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僕はこうしてフレディ・マーキュリーになった。『ボヘミアン・ラプソディ』ラミ・マレック インタビュー

斉藤博昭映画ジャーナリスト
フレディ役の演技とステージパフォーマンスが絶賛されるラミ・マレック(写真:Shutterstock/アフロ)

「伝説」となったアーティストに、映画でなりきる。これまでも多くのチャレンジがなされてきたが、ここまで「魂が憑依」した奇跡は稀だろう。

ボヘミアン・ラプソディ』でクイーンのフレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレック。クイーンの“地元”であるイギリスのロンドンで、そのラミ・マレックにインタビューを行った。

フレディ・マーキュリーといえば、圧倒的な歌唱力と過激なステージパフォーマンスで世界を魅了したカリスマだが、インタビュールームで待っていたラミ・マレックは、穏やかで落ち着いた表情をたたえ、どちらかといえばカリスマ的オーラを放つタイプではなかった。身長は175cmとのことだが、華奢な印象も与える。

『ナイト ミュージアム』のエジプト王や、ドラマ「MR.ROBOT ミスター・ロボット」のエキセントリックな主人公が代表作だったラミ・マレックは、今回のフレディ役で早くもアカデミー賞候補との声も上がるなど、生涯の当たり役になりそうである。

役が決まる前から、前歯を付けてフレディになりきった

両親ともエジプト系のラミと、ペルシャ系インド人の両親をもつフレディ・マーキュリー。たしかに外見のアプローチはやりやすかったかもしれないが、目の前のラミは、今回の映画でのフレディとかなり印象が異なる。

「最初にプロデューサーから『フレディ・マーキュリーを君に演じてもらう企画を考えている。でもまだスタジオは決まっていない』という電話をもらった。そこで僕が思いついたのは、外見からフレディに近づくことだった。スタジオが決まった時点で、もしかしたら主役も変更になるかもしれない。だからフレディそっくりの前歯を作ってもらい、それを装着して生活し、僕のやる気を認めてもらおうとした。前歯を外すと、全裸になった気分になるくらい、その外見に慣れていったんだ」

当初、予告編を観たとき、ラミの付けた前歯は気になったが、全編を観るとまったく違和感がない。「外見から入る」という彼のアプローチが、スタジオ側も納得させたようだ。

「フレディにとって前歯はコンプレックスだったと思う。幼い頃のあだ名はバッキー(前歯をからかう単語)で、インタビュー映像などを見ると、彼は話すときも上唇を前歯にかぶせたり、手で口を覆うことが多かったりするんだ。でも前歯を矯正するというアドバイスには絶対に応じなかったらしい。歯の形を変えることで歌声に影響が出ることを恐れたんだろうね」

フレディだけでなく、他のメンバーの「そっくり度」もスーパー級。ただ似せているのではなく、立ち方や話し方、そして最も難しい「雰囲気」や「関係性」を4人全員が体現している。
フレディだけでなく、他のメンバーの「そっくり度」もスーパー級。ただ似せているのではなく、立ち方や話し方、そして最も難しい「雰囲気」や「関係性」を4人全員が体現している。

フレディ・マーキュリーの独特の歌唱力に、あの口の形も寄与していたという事実は、今回の映画でも語られる。外見でフレディと一体化したラミだが、さすがにステージでのパフォーマンスを再現するのは困難を窮めたという。クイーンの歴史でも「伝説」となった1985年のライブ・エイドでの18分のステージを、今回の映画でラミは「完コピ」したのだ。

「ライブ・エイドの撮影は、いま振り返っても気が遠くなるような仕事だった。フレディの動きを完全にマスターしなくてはならないが、彼は絶対に曲のカウントに合わせて動かない。思いのままに踊り、ステージを駆け巡る。ムーブメント・コーチという特殊な指導者が現場に来てくれて、フレディがどんな思いでこの動きをしたのか指導してくれたんだ。さらにピアノも弾くわけで、僕の俳優人生でも最も過酷なチャレンジになったよ」

そのチャレンジは見事に成功し、ライブ・エイドのシーンは、クイーンのファンは嗚咽をもらすほどの再現度となってスクリーンに立ち現れる。クイーンを知らない世代にも本能的な興奮をもたらす、奇跡の映像が完成された。

ライブ・エイドのシーンで熱唱するラミ・マレック。YouTubeにも残る当時のライブ・エイドの映像を観ると、いかに「完コピ」なのかがよくわかる。
ライブ・エイドのシーンで熱唱するラミ・マレック。YouTubeにも残る当時のライブ・エイドの映像を観ると、いかに「完コピ」なのかがよくわかる。

この『ボヘミアン・ラプソディ』ではフレディ・マーキュリーの私生活(恋人メアリーとの複雑な関係、セクシュアリティのカムアウト、バンド内での確執、AIDSとの闘いなど)にも焦点を当てる。ステージ上のカリスマとは異なる面も描き、そこに共感できたとラミ・マレックは語る。

「ライブでは十万人もの観衆を引き込む絶対的な王者が、プライベートでは気が弱く、人見知りな面もあった。演じる側としては、そこに大きく惹かれるんだ。僕も俳優という仕事をやってると、撮影現場で別人に変身しながら、家に帰れば静かな日常を送るわけで、共感できる部分が大きいのさ。まぁ僕自身の性格は自分で判断できないけどね」

時間が来ても「もう一問」の心遣い

天国にいるフレディも、今回のラミ・マレックの演技には満足していることだろう。「映像を観て、フレディの魂がのりうつったと感じました」と正直な感想を伝えると、ラミは満面の笑顔を浮かべた。

「本当に? それは最高の賛辞だよ! フレディの魂が降りてきたかどうかはわからないが、つねに彼に見守られている感覚はあった。撮影の最終日は、リオデジャネイロのコンサートで、フレディがステージ上から観衆を指揮し、深々とお辞儀するシーンだったけど、監督から『そのままの姿勢で』と指示があった。その直後、現場のスタッフ全員が僕に拍手を贈ってくれたんだ。あの瞬間、感極まったのと同時に、フレディの魂を近くに感じたかもしれない」

インタビュー終了の時間が迫り、パブリシストが「では、ここまで」と告げると、「ちょっと待って。この人はわざわざ日本から来たんだよ。せめてもう一問」と、気遣いをみせてくれたラミ・マレック(こんなことを言ってくれる人は珍しい!)。

日本にクイーンのファンが多いことも知っていて「フレディは日本の美術品のコレクターだったからね。僕も、何としても日本に行きたいんだ」と、このとき語っていたラミの夢は、間もなく実現する。

11月7日、日本での『ボヘミアン・ラプソディ』公開を前に、他のメンバー3人を演じたキャストとともに来日するラミ・マレックは、日本での『ボヘミアン・ラプソディ』への熱狂に火をつけることになりそうだ。

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『ボヘミアン・ラプソディ』

11月9日(金) 全国ロードショー

配給:20世紀フォックス映画

(c) 2018 Twentieth Century Fox

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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