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通訳への優しさもハイレベル。ヒュー・ジャックマン、ナチュラルな「いい人」伝説は続く

斉藤博昭映画ジャーナリスト
主演作『フロントランナー』で来日したヒュー・ジャックマン(写真:田村翔/アフロ)

ヒュー・ジャックマンが「いい人」という伝説は、これまで何度も伝えられてきた。ただ、トップスターという人たちは基本的に「いい人」である。そうでなければ長くキャリアを維持できないからだ。つまり、どんな時にも「いい人」を装うことがうまければ、いいのである。

しかしヒュー・ジャックマンの場合、装っていないと感じる瞬間が何度もある。1月21日、新作『フロントランナー』での来日記者会見に、彼はいつものように爽やかな笑顔をふりまいて登壇。そして席に座って挨拶をすると、その言葉を隣の通訳が日本語に訳している間に、彼女のグラスに水を注いだのだ

こんな気遣いをサラリとやってのけるのは、ヒュー・ジャックマンくらいしかいない。かつてアカデミー賞授賞式でジェニファー・ローレンスがステージに上がる途中、コケそうになったとき、瞬間的に席から立ち上がって助けたように、ヒューには周囲への優しさが本能としてインプットされているに違いない。

会見でも記者が質問すると、そのたびに必ず日本語で「アリガトウ」と返し、自分の答えを話し始めるのも、いつものヒューらしい。

『フロントランナー』で彼が演じるゲイリー・ハートは、1988年のアメリカ大統領選挙の際、最有力と言われた上院議員。しかしあるスキャンダルが報道され、あっという間に政治家生命が危機を迎える。

ヒュー・ジャックマンは現在も存命中のゲイリー・ハートについて「10年先、15年先の政治状況を見通せるほどの才能があった」と説明し、「アメリカだけでなく現在の世界の政治制度を考えさせる映画になると思った」と出演の決め手を打ち明ける。

そして、この『フロントランナー』では、報道する側のジャーナリストのドラマも描かれるが、ヒュー・ジャックマンは「大学時代、ジャーナリズムを専攻していた。俳優をやっていなかったら(会見場を見渡して)あなたたちのようなジャーナリストになっていたかもしれない。でもインターネットやSNSが常識になった今は、取材の原稿をすぐさま書かなきゃいけないよね? それは僕には無理! だから皆さんを心から尊敬しています」と、自身の過去を重ね合わせる。

実在の人物を演じたことは何度かあったが、存命中の人を演じたのは初めてで、プレッシャーも多かったというヒュー・ジャックマン。(撮影/筆者)
実在の人物を演じたことは何度かあったが、存命中の人を演じたのは初めてで、プレッシャーも多かったというヒュー・ジャックマン。(撮影/筆者)

こうして自分の素顔やプライベートを、つねにさり気なく答えに盛り込むのが、他のスターとは違うヒュー・ジャックマンの資質でもある。

『グレイテスト・ショーマン』で、振付に自身のアイデアが入っていたのか聞いた際には次のように娘の話を絡めてきた。

「僕がアイデアを出すと、振付家のアシュレーは渋い顔をするんだ。横でそれを見ていた娘も『パパ、アシュレーの指示どおりに踊って。自分のスタイルを出しちゃダメ』と忠告してきた。彼女はすぐさま振付を覚えて、僕と一緒にパーティーの余興で『グレイテスト・ショーマン』を踊ったんだよ」

『レ・ミゼラブル』でのインタビューでは、途中で本気で歌い出すというサービス精神も発揮してくれたが、歌うシーンで息も白くなっていた状況を聞いたところ……。

「歌はスタジオで録音すればいいのに、あのシーンは海岸に近い高い山で撮影し、その場で歌ったから、白い息は本物だよ。手は紫になって、呼吸をするのも辛かった。でも息子と登った富士山の方がキツかったな。頂上近くで、めまいに襲われたからね」

と、この来日で息子と行った富士山の思い出をぶっ込んできた。息子の話では、『ウルヴァリン:SAMURAI』での日本ロケの際にも、現場での印象的な思い出として

「(共演の福島)リラが、息子と一緒に折り紙で遊んでくれたんだ。まだ彼は幼いから『X-MEN』の映画は見せてなかったけど、最近ようやく許可を出したところ、シリーズ全部を“一気見”しちゃったよ」

と目を細めていたのを思い出す。トップスターの場合、プライベートな家族の話は抑えられることも多いが、ヒューはこうして自らうれしそうに話すので、インタビュアーも妙に親近感をもってしまう。何かと妻への愛をアピールする言動も、他のスターだったら、あからさまに感じるが、ヒューだとそれがない。

これが“ナチュラル・ボーン”いい人なのか、計算された演出なのかは、わからない。しかしすべてを素直に受け止めたくなるのが、ヒュー・ジャックマンの魅力なのである。

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『フロントランナー』

2月1日(金)、全国ロードショー

配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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