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「オタクは2種類いる」。ほとばしるクリーチャー愛…ギレルモ・デル・トロ監督インタビュー

斉藤博昭映画ジャーナリスト
来日したギレルモ・デル・トロ監督(写真提供/20世紀フォックス)

映画監督は、自分の作品に込めた思いを熱く語るものだ。とはいえ、彼らは新作で何度もインタビューに答え続けるので、ありきたりの答えが返ってくることも多々ある。しかし、この人だけは違う。ギレルモ・デル・トロ監督である。これだけの巨匠になっていながら、以前とまったく変わらない誠実さで、ここまでインタビューに楽しそうに答える人は珍しい。心から映画監督としての仕事、そして自分の作品を愛していることが伝わってくるのだ。

ポップカルチャーと古典をつなげるのが僕の使命

3月4日(現地時間)のアカデミー賞では作品賞ほか最多13部門でノミネートを果たした『シェイプ・オブ・ウォーター』。日本公開(3/1)を前に来日したギレルモに、世間のイメージで、たびたび「オタク監督」と称されることについて聞いてみた。

「オタク、オタクってみんな言うけど、オタクには2種類あると思うんだよね。ひとつは、ポップカルチャーが大好きで、そこに深くハマっていく人。そしてもうひとつは、入口はポップカルチャーかもしれないが、深く追求するあまり、どんどん興味が他の分野まで広がってしまった人。僕の場合、後者なんだよ」

メキシコ出身のギレルモが、少年時代にTVで見た日本の「ウルトラマン」「鉄人28号」「マグマ大使」「コメットさん」、手塚治虫作品のアニメなどに夢中になり、モンスター愛を育んで、『パンズ・ラビリンス』や『パシフィック・リム』を撮ったのは有名。オタクとして「他の分野に広がった興味」は、彼の口から次々と出てくる。

三島由紀夫江戸川乱歩ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)、オスカー・ワイルドヴィクトル・ユーゴーロバート・ルイス・スティーヴンソンという文学に広がり、絵画ではモネドガダリ、そして日本の漫画では楳図かずお伊藤潤二へと興味が拡大した。オタク監督としての僕のポリシーは、新しいポップカルチャーと伝統ある古典作品を、とことん純粋な愛情でつなげることなんだ。ポップカルチャーだけに留まることには、まったく興味がないよ」

過去と現代をつなぐこと。その意識が、1962年、東西冷戦下を舞台にした、人間の女性と半魚人のような生き物のピュアな愛を描いた『シェイプ・オブ・ウォーター』で表現されていると、ギレルモの口調は熱くなる。

「『パンズ・ラビリンス』もそうだったけど、おとぎ話を作りたかったのさ。僕には多くのおとぎ話の知識があるから、何が現代の映画としてうまくいくかは、だいたい直感でわかる。たとえばワーテルローの戦いをナポレオンの視点で描いたら大して面白くない。ナポレオンのズボンにアイロンをかける人の視点だったら、ユニークな映画になるだろう? そういう考えで、今作は研究所で掃除をするヒロインになったのさ。そもそも僕は女性キャラがアクションを起こす物語が大好きなんだよね(笑)」

口のきけないイライザは、同じく人間の言葉を話さない半魚人と「気持ち」と「手話」で心を通わせる
口のきけないイライザは、同じく人間の言葉を話さない半魚人と「気持ち」と「手話」で心を通わせる

ウルトラマンではなく北斎を参考に

もちろん今回、この「おとぎ話」を成立させているのも、一見、奇怪なクリーチャーである。半魚人であることから「ウルトラマン」に出てきた怪獣、ラゴンもヒントになったのだろうか?

「ラゴンか! なつかしい(笑)。でも残念ながら、今回は『大アマゾンの半魚人』(1954年の映画)も含めて過去のキャラクターは一切、頭から消して作り上げた。参考にしたのは日本の浮世絵で、葛飾北斎が描いた鯉のウロコを、クリーチャーの皮膚の表現に取り入れたよ。シルエットはギリシャの神々の彫刻をイメージしたし、悲しさや知性、怒り、そしてマヌケさも伝える顔の造形が完成するまで、3年くらいかかったんじゃないかな。まさに芸術品と呼んでもいいと思う。主人公のイライザが惹かれるように、観客もこのクリーチャーを好きになってほしい」

北斎の鯉の絵や、クリーチャーのデザインの過程を、自分のパソコンの画像を見せながら解説するギレルモは、じつにうれしそう。半魚人をボディスーツと特殊メイクで演じたダグ・ジョーンズは、これまで『パンズ・ラビリンス』の怪人たちや、『ヘルボーイ』のやはり半魚人キャラなどを任されてきた。ギレルモも全幅の信頼をおいている。

「あのスーツを着た瞬間、ダグは半魚人になりきっていた。僕は、水中から出てくるシーンで『20階建てのビルになって人を見下ろすように』と演出した程度だ。肉体全体のカーブや、腰のひねり具合など、彼は水棲生物らしい動きをそのまま陸上で表現していたよ。そうしたダグの半魚人の動きに、やがてヒロインも同調し、バレエのような美しいシーンが完成したんだ。言葉を話さない二人が最も心を通わせる。そこに本作のテーマがある。僕の理想は、音がなくても感動させる映画なんだよ」

おそらく他の監督なら、これほどマニアックで奇抜な要素を、メジャーの観客向けの映画として作ることは不可能だろう。

「スタジオには、とにかく予算が少なくていいから、完全な創作の自由を与えてほしいと頼んだ。半魚人とヒロインのラブシーンなど、細心の注意を払う必要があるリスキーな演出もあったが、リスクに挑み、それが成功したときこそ映画は輝くんだよ」

浦沢直樹の「MONSTER」は、まだ進行中?

その言葉どおり、『シェイプ・オブ・ウォーター』は唯一無二の美しい輝きを放つことになった。そして気になるのは今後だが、以前から話していた日本のコミックの映画化はどうなっているのだろう。

「『MONSTER』は、まだ企画が動いてるよ(笑)。浦沢直樹さんの原作に忠実にやりたいし、TVシリーズにしたいので、簡単な作業ではないんだ。『GANTZ』は、ソニー・ピクチャーズが権利を獲得したので、僕の手から離れてしまった。残念だ……。とりあえず今は1930年代のクラシック映画を観たり、若いときに読んだ本を読み返したりして英気を養ってるところ。以前のように将来への不安もないから、毎日が平和な気分だよ(笑)」

「彼岸島」もギレルモの映画化リストに入る可能性があったりして……(撮影/筆者)
「彼岸島」もギレルモの映画化リストに入る可能性があったりして……(撮影/筆者)

日本のコミックとモンスターということで、この日のインタビューで人気コミック「彼岸島」の単行本を渡すと、ギレルモ・デル・トロは楽しそうにページをめくりながら、「このモンスターいいね? 作者の名前、教えて」と興味津々の様子だった。ちなみに漫画家の伊藤潤二氏とは今回の来日中にカラオケへ行くはずだったが、直前に予定が変更になったとか。

間もなく発表されるアカデミー賞で、『シェイプ・オブ・ウォーター』がどの賞に輝くのか? そしてギレルモ自身は念願の監督賞を受賞できるのか? オスカーを手にして世界の巨匠になっても、おそらく彼の作風、そして性格は変わらないだろう。映画ファンとして、永遠に応援し続けたい監督である。

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『シェイプ・オブ・ウォーター』

3月1日(木)、全国ロードショー

配給/20世紀フォックス映画

(C) 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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