Yahoo!ニュース

『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』公開前夜までレビューが出なかった理由、そして2つのポイント

斉藤博昭映画ジャーナリスト
今回はNYを離れ、ヴェネチア、プラハ、ロンドンなどヨーロッパがメインの舞台となる

ここ数年、話題の新作が公開される前に、何かと「ネタバレ」が騒ぎになる。はるか昔から、サスペンス映画などで「結末を話してはいけない」というルールは常識だったが、劇場公開前に少しでも内容にふれられることを、避けたいと思う人が増えている気がする。ネット、SNSで瞬時に内容が広まってしまう時代ゆえだ。

記憶に新しいところでは、『アベンジャーズ/エンドゲーム』で、完結作として驚きの展開があるということで、情報をシャットダウンし、いち早く自分の目で確かめたいと、アメリカ、日本を含め各国で最初の週末に劇場に詰めかける人が大量に発生。その結果、スタートダッシュを記録し、社会現象となるヒットにつながるという好循環が生まれたともいえる。

ただ、『ボヘミアン・ラプソディ』のように、「ラスト18分、ライヴ・エイドのシーンが待っている」と予告することで、作品への注目を集めるケースもある。もし、ライヴ・エイドのシーンがあることを知らず、作品に向き合ったら、おそらく感動と衝撃もさらに大きくなったはずだが、このあたりの「予想どおり」「予想外」の境界は、作品によって受け取られ方はさまざま。判断は難しい。

一般の劇場公開前にネタバレをできるだけ防ぐ動きは、映画会社側でも加速しており、たとえば海外のレビューサイトでも、話題作のレビューが、ある瞬間に、一気にアップされることに気づく人もいるはず。これは、その時間にマスコミ向けの試写が終わったわけではなく、映画会社が「エンバーゴ」を設定しているからだ。エンバーゴとは「情報解禁日時」のこと。

日本でも早い時期からマスコミに観せつつ、レビューの掲載にエンバーゴを設けるケースが増えている。「観た」ことは公言してもいいが、内容を話してはいけない。あるいは「観た」ことすら言ってもいけない、などのパターンもある。とくにハリウッドの話題作は、世界的に同日・同時刻にエンバーゴが設定されていたりする。できるだけネタバレを防ぎたいこともあるが、あまり作品に自信がない場合は早くから酷評が出るのを阻みたい意向もあったりして……。もちろん自由に書ける作品も多く、大傑作だった場合は、その自由さが功を奏することもある。

6月28日公開となる『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』も、公開前日の27日、22時という、信じられないほどギリギリの時間にエンバーゴが設けられた。これはLAでのワールドプレミアに合わせたため。日本・中国・香港が世界で最速公開なのでギリギリとなった(北米は7月2日、他の多くの国もその週末)。おそらく今(27日22時)、ネット上では一気に「最速レビュー」「ネタバレなし」などという記事がアップされ始めているはずである。超直前ということで、観客にとっては、余計なものを目にする機会が少なくなり、ありがたいかもしれない。

(※ゆえに、この記事もエンバーゴの時間でのアップ)

ジェイク・ギレンホールが演じるミステリオは、物語の重要なカギを握る。トム・ホランドはかなり前からジェイクを憧れの俳優だと公言しており、念願の共演にもなった。
ジェイク・ギレンホールが演じるミステリオは、物語の重要なカギを握る。トム・ホランドはかなり前からジェイクを憧れの俳優だと公言しており、念願の共演にもなった。

それにしても、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』が、これほど直前までレビューが出せないのは、それなりに理由があると感じた。

レビューする際に、最も重要となるポイントが、作品の根幹に関わってくるからだ。この作品をネタバレなしで評価するのは難しい。『アベンジャーズ/エンドゲーム』とも、また違う難しさで、そこを映画会社も考慮したはずだ。

あえて解説するなら、スクリーンに作り物として映し出される「映画」、その意味を問うヒーローアクション……と言ったらよいか。

映画とは何か? そして現在のハリウッドの反映

『アベンジャーズ/エンドゲーム』後の物語なので、当然のごとく、ピーター・パーカーは、その運命を経験した心情が反映されており、演じるトム・ホランドの、俳優として明らかに成長した瞬間が何度も観られるのは事実だ。

サノスの指パッチンによって、人類の半分が消滅し、そこにピーターや彼の友人の多くも含まれていたのだが、アベンジャーズの戦いで彼らは無事に復活。5年間、肉体は変化していないが、生き残った人は5歳、年齢を重ねており、5歳下の年代がクラスメイトになっている。その中の一人、ブラッドが新キャラクターとして加わり、ピーターや友人のヨーロッパ旅行に同行する。

すでに前作で歴然としていたのは、ピーターの友人たちの「多様性」である。親友のネッドを演じる、ジェイコブ・バタロンはハワイ出身のフィリピン系。MJ役のゼンデイヤは父親がアフリカ系アメリカ人、何かとピーターと対立するボンボンのフラッシュ役、トニー・レヴォローリは両親がグアテマラ出身。そこに加わったブラッドを演じるレミー・ヒーは父親が中国系マレーシア人。その外見は、アジア系イケメンという印象で、ピーターの周囲は「非白人」の印象が強まっている。メインキャラではないが、グループで行動する際に必ずと言っていいほど、スカーフを被ったムスリムの女子生徒が目立つように配置されていたりする。

このところ、ハリウッド映画では主人公と友人たち、仲間のメンバーには、過剰と言ってもいいほど、人種やセクシュアリティなど多様性が意識されたキャラクター設定、キャスティングがなされる。是非はともかくとして、この『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』は前作以上にその傾向が濃密で、まさに今のハリウッドを体現している作品でもある。

画像

『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』

6月28日(金)、全国ロードショー

配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事