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オスカーへの道を開くトロント映画祭。今年は本命が混戦の予感も。『ジョーカー』の連覇か、それとも…

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ジョーカー』の上映でトロント国際映画祭に来たホアキン・フェニックス(写真:ロイター/アフロ)

9月5日から開催中のトロント国際映画祭は、毎年、観客賞(ピープルズ・チョイス・アワード)に世界中の注目が集まる。カンヌやヴェネチアなどが審査員による最高賞を与えるのに対し、一般観客の投票で決まる「みんなが愛した作品」に贈られるトロント。しかし、この賞がその後のアカデミー賞作品賞につながるケースがひじょうに多いのだ。ゆえに賞の行方が大きなニュースとなり、昨年もトロントでワールドプレミアされるまではノーマークだった『グリーンブック』がいきなり観客賞を受賞。サプライズかと思われたが、結局、アカデミー賞作品賞につながった。まさにオスカーの登竜門なのである。

では今年は、どの作品に観客賞がもたらされるのか。発表は映画祭がクローズする9月15日だが、現地の評判などから賞に近い作品を挙げてみたい。これらの候補作は、観客賞を逃しても今後のオスカーレースには加わっていくだろう。

もし受賞したら、アカデミー賞まで一直線!?

まず本命の一角を担っているのが『ジョーカー』。先日のヴェネチア国際映画祭でアメコミ作品として初のグランプリを受賞したことが話題を呼び、その勢いはトロントでも加速している感じ。あちこちで「ジョーカー」という単語が飛び交っている。ジョーカー役、ホアキン・フェニックスがほぼ出ずっぱりで熱演するので、作品に否が応でも引き込まれる感覚がもたらされ、人々を扇動する恐ろしさというテーマがトランプ批判とも受け取れるので、政治的テーマも十分。アカデミー賞にふさわしい資質をもっているので、観客賞に「投票したくなる」作品なのは間違いない。ただし、トロントの観客賞には「ダークすぎる」という予想記事も出ている。

ネトフリは今年も強力です

ネットフリックスが秀作を送り出すパワーを、またも証明しそうな『マリッジ・ストーリー』
ネットフリックスが秀作を送り出すパワーを、またも証明しそうな『マリッジ・ストーリー』

『ジョーカー』の対抗になる高評価を受けている作品は、まず『マリッジ・ストーリー』。劇作家の夫がニューヨーク、女優の妻がロサンゼルスと、それぞれ新たな仕事が決まり、そこから思いが行き違い、離婚や息子の親権など切実な問題が浮上してくる。これまでも何度も観てきたような物語だが、主演のアダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンセンの演技があまりに見事で、2時間16分、心をわしづかみにされる見ごたえだ。いくつもの名シーンで、記憶に残る作品なのは確か。主演2人のオスカーノミネートはありえるだろう。これはネットフリックスの作品。昨年のネットフリックスの『ROMA/ローマ』はトロントで次点だった。もし『マリッジ・ストーリー』が観客賞を受賞したら、ネットフリックスのオスカーキャンペーンはこの作品に一気に集中するはず。ネットフリックスの作品は明暗が分かれ、メリル・ストリープの『ザ・ランドロマット ーパナマ文書流出ー』は賛否。『2人のローマ教皇』は高評価。

楽しいエンタメにも受賞してほしい!

そして『マリッジ・ストーリー』と同じく、映画批評サイト、ロッテントマトで100%の満足度(9/12現在)を出している『ナイヴズ・アウト(原題)』。大富豪が謎の死をとげ、探偵が怪しげな一族を調べるというアガサ・クリスティ風のミステリー。しかし探偵役のダニエル・クレイグ以下、クセものキャストたちのハマりにハマった怪演で爆笑の連続。あまりに絶妙なネタの数々に、上映中も会場のテンションが途切れないのを肌で感じた。昨年の『グリーンブック』の上映を思い出すほど。ただ、あまりに「エンタメ」な作品なので、もし大逆転で観客賞をとっても、アカデミー賞ではノミネート止まりかもしれない。筆者は、この作品をいちばん心から楽しんだので応援したいのだが……。

『ナイヴズ・アウト』はダニエル・クレイグ、クリス・エヴァンスらオールキャストの怪演が信じられないほど効果的な、あまりに楽しい逸品
『ナイヴズ・アウト』はダニエル・クレイグ、クリス・エヴァンスらオールキャストの怪演が信じられないほど効果的な、あまりに楽しい逸品

実話と熱い絆は支持が集まりやすい?

そのほか、全体的な評判の高さでは、『フォードvsフェラーリ』。1966年、ル・マンの24時間耐久レースで、絶対王者のフェラーリに挑むフォードの男たちを描く。実話という強みもあるが、これは20世紀フォックスの作品で、同社を買収したディズニーにとっては、こういった大人のための人間ドラマを今後、フォックスに製作させ続けるかどうかの「試金石」ともなる。そしてその方向性に『フォードvsフェラーリ』がゴーサインを出すのでは……という評価の記事も出ている。野心的な作品ではないが、誰にでもわかりやすい作りであることが、ある意味で今作の強みかもしれない。

クリスチャン・ベール、マット・デイモンの友情と男気も胸を熱くする『フォードvsフェラーリ』
クリスチャン・ベール、マット・デイモンの友情と男気も胸を熱くする『フォードvsフェラーリ』

さらにこれらの作品以上に、会場のあちこちで話題になっているのが『パラサイト 半地下の家族』だ。筆者も『天気の子』の公式上映に並んでいる際、前後の映画ファンと話したところ、最初は新海誠監督の話だったのが、「でも今回、いちばん面白いのは『パラサイト』だろう」という結論で盛り上がった。監督は韓国のポン・ジュノで、今年のカンヌ国際映画祭のパルム・ドール受賞作。単純に面白さだけでは群を抜いている。しかし、この『パラサイト』、トロントでは上映回数が少ないので、前述の有力候補に比べると、投票のための絶対的なパイが少ないのが弱み。もし受賞すれば奇跡の観客賞となる(過去にも同じような例があった)。

追加の上映も組まれた『パラサイト』の大逆転はあるのか?
追加の上映も組まれた『パラサイト』の大逆転はあるのか?

そのほかにも、空想の中のヒトラーと友達になる少年の『ジョジョ・ラビット』は「ヒトラー青少年団」など、かなりふざけたノリから痛烈な戦争批判へと導かれ、主演の子役の超天才的演技に泣かされない人はいない作品。レスリング選手として将来を期待された高校生が、あるきっかけから悲劇へなだれ込む『ウェイヴズ(原題)』も高い評価を受けている。

ちなみに新海誠監督の『天気の子』は、熱狂的ファンの支持はあるものの、『パラサイト』と同様に上映の規模で受賞は難しそう。

昨年は、ヴェネチアで最高賞の『ROMA/ローマ』がそのままトロント観客賞か、と予想されつつ、後半で『グリーンブック』が逆転した。今年はどうなるのか。『ジョーカー』がヴェネチアとの「連覇」を達成すれば大きな話題になるものの、圧倒的に強い作品が不在なので、サプライズ受賞が起こる可能性は高そうだ。

トップ以外の画像はすべて (c)TIFF

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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