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配信を待つか、劇場に駆けつけるか。Netflixオスカー狙いの話題作は「映画の時間」を考えさせる

斉藤博昭映画ジャーナリスト
NYでは閉館していたパリスシアターで上映された『マリッジ・ストーリー』(写真:REX/アフロ)

今週末、11月15日から、Netflixオリジナル作品の『アイリッシュマン』が日本でも劇場公開される。配信(11月27日)を前にした公開は、日本では異例。昨年の『ROMA/ローマ』は、すでに配信が始まった後、アカデミー賞受賞(監督賞など3部門)を受けての劇場公開だった。

映画は劇場のスクリーンで観るべきか。しかし簡単に劇場に行けない人にとっては、自宅などでストリーミング(配信)で観たいもの。もちろん作品にもよるが、その論議は、Netflix作品のカンヌ国際映画祭への出品問題や、スティーヴン・スピルバーグの「配信作品はTVドラマ」発言も含め、あちこちで沸騰している。

昨年、『ROMA/ローマ』がアカデミー賞作品賞まであと一歩だったNetflixは、今年も賞レースに加わるべく、アカデミー賞ノミネートの条件である劇場公開をクリアするため、『アイリッシュマン』『マリッジ・ストーリー』などを、アメリカで公開している。とはいえ、Netflixと大手シネコンの劇場側の関係は良好ではないので、ニューヨークでは2019年夏に閉館していたパリス・シアターに最新の映像機器を導入して上映するなど、一筋縄ではいかない状況だ。

日本でも今年、『ROMA/ローマ』は、最大手のTOHOシネマズなどではなく、イオンシネマやシネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺パルコなど全国77館で公開。そんな状況で『アイリッシュマン』は、やはりイオンシネマや渋谷アップリンクなど全国23館で公開される。巨匠マーティン・スコセッシが今年のオスカーを狙う作品で、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノなど豪華スターが共演しているとはいえ、たしかにNetflixとしては配信前なので、それほど派手に公開するつもりはないのだろう。実際に作品のオフィシャルホームページは、当然のごとく、劇場公開の情報は出ていない。積極的に劇場公開を宣伝するより、単純に『アイリッシュマン』を観たければ、Netflixに加入してほしい、というのが本音かもしれない。しかし映画ファンとしては、『アイリッシュマン』をイチ早くスクリーンで観せてもらえるわけで、Netflixの方針には感謝したい。劇場公開によるNetflix作品の成長は、長い目で見れば、メリットも大きいはずだ。

Netflixオリジナル映画『アイリッシュマン』 11月27日(水)独占配信開始
Netflixオリジナル映画『アイリッシュマン』 11月27日(水)独占配信開始

すでに日本では11月5日の東京国際映画祭でお披露目された『アイリッシュマン』は、まさにスクリーンで観るか、配信で観るかを考えさせられる作品だ。それはスクリーンの大きさや音質といった上映の「環境」だけの問題ではないと、筆者も東京国際で観て実感したから。つまり「映画の時間」の感覚である。実在のヒットマンの半生を描いた『アイリッシュマン』は、スコセッシらしく重厚な演出が見どころで、人間ドラマをじっくりと描き、合間に衝撃的バイオレンスを入れるなど、その構成のメリハリが効果を生む作品。上映時間は3時間29分という長尺だが、その長さにも意義が感じられる。たしかに「長い」と感じるシーンもあった。東京国際の上映では、筆者のまわりだけでも何人かウトウトしている観客がいたのも事実。しかし、そうしたウトウトさせる時間も受け止めることで、ラストの重みが迫ってくる。そんな作品なのである。

もちろん配信で3時間29分を、ぶっとおしで観る人もいるだろう。しかし『アイリッシュマン』のように長尺で、ゆったりしたシーンがある作品では、おそらく中断し、時間を置いて続きを観る人も多いはずである。そうなると、作品全体の印象も変わるのでは……というのが、筆者の考えだ。

同じようなことが、やはり今年の賞レースに加わりそうな『マリッジ・ストーリー』にも当てはまる。こちらも12月6日の配信直前の11月29日に劇場公開が決まった。この作品は2時間16分。『アイリッシュマン』ほどではないが、夫婦の離婚劇というストーリーにしては、通常のレベルよりは長尺。体感的に長く感じるシーンもあるかもしれないが、『アイリッシュマン』以上に、その「じっくり」が「効いてくる」作品だと断言したい。ワンカットによるスカーレット・ヨハンソンの激白と心の変化、アダム・ドライバーの歌のシーンなど、長さに意味のあるシーンがいくつもあり、その結果、離婚を前にした主人公2人の感情にぐいぐいと惹きつけられ、最後は胸を締めつけられるのである。

スカーレット・ヨハンソン、アダム・ドライバーの忘れがたい名演技で、今年の演技賞に絡みそうな『マリッジ・ストーリー』 courtesy of TIFF
スカーレット・ヨハンソン、アダム・ドライバーの忘れがたい名演技で、今年の演技賞に絡みそうな『マリッジ・ストーリー』 courtesy of TIFF

『アイリッシュマン』も『マリッジ・ストーリー』もNetflix作品でなければ、スタジオの意向でもう少し短くなった可能性もある。その意味で、Netflixだからこそ、作り手の思い描いたとおりの「時間」で完成された気もする。

配信のNetflixにとっては皮肉だが、その時間を受け止める意味でも、できるだけ中断しづらい環境=映画館で観るべきだと強く思うのだ。

『ROMA/ローマ』にしても、『アイリッシュマン』にしても、『マリッジ・ストーリー』にしても、賞レースに絡む重厚な作品は、かつては多くの人が劇場で出会い、その感動を繰り返すためにソフトや配信で再見というケースが多かった。

しかし今、そんな映画のあり方にも大きな変化が訪れているようで、作り手が提供する映画の時間を、われわれはどう受け止めるべきかが問われている。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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