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アメリカで映画を撮る。日本人、女性という形容に意味は?『オー・ルーシー!』平柳敦子監督インタビュー

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『オー・ルーシー!』の日本公開を前にしたアメリカ在住の平柳敦子監督(撮影:筆者)

 映画を観て、撮った監督の「国」や「性別」に言及する必要は、どこまであるのか。人は何かと形容詞をつけて表現したくなる。『オー・ルーシー!』の場合、「日本人女性監督」が日米合作の映画を撮ったことが作品のひとつのセールスポイントになっている。2017年、カンヌ国際映画祭批評家週間に同作が選出された際も、「日本人監督では10年ぶり」などと伝えられた。

 たしかに周囲から見ればその状況はレアなケースかもしれないが、平柳敦子監督自身は、どう考えているのだろう。高校時代からアメリカに留学し、その後、5年間、シンガポールで大学院生活を送った以外は、基本、アメリカで生活している。

(※注:平柳監督の「柳」の字は、正式には真ん中の部分がカタカナの「タ」)

「日本人とアメリカ人。そのどちらにも属さない感覚でしょうか。たまに日本に帰国すると、たしかに異質な感じは受けます。でもその感覚によって、両方の視点で何かを見つめる姿勢が、どこへ行っても身についている気はしますね。ただ、映画を撮るとき、そこを強く意識しているかどうか。そこまでは自分ではわかりません」

金髪のウィッグを着け「ルーシー」と名乗ることで、ヒロインは新たな人生を模索するように…
金髪のウィッグを着け「ルーシー」と名乗ることで、ヒロインは新たな人生を模索するように…

 平柳監督の『オー・ルーシー!』は、寺島しのぶが演じる主人公が英会話教室で出会ったアメリカ人教師の青年を追いかけ、ロサンゼルスへ向かう物語。日本とアメリカの合作であり、その両方の国で撮影が行われたこともあって、何の情報もなく作品に接したとき、監督が「どこの国の人なのか」わからない印象もある。外国人が撮った東京でもあるようで、日本人が撮ったロサンゼルスであるようなのだ。ソフィア・コッポラ監督の『ロスト・イン・トランスレーション』も頭をよぎる。では、「女性監督」とカテゴライズされることについて、平柳監督は何を思うのか。

「女性監督というキャッチフレーズができるのは、男性に比べて圧倒的に数が少ないからでしょうが、映画監督は家を空ける時間がどうしても長くなり、女性にとって妊娠や育児が仕事上の高いハードルとなるのは事実です。本来なら男女半々の割合でもいいわけで、そのために多くの障害がクリアされなければいけないと感じます。私が暮らしたシンガポールでは、ベビーシッターの料金が日本よりはるかに安かったりしますから、そのあたりも日本で改善されていくといいのですが……。今回の『オー・ルーシー!』は私をサポートする仲間が集まって作ったので問題ありませんでしたが、今後、もしハリウッドのスタジオなどと仕事をすることになったとき、『女性』とか『アジア系』ということで、何か障害が訪れるのか。それはまだこれからわかることです」

『オー・ルーシー!』のスタッフでは、撮影監督も女性(PAULA HUIDOBRO)。今回は意識的に女性を探したという平柳監督だが、カメラマンとの“関係性”には発見もあったようだ。

「仕事相手は男性でも女性でも、性が存在しなくてもかまいません。ただ、性別関係なしにカメラマンとは“夫婦関係”になるようです。カメラマンが夫で、監督の自分が妻という関係が私にはやりやすいようです。あくまでもエネルギーが行き交う関係として……ですけれど」

『オー・ルーシー!』は、平柳監督がニューヨーク大学大学院の修了作品として撮った同名短編が高く評価され、長編へと発展した作品。当然ながら、資金調達など多くの困難もあった。

「日本でもスポンサーを探そうとしましたが、無名で、しかも日本に住んでいない監督の作品にお金を出してくれるところはなく、早々と諦めました。資金集めは苦労も多かったのですが、自分で駆け回り、プロデューサーも兼ねたことで、作品のファイナル・カット(最終編集権)を得たのは大きかったですね。あのコーエン兄弟でさえ、ファイナル・カットを与えられないとエージェントから言われました」

撮影は日本とカリフォルニアで行われた。日本のシーンはどこか外国人が眺めた風景のようでもあり、逆にアメリカのシーンは現地の生々しい雰囲気が伝わる。
撮影は日本とカリフォルニアで行われた。日本のシーンはどこか外国人が眺めた風景のようでもあり、逆にアメリカのシーンは現地の生々しい雰囲気が伝わる。

 何かと規制の多い東京でのロケーションも、ロケハンチームの働きで乗り切ったが、やはりアメリカと比べると難しかったという。

「駅のプラットホームのシーンは、どうしても日本で許可がとれず、結局、CGも使うことになりました。その理由は、映画を観てもらえればわかるかもしれません。アメリカでは映画がビジネスになっているので、同じケースでも許可はとりやすいと思います。まぁ、お金はかかりますけど(笑)」

 今後もアメリカで映画を撮り続けたいという平柳監督。ハリウッドのスタジオと仕事をする可能性も広がるわけで、『オー・ルーシー!』とは比較にならないジレンマも生じるかもしれない。

「どこまで本気でその作品を撮りたいか。そして、外から出された条件をどこまでのんで、譲歩できるか。そのバランスが今後、試されると思います。あとはタイミングをうまくつかむかどうか。『オー・ルーシー!』も譲歩を迫られた点があったのですが、とにかく作品が完成しなければ意味がないという考えが根本にあり、達成できたと考えています」

 映画を好きになったきっかけは、ジャッキー・チェンだったという平柳敦子監督。インタビュー中も、そのジャッキー・チェンのように強いエネルギーが伝わってきたので、次回作を観られる日は、そう遠くなさそうである。

画像

オー・ルーシー!

東京に暮らす43歳の会社員、節子(寺島しのぶ)は結婚歴もなく、単調な毎日を送っていた。姪の美花(忽那汐里)から英会話教室に払った授業料を肩代わりしてくれと頼まれた節子は、美花の代わりに教室に通い始める。そこで出会ったのが、アメリカ人教師のジョン(ジョシュ・ハートネット)。金髪のウィッグを着け、「ルーシー」という名をもらった節子は、もう一人の生徒、小森(役所広司)と授業を受けるうち、ジョンへの想いが急速に高まっていき……。

4月 28 日(土) より、ユーロスペース、テアトル新宿 他にてロードショー

配給:ファントム・フィルム

(c) Oh Lucy,LLC

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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