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日本でも異例のヒットをみせる『ジョーカー』。その要因はどこにある?

斉藤博昭映画ジャーナリスト

アメコミ映画が2週連続1位は、なんと7年ぶり

ジョーカー』が大ヒットしている。ヴェネチア国際映画祭の最高賞(金獅子賞)以来、急加速で話題になったが、正直、日本でもここまで観客を動員しているのは、予想外の事態ではないだろうか。

北米市場では、2週目の週末でも、『アダムス・ファミリー』のアニメリメイク版や、『ジェミニマン』といった初登場組をおさえて、1位を独走。口コミも広がり、まだまだ勢いが続きそうだ。

そして日本でも2週連続1位を達成。その数字は別にして、アメコミ原作の映画で日本で2週連続1位というのは、2012年の『アメイジング・スパイダーマン』以来、7年ぶり。その前となると、2007年の『スパイダーマン3』(3週連続1位)。めったに生まれるケースではないのだ。今年の『アベンジャーズ/エンドゲーム』ですら、1位になったのは最初の週のみだ。もちろん巡り合わせやタイミングもあるので(大ヒットを狙う作品はGWや夏休み、正月などに公開され、週替わりで話題作が出る)、単純には比較できないが、今回の『ジョーカー』の日本でのヒットは異例と言える。

「らしからぬ」と魅力とドラマ性のアピール

マーヴェルに比べて、なかなか日本での大ヒット作に恵まれなかったDC映画なので、これは快挙と喜びたい。しかもアメコミヒーローらしいアクション大作「仕様」ではない『ジョーカー』のヒットである。いやむしろ、従来の仕様ではないから、口コミを集め、観たい欲望を喚起させているようである。

このアメコミ映画「らしからぬ」魅力で、かつて話題となったのが、2008年の『ダークナイト』。やはりジョーカーも登場するバットマンの映画で、ジョーカー役のヒース・レジャーが死後にアカデミー賞助演男優賞を受賞するなど、マスコミ、映画ファンの間で熱く支持されるも、日本では初登場2位で興行収入16億円に終わり、年間の国内興収で第33位。『ダークナイト』は北米および世界興収で2008年のナンバーワン作品となったので、日本における「温度差」を実感することになった。

今回の『ジョーカー』も、『ダークナイト』のように一部の映画ファンに歓迎されると信じていた人は多い。しかし公開されると、圧倒的な数字を叩き出し、口コミも広がっているので大ヒットへの道が開けてきた。2週目の週末は台風19号の影響で都心の映画館も休業が相次いだが、通常営業の14日は朝から満席が続いた。メインの観客層は20〜30代といったところ。

配給のワーナー・ブラザース映画によると「これまでのDC映画の日本での興行収入記録は『ダークナイト ライジング』の19.8億円なので、それを超えるべく、大学生〜30代をメインターゲットに、オンラインやTVをはじめとする宣伝展開をしていきました。そしてジョーカーのキャラクターだけでなく、なぜ心優しい主人公が悪のカリスマになったのかという『ドラマ性』を推した結果、従来のアメコミ映画とは違って、年に1〜2回しか映画館に行かない、いわゆる『ライト層』にもご来場いただいている」のが特徴だという。

その結果、公開11日間で『ダークナイト ライジング』の興行収入はすでに超え、さらにどこまで数字を伸ばすか、というヒットにつながった。

ホアキン・フェニックスはアカデミー賞主演男優賞の最有力。作品の好き嫌いは別にして、彼への絶賛は万人が認めるところ。
ホアキン・フェニックスはアカデミー賞主演男優賞の最有力。作品の好き嫌いは別にして、彼への絶賛は万人が認めるところ。

ただ、独特なのは映画が終わった瞬間の観客の表情である。どこか呆然と、疲れきった、感情をどこにもっていっていいかわからない。そんな雰囲気で席を立つ人が多い。しかし、それこそが『ジョーカー』という映画の本質を表している気もする。

その最も大きな要因は、ホアキン・フェニックスが演じる主人公のアーサーが、全編、ほぼ出ずっぱりという作りだと、改めて実感する。徹底して、アーサー主体の映像とドラマ。それゆえにわれわれ観客は、否が応でも彼の気持ちに引っ張られていく。ここまで主人公オンリーの作品も近年珍しく、「ドラマ性」を売りにした宣伝がハマったのも納得できる。

否定的コメントにも、観たくなる誘惑が

実際に映画サイトの口コミを見ても

最初のシーンから胸が締め付けられる」「生涯のベストに入るくらい、完璧な演出と演技」「圧倒的な重さ。一度は観るべき映画

など絶賛が多いなか、いくつか

観た後に気分が沈む」「さすがにえげつない

など率直に表現している人も目立つ。しかしその率直さが、これから観る人への興味を募らせているようで、賛否両論がいい方向へ機能している。全体として、主人公の言動に激しく心がざわめいているのは事実のよう。北米市場では、ヴェネチア国際映画祭受賞で注目が急速に集まり、「現実の暴力を誘発するのではないか」という危惧から、警察や米軍が警戒体制をとり、映画館で手荷物検査も実施された。実際に映画館への脅迫が起こった事例も報告され、それだけ論争の的にもなっているが、これに比べると「日本では好意的なリアクションが圧倒的に多い」とワーナー・ブラザース。

その他、筆者が考えるヒットの要因としては

10月公開というタイミング

北米市場で10月公開作品の新記録を作ったように、夏や年末と比べると爆発的な大ヒットを狙う作品が少ない。それは日本でも同じで、昨年の『ボヘミアン・ラプソディ』(11月公開)のように強力なライバルが現れないうちにブームを作ると、拡大しやすい。

夏休み映画の反動

今年は夏休み映画が例年以上に大ヒット作が続くも、『天気の子』『トイ・ストーリー4』『ライオン・キング』などアニメ、ファミリー向けが多く、ハードなアクション作品が限られていた。そういった作品への欲望が『ジョーカー』に集中したとも考えられる。

『デッドプール』のような、とんでもない驚きへの期待

マーヴェルの「お約束」から外れた『デッドプール』は日本でも意外なヒットを記録した。アメコミ映画の場合、日本の観客は「変化球」を好む傾向がありそう。

など、複合的な要因も絡まっている気がする。

見た目の過激さ、怪しさもアピールし、怖いもの見たさの観客も集めている?
見た目の過激さ、怪しさもアピールし、怖いもの見たさの観客も集めている?

アメリカでは、「ゴッサムシティの格差社会で、アーサー=ジョーカーに熱狂する人々がトランプの支持者と重なり、アピールしている」という論調があったり、その逆に、「いや、トランプに反対する層が、ジョーカーに自分を重ねているのでは」など、さまざまな批評が見受けられる。いずれにしても現実とのリンクが取りざたされる作品であり、日本でも社会への漠然とした不安が『ジョーカー』と重ねられているとも考えられる。

「今までのジョーカーの得体の知れない『悪』と違って、承認欲求が認められず、社会から断絶されていく、『人』としての側面が若い世代の共感を誘っているのではないか。もしかしたら今の日本の空気も表しているのかもしれません」とワーナー・ブラザース宣伝部もコメントする。

作品としては過去の映画へのオマージュなどマニア向け、コアなアメコミファン向けの体裁であり、さまざまな論議が起こりながらも、実際に観てみると予想外に共感してしまったーー。そこに『ジョーカー』が一般レベルに広がっている大きな要因がありそうだ。

『ジョーカー』

全国公開中

配給/ワーナー・ブラザース映画

使用画像すべて:(C) 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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