検索する楽しみ方が一般的になり、とくにマニアックなまでに人気の高い作品になると、秒単位であふれる感想には、熱い愛あり、強烈なツッコミありと、作品自体をますます面白くする効果が絶大だ。

今年に入ってからも、1月2日の22時からという最高の時間帯に、NHKの地上波で『ラ・ラ・ランド』が放映され(これも、かなり異例と軽く話題になった)、作品に対する思いに加え、吹き替えの評価など多方向でリアルタイムが盛り上がった。裏番組で「逃げるは恥だが役に立つ」の新春スペシャルが放映されていたが、「逃げ恥」が終わって、『ラ・ラ・ランド』に切り替えた人も多く、公開当時、賛否も含めて話題になったクライマックスに対し、「いよいよ、最高のシーンに突入する! #ララランド」。「『逃げ恥』の結末と比べると、こっちもたまらない」、「やっぱ、このラストの展開は納得いかない」、「映画史上、最高のクライマックス。切なすぎる」などと、熱を帯びた書き込みが激流のごとく続いた。それらを読みながら、『ラ・ラ・ランド』への自らの思いを確かめた人も多かったはず。

映画館での鑑賞や、配信などで各自、あるいは家族や友人という限定空間で観るケースと違って、TV放映、特に地上波で多くの人が同時に同じ作品を観ることで生まれたこのリアルタイムの楽しみ方は、今回の『パラサイト』でも、おそらく盛り上がるだろう。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が1都3県に発令されたタイミングということもあり、金曜夜の放映時間の在宅率→視聴率を高めそうだ。

今回の地上波放映では、日本語吹き替え版が、半地下の長男ジウ役に神木隆之介、他作品でもソン・ガンホ(半地下の父親)の吹き替えを担当する山路和弘のほか、「鬼滅の刃」で胡蝶しのぶ役を担当した早見沙織ら、実力を重視したキャストなので、こちらも安心して観られ、リアルタイムのネタに貢献しそう。

では、いま改めて『パラサイト』を観る際に押さえておきたいポイントは何か? もちろん今回のTV放映で初めて観る人も多いと思うので、そういうケースでは、あえて予備知識を限りなく少なくして向き合うことを強くオススメする。タイトルにあるとおり、半地下という韓国ならではの住居で、日々の生活にも困窮しつつ、逞しく生きる家族がどこかにパラサイト(寄生)するという基本設定だけで入っていけば、映画という芸術が提供するさまざまな魅力を味わうことができるだろう。その喜びを今から満喫できる人が正直、うらやましい!(なので、そういう方は以下を読まないことを推奨します

象徴的アイテム、キャストの他作での活躍を押さえたい

すでに観た人には、やはりいくつかの小道具と、その巧妙な使われ方/象徴するものに注目しながら観てほしい。

半地下のキム家の長男ギウの友人であるミニョクが持ってきた謎の水石(山水景石)これがキム家に持ち込まれてから、ギウが「象徴的だ」とセリフで語るとおり、彼が金持ちのパク家で家庭教師の仕事を手に入れ、その後、半地下の水没、クライマックスの大事件までこの石は特にギウの運命を巡って重要な役割を果たす。幸運と不吉の両方を象徴した水石だ。

また、意外なキーパーソンとなるのが、パク家の長男ダソン。自由奔放な彼は、母親から絵の才能があると褒められているが、その絵はお世辞にも上手とは言えない。ピカソっぽくはあるが……。しかしダソンの描いた絵は、彼にトラウマ的体験を引き起こした、後半に出てくる重要人物がイメージされている。さらにダソンが家の中でインディアンの姿で大暴れしたりするが、これはアメリカに上陸した白人が先住民族の土地を奪うという、『パラサイト』と似た歴史を暗示している。インディアンのコスプレが最後にも出てくることで、その暗示はより濃厚に示されることに。

そのほか、要所で出てくる「匂い」に関するセリフ、何人かの人物が使うモールス信号などは、すでに観た人にとって、それらが最初に使われるシーンで、思わずツイッターに何か書き込みたい衝動にかられるだろう。

キャストに関して今だから注目したいのは、次の3人。

パク・ソジュン。『パラサイト』と「梨泰院クラス」とのイメージの違いも萌えポイントか?
パク・ソジュン。『パラサイト』と「梨泰院クラス」とのイメージの違いも萌えポイントか?写真:Lee Jae-Won/アフロ

ギウに家庭教師の仕事を紹介するミニョク役が、「梨泰院クラス」で主人公、イガグリ頭のパク・セロイを演じたパク・ソジュン。髪型の違いで、こうも印象が変わるのかと感心する。そして半地下キム家の母親役のチャン・ヘジンと、後半に登場する家政婦の夫役のパク・ミョンフンは「愛の不時着」で、主人公の北朝鮮の婚約者の母親であるデパート社長と、そのちょっと頼りない弟で、名コンビとして笑わせてくれた。よく考えれば基本はシリアス物語の『パラサイト』で、この2人のコメディの才能が、じつは別次元の面白さを導いていたことが、「愛の不時着」を重ねて納得できたりも。

この1年で大きく変わった世界と日常で、新たな発見も?

そして、すべてが終わった後の『パラサイト』のラストシーンは、観る人それぞれ心に迫ってくるものが異なりだろうが、残る余韻が深いのは確実。このあたり、『ラ・ラ・ランド』の後味に近いかもしれない。

映画が描くことは、すべて「夢」であるという、ある意味で正しく、またある意味で虚無感にも包まれるこの結末は、はたしてCMも挟まれるTV地上波での放映でも同じような感覚になるのか。そのあたりも、興味深いところだ。

……などと書き連ねつつ、ゴールデンタイムの地上波映画として気楽に観ながら、余裕があればリアルタイムをチェックすれば十二分に作品を満喫できるであろう『パラサイト』。しかしながら、日本での劇場公開、さらにアカデミー賞受賞の後、世界はパンデミックで大きく変わった。こうして1年後に観ることで、どうしても現実とシンクロしてしまう部分もある。格差社会、周囲と離れて巣ごもりを続ける生活、苦境に負けない生命力、他人を差別的に見てしまう視線……といった側面が、作品の当初の意図からも飛躍し、時代と重なってしまうのが、傑作の証明なのである。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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