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脳性麻痺の女性を主演に迎え、驚きと感動で各国映画祭で絶賛が続く日本人監督の映画。監督の思いは…

斉藤博昭映画ジャーナリスト
トロント国際映画祭で観客とのQ&Aに応じるHIKARI監督(撮影/筆者)

もしかしたら2020年の初めに、大きな話題が集まるかもしれない。そんな映画がある。HIKARIが撮った『37セカンズ(37 Seconds)』だ。

この映画、今年2月のベルリン国際映画祭のパノラマ部門で観客賞と国際アートシアター連盟賞をダブル受賞したのを皮切りに、9月のトロント国際映画祭でも熱い支持を集めた。今年のトロントは是枝裕和、新海誠、三池崇史、黒沢清、深田晃司という錚々たる日本人監督の新作が並び、どれも好評だったなか、長編デビュー作のHIKARI監督も彼らに負けないほどの歓迎ぶりで、上映会場は満席。映画の終盤では、筆者の周囲の観客のほとんどが頬をつたう涙をぬぐっていた。そして上映後は大きな拍手に包まれ、夜11時にもかかわらずQ&Aにはほとんどの観客が残ってHIKARI監督の話に耳を傾けた。

大阪出身で南カリフォルニア大学大学院の卒業制作で短編を撮り、現在はロサンゼルスと東京を拠点とする彼女にとって、この『37セカンズ』は長編監督デビュー作。その物語は、ある意味で「大きなチャレンジ」である。

(※この後の記述で「障害」「障害者」という言葉が出てきますが、これは監督が英語で使った「disability」をそのまま直訳しました)

多角的に「日常」を見つめる、真摯な作り

生まれたときに37秒間(37セカンズ)呼吸が止まったことで、手足が自由に動かない脳性麻痺となった主人公のユマ。現在23歳の彼女には漫画を描く才能があり、友人の漫画家のゴーストライターとして働いている。障害者としての日常、女手ひとつで面倒をみる母の苦労と親子関係、ゴーストライターとしての葛藤、さらに障害者の「性」にも切り込んだところに、この『37セカンズ』のチャレンジ精神を実感させる。その部分を、明るく、前向きに、清々しく描いたことが、予想外の感動も導くのだ。

入浴も一人では不可能だが、ユマは母親からの愛情から解き放たれたい思いも抱える。courtesy of TIFF
入浴も一人では不可能だが、ユマは母親からの愛情から解き放たれたい思いも抱える。courtesy of TIFF

HIKARI監督は今作のきっかけについて聞かれると、次のように答える。

「当初は一人の少女のジャーニー(旅)を描くつもりでした。私の祖父の工場では、指や脚がない人、耳の聴こえない人を雇っていたりしており、子供時代、そういった人たちが身近な存在だったのです。しかし、10代でアメリカへ渡り、日本へ帰ってきたとき、東京という大都市に車椅子の人があまりに少ないことに驚きました。そういった思いが、主人公像につながったのです」

主人公ユマのキャスティングについては、強いこだわりがあったというHIKARI監督。

「脚本を書きながら、実際に障害をもった人をキャスティングしようという意思が強くなっていきました。友人にも協力してもらい、施設への問い合わせやSNSを駆使して多くの候補者と面会し、最後にオーディションとして会ったのがメイちゃん(佳山明)だったのです」

「最後に会った」は、「その時点で彼女に決めた」という意味だろう。脳性麻痺で車椅子生活を送る佳山明は演技が初体験。しかし監督は「撮影とともに、メイちゃんの成長を実感できた」そうで、「メイちゃん自身の話を聞き、撮影前日にセリフや状況を変えたシーンもある」と、自身も現場で試されたことが多かったことを告白する。「車椅子で入っていけるか。このブロックは乗り越えられるのか。そういったことをすべて考えて、ロケーション先を選んだ」と、準備の苦心も振り返った。

難しいテーマなら、私が語ればいい

とくに観客から関心が集まったのが、ユマが仕事のために経験しようとする「性」の問題。ちょっと間違えればスキャンダラスにもタブーにもなりかねないこうした描写も、渡辺真起子、大東駿介ら共演者の名サポート(この2人の演技は途轍もなくすばらしい!)があり、自然と引き込んでいくのが今作の揺るぎない魅力だ。

「劇中にも登場する、実際に車椅子生活を送る熊篠慶彦さんらに、障害者の性の日常についてじっくり話を聞きました。実際に東京には風俗産業が盛んな地区はあります。けれど女性や、障害者が対象となる場所を見つけるのは難しい。ですから、こうした問題を世間に広く知らせるには勇気が必要です。おいそれと語ることができるものでもない。でも、それなら私が語リましょう!  私が映画を作ればいいと思ったのです。それがチャレンジなのですから」

HIKARI監督のこの言葉に、場内から割れんばかりの拍手が起こった。

そして、これは海外らしい反応だが、日本のマンガ文化への関心も高く、劇中でユマが描く漫画への質問も出た。

「私自身、子供の頃から漫画を読んで育ったので、漫画家になる夢をもった時期もありました。すぐに諦めましたが……(笑)。今回のリサーチのために、女性のアダルトコミック漫画家に会いました。この分野、50%は女性の作家なんです。この映画で使った漫画の作者も、アダルトを描くときは別のペンネームだったりするんですよ。私は文字で物語を書きますが、漫画のアーティストは絵で物語を表現する。そこに魅了されましたね。本当は漫画の部分をもっと映像で見せられたら良かったのですが、バジェットの関係で難しかったのです」

多様な生き方をシェアしたいという強い思い

完成した作品への反応について「健常者、障害者とその母親に観てもらい、ちゃんと描かれているかを聞きました。それぞれのリアクションがあって、障害者である私の友人から『母に対してこんなことをした』、逆に母親側からは『娘にこんなことをしてたのか』と複雑な心情を吐露され、大きな手応えを感じています」というHIKARI監督。

劇場の外では、作品への感動を語りたい観客が多く残っていた。(撮影/筆者)
劇場の外では、作品への感動を語りたい観客が多く残っていた。(撮影/筆者)

Q&A終了後も、劇場の外では彼女と話そうとする観客の長い列が作られ、劇中の漫画家について詳しく聞こうとする漫画オタク青年らとの対話が続いていた。

『37セカンズ』は2020年2月に日本での劇場公開が決まったが、海外配給権を得たのはNetflix。さらに世界的な評判を呼ぶのは確実で、『カメラを止めるな!』や『僕はイエス様が嫌い』のように、国際映画祭の受賞で始まる日本人監督の活躍を、HIKARI監督が新たに実現していきそうだ。

最後にHIKARI監督の思いを……。

「障害という言葉は欠点のように聞こえるけれど、そういう考え方自体を少しでも忘れ、それぞれ違った生き方をしているという考えを、優しく、ポジティブに伝えられたら。それが作品を通した私の思いです」

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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