原発事故をどう後世に伝えるべきか。日本での映画の意義も考えさせる『Fukushima50』会見

(撮影:筆者)

2020年、日本中が東京オリンピックで湧くであろうその年に公開される『Fukushima50』は、2011年、日本はおろか世界中に未曾有の衝撃を与えた、福島第一原発事故を再現する映画である。

復興五輪などとも言われているが、いったいオリンピックの何が復興につながるのか? そう考えている人が多いなか、この映画は改めて事故の記憶を甦らせる意義を果たすことになるのか?

『Fukushima50』は、巨大津波が原発を襲ったあの日、発電所の人々がどう闘ったのかを克明に描く(門田隆将のノンフィクション「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」が原作)。原発の是非を問うたり、政治的メッセージを発する作品ではない。しかし、原発事故を描くというだけで議論を起こしかねない危うさもはらんでいる。とくにこの日本では年々、表現の自由が無意識に制限される目に見えない閉塞感や息苦しさもあり、しかも、いまだに事故の終結は見えず、帰宅困難の人々が多くいる現状で、このような題材を映画で、しかも大作として人々に届けることに対して、反論が起こる不安もある。

そんな状況で、あえて出演を決めたのが、日本を代表する2人の俳優、佐藤浩市と渡辺謙だ。彼らは4月17日のクランクアップ会見でも終始、シリアスな表情を崩さず、その真摯な思いがひしひしと伝わってきた。

事故当時の福島第一原発の所長、吉田昌郎を演じた渡辺謙も会見の冒頭で「どのように伝えるか、苦労した作品。高いハードルがあるのは間違いないと思った」と、出演を決める際の不安も口にした。

これまでも、たとえば『フタバから遠く離れて』など避難した人々の側に立ったドキュメンタリーや、目に見えない放射能への不安を描く映画は作られてきたが、事故そのものに肉薄する作品、少なくともそこにフォーカスして大規模に公開される映画は作られなかった。

しかし、福島第一原発1・2号機の当直長、伊崎利夫(複数の人物を合わせた架空のキャラクター)を演じる佐藤浩市が「人間には忘れなければ生きていけないことと、忘れてはいけないことがある。この映画は後者」と語ったように、事故から8年経ち、ようやく後世に受け継ぐためにも作られる時期が来たようだ。これを「時期尚早」と考えるか、「ようやく作られたのか」と感じるかは人それぞれに違いない。

(撮影:筆者)
(撮影:筆者)

これまでも東日本大震災の被災地で支援を続けてきた渡辺謙は「福島にはエンタテインメントというかたちで貢献することはできなかった。それを今回ようやく、僕らがいちばん力を発揮できる『映画』で、起こったことを伝えられる。そういう作品を届けられそうだ」と力強く続ける。

たとえばアメリカでは、今年、日本でも公開が重なった『バイス』と『記者たち 衝撃と畏怖の真実』のように、ジョージ・W・ブッシュ政権のイラク侵攻を堂々と批判する映画が作られ、前者はアカデミー賞に絡むなど、社会への批判精神とエンタテインメントの共存が日常的である。そして、そこに批判が起こることも、これまた自然な状況である。翻って日本では、過去の政権の決定を否定したり、社会の動きに批判精神を向けたりする作品が、エンタテインメントとして成立する土壌が、ますます薄れている感覚は否めない。

このあたりも渡辺謙は次のように言及する。

「誤解を恐れないで言えば、『硫黄島からの手紙』をやったときに、この国は、民意を論理的に継承して、後世に何を伝えるのかが、あまりじょうずではないと感じた(つまりアメリカのクリント・イーストウッド監督は、それをうまくやった、ということか)。原発事故もそうなっている気がしてならない。そこ(現場)であったことを論理的に検証して、僕たちの子供の世代、孫の世代に、この事故が社会にどう生かされるべきか材料になってほしいと思う」

この『Fukushima50』も、事故現場を再現する作品で、プロデューサーが「人間ドラマ」と断言するように、繰り返すが、原発の是非や政治的メッセージを直接、喚起するものではないかもしれない。しかし、この日の会見の出演者の思いを受け止めると、これは原発問題や社会のあり方を間接的に、そして強く訴える作品に向かっていく可能性もある。

エンタテインメントが論議を呼ぶことをあえて避ける傾向にある日本で、この作品がもし論議を呼ぶことになれば、それはむしろ社会にとって健全であるような気もする。それこそが「何かを伝えたい」という映画の目的にも則しているのだから。

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