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「鬼滅」一色で終わるも、青春映画の傑作の数々が記憶される年になるかもしれない【日本映画2020】

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『佐々木、イン、マイマイン』公式ホームページより

2020年の映画界の話題は、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の歴史的大ヒット一色で締めくくられそうである。新型コロナウイルスのパンデミック下にあって、ハリウッド大作が軒並み公開延期や配信への移行となり、日本映画でも『名探偵コナン 緋色の弾丸』や『るろうに剣心』最終章2部作、『燃えよ剣』などの話題作が2021年へ延期されたものの、劇場が営業している間は、とりあえず新作が途切れずに公開されていた。黒沢清監督『スパイの妻』がヴェネチア国際映画祭で銀熊賞(監督賞)の栄誉に輝くなど、明るいニュースもあった。

しかし多くの作品にとって、コロナがなければ、もっと観客を集められたかも……と悔やまれたのが、2020年でもある。たとえば3/6公開の『Fukushima 50』は、その後の第1波感染拡大によって公開規模が縮小。本来メインターゲットとなる中高年世代が映画館へ行くことをためらい、成績は想定をはるかに下回ってしまった。

ここ数年、『カメラを止めるな!』『ボヘミアン・ラプソディ』、『ジョーカー』のように、SNSなどでの口コミの急拡大による、予想外のヒット作が生まれる傾向も出始めたが、残念ながら2020年はそうした目立った動きが見られなかった。洋画では『パラサイト 半地下の家族』『ミッドサマー』など、わずかに想定外ヒットもあったのだが……。日本映画でもっと口コミで広がってほしかった、つまり、傑作なのにその魅力が幅広く伝わらなかった作品を振り返ると、いわゆる「青春映画」のジャンルが多いのが、2020年の特徴だと感じる。もちろん各作品を劇場で観た人の熱い反応は残された。しかしその熱さが、もっと加熱してほしかったと痛感する。

世代を問わず突き刺さる、青春映画としての強度な普遍性

たとえば現在、まだ劇場で公開が続いている『佐々木、イン、マイマイン』。

Yahoo!映画のユーザーレビューで平均こそ3.78ポイントだが、満点の熱いレビューも目立つ。映画サイトのFilmarksのポイントは4.0。「大切なことを教えてくれて、ありがとう」「まさか泣くとは思わなかった」といった、ストレートな感動体験を書き連ねている人も多い。

俳優を目指しつつ挫折しかけている主人公が、高校時代、やることなすこと豪快でカリスマ的な魅力を放っていた友人、佐々木との日々を回想する物語。現在と、10年前の高校時代を行き来しながら、主人公の生き方が変わっていくという、いわゆるノスタルジー系の王道青春ムービー。

時制の切り替わり、シーンの配分などが主人公の心情をすくいとるうえで、じつに的確。誰もが、青春時代の友人で、何年も会っていないその「顔」を思い出し、重ね合わせてしまうという効果をもたらし、普遍的な輝きを放つ作品になっている。現代の部分でわずかにスマートフォンが使われる程度で、全体に時代を限定しない作りが、これまた世代を超えて共感させる。何より、俳優たちの「顔」に嘘がないところが、この映画の魅力だ。

描かれていないものに、想像力が広がる

アルプススタンドのはしの方』も、青春映画として2020年、高い評価を受けた作品となった。オリジナルは舞台劇で、全国高校演劇大会で最優秀賞の戯曲。夏の甲子園を応援する生徒たち、それぞれの複雑な思いをすくいとっていく。

メインで描かれるのは、応援スタンド。肝心の野球の試合は一切、映像に出てこない。しかし試合を応援している側の演技とセリフで、野球のプレーが、選手の顔が、まるで映像で観ているようにビビッドに伝わってくる。舞台版のスタイルを踏襲しているとはいえ、試合を観られないもどかしさは消えてしまう。このあたり、作品の核となる人物を一切、映像で出さなかった『桐島、部活やめるってよ』という、やはり青春映画の傑作が重なる。近年、映像やセリフで丁寧に説明しすぎる作品が増えている日本映画(『鬼滅の刃』なんて、典型例!)。その中にあって『アルプススタンド』は映画本来の魅力である、観客の想像力を刺激することに成功している。

こちらはYahoo!レビューで4.24、Filmarksで4.0と、やはりハイレベル。

高校時代の青春って、人生で二度と味わえない春だと実感」「今の状況を『しかたない』と思ってる人に観てほしい」と、コロナ禍の現在と重ねて胸を締めつけられる感想も出ているのが、社会状況と映画がリンクするという、傑作が生み出すある種の奇跡だろう。

上記の2作、ともに有名スターが出ていないながら、若手俳優たちの演技が、過剰にならない生々しさで伝わってくる。これこそ、青春映画が成功するための不可欠な要素で、ここをクリアして観る者に感情移入させる作品は、一年間にそう何本も現れるものではない。

伊藤健太郎主演ということで、闇に葬られないでほしい

そしてもうひとつ、2020年の青春映画として高評価を得たのが、『のぼる小寺さん』。

主演が今年、別の意味で注目されてしまった伊藤健太郎なので、この作品自体、語られることも少なくなってしまったが残念。原作コミックがありながら、監督・古厩智之(『この窓は君のもの』『ロボコン』)、脚本・吉田玲子(『けいおん』『映画「聲の形」』)という、青春の日常を描かせたら最強のコンビによって、こちらも共感度満点系の作品に仕上がった。

クライミング部の小寺さんと卓球部の近藤を中心に、高校生たちの微妙な恋愛、友情関係を日常の視線で見つめ、劇場公開時には逃したものの、年末に近づいてDVDで観た人からの感想が増加している。

ドラマチックではないのに、めちゃくちゃ後味のいい映画」「ちょうど良い、等身大の爽やかさ

Yahoo!レビューで3.95、Filmarksで3.9

一方で、メジャーな観客を想定した青春映画では『思い、思われ、ふり、ふられ』『青くて痛くて脆い』『弥生、三月 君を愛した30年』などもあったが、興行成績、レビューサイトの評価のどちらも物足りない結果に終わっている。胸にヒリヒリと迫り、どこかホロ苦くも爽やかな後味をいつまでも残すという、青春映画の傑作の法則は、『佐々木、イン、マイマイン』『アルプススタンドのはしの方』『のぼる小寺さん』といった、いわゆる小品がクリアしたことが、2020年の記憶となるだろう。

(Yahoo!映画レビュー、Filmarksのポイントは、12/26現在)

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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