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映画人としてマクロン大統領に直訴。新しい様式での撮影開始…フランスの現状語る『最強のふたり』監督

斉藤博昭映画ジャーナリスト
新作『スペシャルズ!』が日本で9月に公開される、オリヴィエ・ナカシュ監督(写真:REX/アフロ)

日本をはじめ各国で恐る恐るではあるが、映画やドラマの製作がスタートし、そろそろ1〜2ヶ月になろうとしている。3月17日、マクロン大統領の指示によってロックダウンが始まったフランスは、5月中旬から徐々にそのロックダウンを緩和。6月中旬には大幅に解除され、同22日には映画館の営業も再開。じつに3ヶ月ぶりのことだ。ドラマや映画の撮影も始まっている。

日常を取り戻しつつあるフランスだが、フランス映画連盟によると映画館の休業期間の合計損失額は4億ユーロ(500億円近く)に上るという。

こうしたフランスの現状を、『最強のふたり』のオリヴィエ・ナカシュ監督に聞いた。同作をはじめ、エリック・トレダノとつねにコンビで作品を手がけてきたオリヴィエ。彼らの新作『スペシャルズ! ~政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話~』が9/11(金)に日本で公開されるので、リモートでインタビューを行った。

現在の心境を「いま僕らは、言葉では表せない微妙な時期にいるよね」と語るオリヴィエだが、このコロナ禍に直面したとき、何はともあれ、映画界全体のために「行動」に出るしかなかったという。

「いちばん問題になると考えたのは、撮影現場のスタッフたち、それぞれのプロフェッショナルがフリーランスであることだった。俳優だって同じだ。みんな短期契約で働いている。そういう人たちを助けなきゃいけないと思い、映画業界の代表団を作り、その一人として、マクロン大統領に直訴したんだ」

5月6日、オリヴィエやエリック・トレダノらフランス映画界の代表や、演劇、音楽、文学などのプロ、計12人がマクロン大統領とビデオ会議で直接、意見を交換。会議後に、大統領は国民に向けて支援策を発表した。

「マクロンとの対話の結果、僕らは重要な措置を講じてもらう約束を取り付けた。今回の外出規制によって誰もが家に閉じこもったことで、Netflixやその他のストリーミング会社には莫大な利益が転がり込んだ。その利益を、何とかフランス映画界に還元してもらえないか? そこでフランス国内で上がった彼らの利益の30%を、今後のフランス映画の製作のための基金として投資してもらう。そういう法律をマクロンは作ると確約してくれたんだ」

もちろん協議はあっただろうが、このように映画人、アーティストたちの訴えをスピーディに受け入れる大統領というのも、フランスらしい。

新作の撮影にあたって、フランスの映画の組合ではガイドラインが作られ、「撮影現場は50人が上限」「新型コロナウイルスのカウンセラーと介護師、小道具などの衛生管理スタッフの用意」「ヘアメークや衣装スタッフのマスク着用」「密接なシーンの前の俳優の体温測定」など細かいガイドラインが作られた。「検温は第三者の医療従事者が行い、記録は残さない」といった、個人情報保護でフランスらしい側面もある。

オリヴィエらのこうした直訴と並行して、フランスではコロナ禍での撮影にあたって60億円の予算が割り当てられ、製作費の最大20%までを補填することが発表された。ただし、感染防止の措置で製作費も上がっているので、先行きは不透明でもある。

とはいえ、「じつはたまたま今日(取材日は7/13)も、僕の住んでるアパートの下で映画のロケが行われた」と、オリヴィエは映画業界が少しでも前に進んでいることを喜ぶ。

「僕の友人も参加していた。スタッフは全員、マスクを着けてるし、機材も時間ごとに消毒している。今までとはまったく違う撮影風景とプロセスになっているよ。思わず僕は『役者もマスクをしたまま演技するの?』と聞いちゃった。さすがにそれはないらしい(笑)。改めて感じるのは、コロナの蔓延が始まったとき、僕らフランス人はマスクを着けなかったのが間違いだったということ。マスクを日常にしていた人たちを模範にして、着けておくべきだった。自分を守るだけでなく、他人を守ることになる。君たち日本人には常識だったかもしれないけど、僕らはマスクについて教育を受けてこなかったからね。そういう意味では、フランス人のメンタリティも変わってきたと実感する」

では、オリヴィエ自身は、監督としてロックダウンの期間、どのように過ごしていたのだろう? かつてない事態に直面した際のアーティストとしての苦悩も、オリヴィエは次のように吐露する。

「幸いにも外出規制に入る2日前に、TVシリーズの撮影を終えていた。それは精神分析をテーマにした作品で、その後、新型コロナウイルスによってこのような現実になってしまった。

 今回のパンデミックは、どこか地域が限定されたていたわけじゃなく、世界全体、みんなが分かち合った。水の中に石を落として、波が広がっていくようだったし、大きな痕跡も残した。今まで経験したことのない危機だった。そういう意味で、僕らのようにオリジナルの脚本を書く映画製作者としては、2ヶ月間、自宅に閉じこもって、外出するにも許可証が必要だったり、そういう生活ではまったくインスピレーションも湧かなかった

しかしもちろん、暗闇の先に光を求めるのがアーティストである。

「そういう時、映画の作り手はどうするべきか? いったん過去に戻って、過去から未来を見るべきだ。今の僕らの状況は、過去には想像すらできなかった。だから、過去を描くことで、未来を見つめるという方向性が考えられるかな。そのうえで娯楽としての作品を届け、みんなに笑ってもらいたい。それこそ映画の役割だと再認識した。エリックと僕は、コメディに社会的テーマを忍ばせるタイプの映画が好き。笑えるんだけど、時間が経つとメッセージが伝わってくる。そんな作品を届けられそうだよ」

新型コロナウイルスによって、アーティストの作品にも大きな変化が出てくるのは間違いない。エリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュの新作もそうなりそうだが、彼らがコロナ禍以前に作った『スペシャルズ!』も、自閉症の子供たちの施設と、社会からドロップアウトした若者たちの現実を、監督たちらしい軽やかな演出で描いており、今、この現状で観ることによって、社会の問題と個人の関係など予想外の受け止め方もできるのではないか。

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『スペシャルズ! ~政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話~』 

9月11日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー

配給:ギャガ   

コピーライト表記

(c) 2019 ADNP- TEN CINEMA- GAUMONT- TF1 FILMS PRODUCTION- BELGA PRODUCTIONS- QUAD+TEN

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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