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昨年の『IT』『ゲット・アウト』の流れで、今年の秋も新種のホラー映画ブームが…来る!?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
幽霊が主人公の『ア・ゴースト・ストーリー』は厳密に言えばホラー映画ではないが…

昨年(2017年)の秋、サプライズの大ヒットとなったのが、11/3公開の『IT/イット“それ”が見えたら、終わり。』だった。人気スターも出演していないのに、日本で興行収入22億円を達成。ピエロの姿をしたペニーワイズというキャラクターの不気味さもSNSなどで浸透し、ふだんホラーを観ない若い世代にも強烈にアピールした。そしてもう一本が10/27に公開された『ゲット・アウト』。基本は主人公が底知れぬ恐怖を味わうホラーなのだが、人種問題やコメディ要素も加味され、映画ファンの間では大きな話題となった。ホラーとしては異例のアカデミー賞作品賞ノミネート。脚本賞受賞の快挙もなしとげた。

夏休み映画の反動で、超大作が少なくなる秋の興行は、もともとサプライズヒットが出やすい時期でもある。『ゲット・アウト』のようにアメリカでは2月公開で、その後の評判の高さによって日本でも公開が決定。比較的、劇場がブッキングしやすい秋の時期に決まる、というパターンも多い。

こうした「秋のホラーブーム」は、2018年も来そうな気配である。これまで味わったことのない感覚を届ける斬新な作品が多く、すでに公開されたアメリカでは、多少振れ幅はあるものの、異様に高い評価を受ける作品が目立つ。

音を立てたら死ぬ、という分かりやすさ

まず9/28公開の『クワイエット・プレイス』。

映画批評サイト、ロッテントマトの「フレッシュ」の数字は、批評家95%のハイスコア。

ホラー映画は、ルールがシンプルなほど怖いというケースが多く、この作品も「音を立てたら、危険」という基本が徹底されている。襲いかかってくる凶暴な「あるもの」は、目は見えず、鋭い聴覚で獲物の居場所を察知する。その強力なパワーによって人類が窮地を迎えるなか、生き残った4人家族がサバイバルを展開するのだ。会話は手話で行い、外を歩くときも裸足など、音を出さない生活を強いられる一家だが、当然、無音でいることは不可能。ちょっとした音が発生しそうになるたびに、われわれ観客もドキドキの極致を臨場体験することになる。この設定、やはり2年前にスマッシュヒットを記録した『ドント・ブリーズ』に似ているが、この『クワイエット・プレイス』は敵の正体が未知のレベルで、その姿が現れる瞬間も映画の見せ場となる。さらに主人公一家の家族愛が重要ポイントとして、サバイバル劇にマッチ。要するに、あらゆる要素や演出が的確&上質なので、ホラー映画ファン向けというより、サスペンス映画、エンタメとして高く評価されているのだ。

絶対に声を出しちゃダメ! こんなに「静かな」ホラー映画は初めて!?
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まるでホラー映画の「デパート」!?

そんな正統派の『クワイエット・プレイス』に対し、「いっちゃってる」感覚を届けるのが、11/30公開の『ヘレディタリー/継承』。

こちらもロッテントマトで批評家89%という高い数字。

祖母が亡くなったのをきっかけに、残された家族が怪奇現象に見舞われていくという、物語としてはホラー映画によくあるパターン。しかしその内容の「濃密度」が尋常ではない。ホラーとしてのあらゆる表現が詰め込まれているのだ。一家の母親がミニチュアの家を制作するアーティストで、そのミニチュアの家にカメラが寄ると、ドアから人が入ってきて、現実の家に変わるオープニングからして異様なムード。不気味な、謎の、暗闇に浮かぶ人影悪夢降霊術、精神を病んでいく人、子役の怪しい演技、わずかに開いたドア、日中の街にたたずむ怪しい、遺品から見つかる恐ろしい、そして目を覆う残虐描写……など、さながら「ホラー映画のデパート」のように次から次へと恐怖ネタや演出が用意される。

筆者は海外(ロンドン)の映画館で観たのだが、ある「音」などで何度か客席では大絶叫が起こり、時には笑い声も発生。この「笑い」、じつは重要で、大げさなあまりに恐怖を通し越して笑ってしまうのは、上質なホラー映画の魅力のひとつ。要するに「作りもの」としてのサービス精神が、この『ヘレディタリー/継承』ではうまく機能している。ホラー映画にそんなに詳しくない層にも「ヤバい映画」として口コミで広まれば、意外なヒットもあるかもしれない。

この一家が迎える運命の「ヤバさ」は、ちょっと常識を超えている…
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幽霊が主人公なのに、ホラーじゃない?

そしてビジュアルは明らかにホラーっぽいのに、じつは……という傑作もある。11/17公開の『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』。

この作品もロッテントマトで批評家91%

主人公は突然の事故に遭った男で、病院で死亡宣告されるが、かぶせられたシーツごとムクッと起き上がり、そのシーツのままで幽霊として現実をさまよう。シーツの幽霊は自宅で愛する妻を見守ったりするのだが、生きている人たちの目には映らない。しかし近所にいる同じ幽霊には認知されたり、強い思いによって物体を動かしたりと、あの『ゴースト/ニューヨークの幻』を連想させる作りだ。

だがこの映画、さらに別次元へと観客を誘い込む。幽霊の世界の「感覚」が、独特の映像と演出で表現され、ちょっぴり壮大なテーマも見えてきたりする。しかもシーツと二つの黒い目という、古典的な幽霊ビジュアルの主人公が、肉体全体の動きや立ち姿だけで感情を表現(シーツの中で演じているのは、オスカー俳優のケイシー・アフレック)。幽霊の悲しみや喜びが伝わってくるのは、ちょっとびっくり! 怖い映画ではないのでホラーとは言えないが、新たなゴースト映画の誕生である。

この『ア・ゴースト・ストーリー』も『へレディタリー/継承』も、ともに「A24」の作品。『ムーンライト』や『レディ・バード』などアカデミー賞を賑わせる作品を送り出している、気鋭の製作会社である。

その他にも毎年、公開が続く「死霊館」シリーズのスピンオフ最新作『死霊館のシスター』(9/21公開)や、ノルウェーを舞台に、主人公の初恋をきっかけに衝撃的現象が起こり始めるスタイリッシュなホラー『テルマ』(10/20公開)、近年のホラーの傑作『イット・フォローズ』を撮った監督の新作で、ホラーテイストも備えた『アンダー・ザ・シルバーレイク』(10/13公開)など、2018年の秋の映画界は、昨年以上にホラーや、ホラーらしい作品があちこちで話題を集めそうだ。

『クワイエット・プレイス』

9月28日(金)、 全国ロードショー   配給:東和ピクチャーズ

(C) 2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

『ヘレディタリー/継承』

11月30日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

提供:ファントム・フィルム/カルチュア・パブリッシャーズ

(c) 2018 Hereditary Film Productions, LLC

『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』

11月17日(土)、全国ロードショー 配給:パルコ

(c) 2017 Scared Sheetless, LLC. All Rights Reserved.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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