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Netflix作品がトロントでも大活況。賞レースにも積極的に食い込む配信系。日本にも影響を与えるか

斉藤博昭映画ジャーナリスト
George Pimentel WireImageGetty for TIFF

9月6日〜16日に開催された、第43回トロント国際映画祭。北米最大規模のこの映画祭では、年末の賞レースを狙う作品が多数出品されるが、今年、その存在感を示したのが、Netflix(ネットフリックス)の作品であった。製作・配給(配信)作品を含めて8作品も出品。しかもその多くが話題を集めることになったのだ。

世界三大映画祭のひとつで、今年『万引き家族』がパルムドールを受賞したカンヌ国際映画祭は、劇場で公開されない映画、つまり配信(ストリーミング)のみの作品に対して、コンペティション参加の門を閉ざしている。フランスでは劇場公開作品が3年間、配信できないルールがあるので、カンヌのコンペのために余計な犠牲は払いたくないと、Netflix側もコンペ以外の部門にも出品を拒絶。両者は完全に決裂した。しかしヴェネチア国際映画祭はカンヌと反対に配信のみの作品も受け入れ、その結果、今年はコンペに3本もNetflixの作品が入り、そのうちの一本『ローマ』が最高賞の金獅子賞を受賞するという、なんとも皮肉な結果に……。

ヴェネチアのその3本は、アルフォンソ・キュアロンの『ローマ』、ポール・グリーングラスの『7月22日』、コーエン兄弟の『バスターのバラード』で、そのうち最初の2本はトロントでもお披露目された。そしてトロントで『ローマ』は観客賞の次点2位(実質3位)となり、ヴェネチアに次いで一般観客にも高評価。この後の賞レースでも存在感を示しそうな気配だ。

イングランド国王に追放されたスコットランドの英雄を描く『アウトロー・キング〜スコットランドの英雄〜』 (c) TIFF
イングランド国王に追放されたスコットランドの英雄を描く『アウトロー・キング〜スコットランドの英雄〜』 (c) TIFF

さらに注目すべきは、今年のトロントではオープニング作品もNetflix作品が飾ったこと。クリス・パイン主演の『アウトロー・キング〜スコットランドの英雄〜』は、ハリウッド超大作と呼んでもいい壮大スケールのアクション史劇。世界有数の映画祭のオープニングとしてふさわしいが、配信のNetflix作品であることが異例だった。この『アウトロー・キング』はアメリカなどで11月9日から配信され、要するに劇場公開されない作品が映画祭のオープニングなのである。

同じ配信系の大手、アマゾンは、アマゾンスタジオで製作した多くの作品を劇場公開しており、Netflixも配信と同時に劇場公開する作品もあるが、『アウトロー・キング』のように。まだまだ配信のみがメイン。今年のトロント国際映画祭が、そのNetflix作品を8本も上映したことで、今後の映画祭、アカデミー賞などの映画賞との関係に注目が集まっている。

『ゼロ・グラビティ』でアカデミー賞監督賞を受賞したアルフォンソ・キュアロンの新作『ローマ』はヴェネチアでグランプリの金獅子賞。(c) TIFF
『ゼロ・グラビティ』でアカデミー賞監督賞を受賞したアルフォンソ・キュアロンの新作『ローマ』はヴェネチアでグランプリの金獅子賞。(c) TIFF

アルフォンソ・キュアロンの『ローマ』は、ヴェネチア、トロントで評価されたことで、アカデミー賞の作品賞候補に絡んでくる可能性が高い。2年前に『最後の追跡』が作品賞や助演男優賞候補に入り、昨年度は『マッドバウンド 哀しき友情』が脚本賞や助演女優賞候補となるなど、Netflix作品はアカデミー賞でも存在感を示しつつある。Netflixはこれらの作品に対し、アカデミー賞の規定に従って、限定的ながら劇場公開させてきた。今年は『ローマ』にも同様の措置がとられる予定で、何かの部門で初の受賞に輝くかもしれない。

今回のトロントで『ローマ』を観て、改めて実感するのは「これは劇場の大スクリーンで観るべき作品だ」ということ。キュアロンが新たな撮影監督を迎え、全編モノクロの奇跡のように美しいカメラワークで展開する『ローマ』の魅力は、やはり劇場で味わいたい……というのは時代遅れな考えだろうか。アメリカとは別に、日本では今のところ劇場公開の予定はない。配信日も現在のところ未定だが、賞レースの行方次第で、日本のNetflixが劇場公開する可能性もなくはない。

ポール・グリーングラス監督らしいリアリティ重視の映像で、世界を震え上がらせたテロ事件を再現する『7月22日』 (c) TIFF
ポール・グリーングラス監督らしいリアリティ重視の映像で、世界を震え上がらせたテロ事件を再現する『7月22日』 (c) TIFF

ポール・グリーングラス監督の『7月22日』は、2011年にノルウェーで起こった連続テロ事件を映画化した作品で、とくに前半の事件再現部分は大スクリーンで恐怖を倍増させると感じる。この『7月22日』は早々とNetflixが10月10日の配信を決めている。同じようにトロントに出品され、人間と狼の闘いが信じがたい展開をみせる『ホールド・ザ・ダーク そこにある闇』も9月28日配信。

一方で、男性の肉体で生まれた「少女」がバレリーナになることを夢みる『Girl』は、今回のトロントで日本の配給会社が決まるなど、アカデミー賞云々にかかわらず、Netflix作品ながら各国で劇場公開される。いずれにしても、Netflixの作品群は、その設定や作品の手法などに野心的なチャレンジのものが多く、映画祭における多様性をかなえるにはうってつけでもある。

製作国はベルギーの『Girl』は、多様性を訴える現代にうってつけのテーマ。(c) TIFF
製作国はベルギーの『Girl』は、多様性を訴える現代にうってつけのテーマ。(c) TIFF

日本でもNetflixやHulu、アマゾンのオリジナル作品が作られているが、ここのところ、あまり大きな話題になっていない。そもそも日本の配信系オリジナルコンテンツは連続ドラマが多いこともあり、一般に「映画作品」としては認識されていない。もちろん映画賞の対象になることはなく、あくまでも「オリジナルドラマ」だ。しかしNetflix作品がこうして年々、世界の映画祭、映画賞をにぎわせる時代に突入したことで、日本の配信系も野心的な企画で「映画」を作るチャンスが訪れるのではないか。それこそ『カメラを止めるな!』のような作品が生まれることを望みたい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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