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偶然ながら人種差別抗議の渦中に配信で、アカデミー賞級との高評価も。スパイク・リー、円熟期を感じる新作

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ザ・ファイブ・ブラッズ』 Netflixにて独占配信中

映画が多くの人目にふれるタイミングと、その時期の社会情勢。これが偶然に「ぴったり」となった時、作品の評価が想像以上に高くなることがある。しかしそのタイミングを獲得すること自体、傑作の必須条件かもしれない。

スパイク・リーの最新作『ザ・ファイブ・ブラッズ』もその法則をクリアした。現在、ジョージ・フロイド氏の殺害事件を発端に、大きなうねりとなっている人種差別への抗議。まさにその渦中、6/12にNetflixで配信が始まったこの作品。今回の抗議に、『ドゥ・ザ・ライト・シング』などスパイク・リー作品が重ねられてもいるが、この『ザ・ファイブ・ブラッズ』にもスパイク・リーの精神が溢れるほど漲り、抗議報道のサブテキストにもなるという点で、間違いなく「いま観るべき」作品と言えそう。偶然とはいえ、最高すぎるほどのタイミングだ。

すでに数多く出ているレビューも軒並み高評価で、ロッテントマトでは批評家のフレッシュ(満足)度が91%(6/13現在)。時期が時期だけに、まだ今年度の賞レースについて話すのは早いが、社会問題の反映、完成度という点で、アカデミー賞に絡む可能性が十分にあることは断言できる。実際に「アカデミー賞候補になりうる」というレビューも見られる。今年はアカデミー賞のルールにも変更があり、配信作品にも門戸を開くが(劇場公開前提でコロナ禍によって配信になった作品もOK)、もともとNetflixで配信ありきだった今作も、賞レースに絡みそうな状況になれば、ルールに従って劇場公開されるかもしれない。前作『ブラック・クランズマン』では、アカデミー賞で脚色賞を受賞したものの、作品賞や監督賞を逃したことを残念がっていたスパイク・リー。その雪辱は果たされるのか?

『ザ・ファイブ・ブラッズ』は、ベトナム戦争に従軍した4人の黒人兵士が、数十年の時を経て、戦死した仲間の遺体と、当時発見した「ある物」を探すために、再びベトナムへやって来る物語。「ブラッズ=Bloods」とは、ベトナム帰還兵がたがいに仲間を呼ぶときに使った言葉。ベースには、ベトナム戦争のため、すなわちアメリカのために黒人たちがどんな犠牲を払ったのかが描かれており、マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺など、1960〜70年代、ベトナム戦争時の人種、人権問題の基本事実から、現代のトランプ政権やフェイクニュースのネタまでリアル映像が挟まれ、スパイク・リーの「歴史の事実を伝える意思」が全編に溢れまくっている。この点も『ブラック・クランズマン』を受け継いでいる。

驚くのは「Black Lives Matter」という、いま抗議のスローガンとして広まっている言葉が、『ザ・ファイブ・ブラッズ』に出てくるところ。今回の世界的な抗議の広がりを予見していたわけではなく、つねに「問題」として横たわっていたことを、われわれ映画を観る者に突きつけてくる。

もともとこの作品の脚本は、白人のベトナム帰還兵が主人公になっており、紆余曲折の末にスパイク・リーに映画化の話が回ってきたことで、リーの希望で黒人のキャラクターに生まれ変わった。その結果、強いテーマ性を帯びることになったのだ。とはいえ、エンタメとしての見応えも見事に備えており(これは『ブラック・クランズマン』も同様だった)、アクション演出や、思わず叫んでしまうほどの衝撃、エモーショナルな部分の入れ方など、全編の堂々たる演出に、スパイク・リーが新たな円熟期に入ったことをアメリカのメディアも報じており、中心人物を演じるデルロイ・リンドの演技は絶賛されている。

さらに黒人だけでなく、ベトナム人の視点も描くなど(彼らは「ベトナム戦争」を「アメリカ戦争」と呼ぶ)、スパイク・リーの歴史を冷静に俯瞰する姿勢に感心するし、1971年のシーンは16ミリフィルムの映像でスクリーンサイズが変化。そして『地獄の黙示録』の引用およびオマージュなど、「映画」としての魅力は余りあるほど充満。それゆえに、賞レースに絡んで、劇場公開を望みたい作品なのである。

ロッテントマトには「タイムリーでありながら、タイムレス(=時期を問わない)な作品」というレビューもあるように、今の時点ではタイムリーながら、年末にかけてタイムレスな評価を維持できるのか? そうなれば賞レースに加わってくるかもしれない『ザ・ファイブ・ブラッズ』。コロナ禍の影響で、例年よりも劇場公開本数が少なくなるのは確実の今年度にあって、現時点での高い評価は、賞への追い風にもなるだろう。さまざまな意味で必見の一作である。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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