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今年のオスカー像も棚に置けば過去のもの。振り返らない男、ジャッキー・チェン インタビュー

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『スキップ・トレース』はファン待望の、アクション&笑いも満点のバディムービーだ

香港の中心街から車で30分。

行き交う車も少なく、目に入るのはジョギングをしている近隣の住民くらい……。

ジャッキー・チェンのオフィスは静かな住宅地の一角に建っていた。9月1日(金)から公開される新作『スキップ・トレース』のインタビューを行うため、そのオフィスを訪れた。

いつものイメージそのままの温かい笑顔で迎えてくれるジャッキー。自身のオフィスということで、よりリラックスした表情の彼は、インタビューが始まるやいなや、日本の雑誌を手に取り、こんなことを話し始める。

日本で話題の寝台列車に乗りたい!?

「いま日本では、豪華な寝台列車が話題なんだよね? (手元にあった雑誌をめくって)これ、これ! でもしばらく予約が取れないって本当なの? なんとか乗れないかなぁ」

ジャッキーが話題にしたのは、あの高級寝台列車、TRAIN SUITE 四季島だ。なぜ、こんな話から始まったかというと、『スキップ・トレース』に関係があるからだ。

「日本には何度も行って、全部知ってるつもりでいても、こんな風に鉄道の旅ができるとは知らなかった。未発見の楽しみがまだまだたくさんある。だから日本の雑誌を定期購読して、つねに知識を得ているんだ。今回の『スキップ・トレース』も、中国のユニークな場所や風習を、長年、温めていた物語に盛り込んだのさ。監督が外国人(『ダイ・ハード2』のレニー・ハーリン)なので、外からの視点も効果的になったね。日本も中国も、韓国も、もっと自国の素敵な場所を取り入れた映画を、外国に向けてどんどん作るべきじゃないかな」

そう、この作品は、ジャッキーが30年近く前から考えていた企画なのだ。当時はジェット・リーと共演するつもりで構想していたと、彼は明かす。9年前の『ドラゴン・キングダム』で、そのジェットと共演したジャッキーをインタビューしたとき、彼はこんなことを話していた。

「ジェットと僕で、15年前に考えていたストーリーを映画にしたい。当時、ハリウッドで脚本にまでなったけど、その仕上がりが気に入らなかった。だから今回、撮影が終わった後、僕はジェットと抱き合って、耳元で『あの企画、ぜひやろう』とささやいたのさ」

アクションスターとしての葛藤は今……

予想外の急流だったというイカダのシーン
予想外の急流だったというイカダのシーン

残念ながら、ジェット・リーとの再タッグは実現しなかったが、念願のストーリーは『スキップ・トレース』として完成した。香港警察の刑事ベニーが、アメリカ人詐欺師とともに、ロシアからモンゴル、中国を駆け巡る、ジャッキー得意のバディ・アクション。マトリョーシカを武器にしたり、崩れ落ちる水上の家を駆け抜けたり、ジャッキー映画らしいシーンもたっぷりで(熱唱もある!)、ファンは大満足の作品になっている。現在、63歳で、もちろん最盛期のキレはないものの、過去何年かの作品に比べると、今作でのアクションへの挑戦は過酷を極めている。実際にイカダから急流に落とされるシーンでは「本当に溺れて、このまま死ぬかと思った」と、ジャッキーらしからぬ恐怖体験も打ち明けた。

2010年の『ベスト・キッド』でインタビューしたときは、「もうファイトシーンはあまりやりたくない。演技ができるアクターへと変わっていきたい」と告白。さらに翌年、監督も兼ねた『1911』では、「国際マーケットのために椅子を使った僕のアクションを入れた。拳銃アクションを止めて演技派になったクリント・イーストウッドが見本なんだけど」と、もらしていたジャッキー。何度も取りざたされている「アクション俳優、引退」について今回も聞くと、彼は真剣な表情になる。

「たとえば空中回転などは、もう控えようと思うが、自分で可能な動きはスタントマンに頼らず、これからもやっていきたい。まだまだ身体は自由に動くからね。『ここでもう止めてしまおう』と考えると、完全にサボリ癖がついてしまう。だから食生活もトレーニングもこれまでどおり。変わってないよ」

今年は主演作が3本も日本で公開

共演はジョニー・ノックスヴィル。「ジャッカス」での無謀&危険なスタントでおなじみ
共演はジョニー・ノックスヴィル。「ジャッカス」での無謀&危険なスタントでおなじみ

ここのところ、映画のキャンペーンで来日する機会がなかったジャッキーだが、相変わらず日本での人気は絶大。「日本のファンは家族と同じ」と彼も感謝する。しかし2017年は、息子のジェイシーや池内博之共演し、すでに公開された『レイルロード・タイガー』に、この『スキップ・トレース』、そして年末の『カンフー・ヨガ』(なぜこのタイトルか、観てのお楽しみ!)と3本の作品が日本にお目見え。ファンにはうれしい年になった。

そんなファンが今年、喜んだのは、ジャッキーのアカデミー賞受賞かもしれない。米アカデミー賞の名誉賞を受け、授賞式にも出席した。その思いを聞いてみると……。

「授賞式でオスカーを受け取ったときは、自分でも意外なほど感動した。審査委員が全員一致で僕の名誉賞を決めてくれたそうで、とても感謝している。ただ、オスカー像を持って帰り、棚に置いた瞬間、新しいページがめくられた気がした。いま、きみに言われるまで、アカデミー賞の件はすっかり忘れていたよ。それくらい僕は、その日、その日に何をするべきかしか考えていないんだ。こうして取材を受けていても、スタッフの動きを見ながら『彼は使える』などと、次の仕事に頭を巡らせてしまうのさ」

アクションの話にしても、オスカーの話にしても、60代の現在も決して後ろを振り返らない、スターの姿がそこにあった。

インタビューが終わると、日本から来たわれわれのために、香港の「おしるこ」風デザートを、彼自らがカップによそって渡してくれた。「僕の大好物だから、一緒に食べたいんだよ」と、ここまで気遣いをみせるトップスターも珍しい。

『ドランクモンキー 酔拳』などで人気を得てから、かれこれ40年。ハリウッドでも崇められる人物になっても、まわりへの感謝の気持ちを忘れないのが、ジャッキーのモットーなのだ。

親の世代から子供たちの世代へ……。日本でもファン層が自然に広がっていったのは、素顔の魅力も大きく貢献していることだろう。いつまでも応援したくなるスター。それが、ジャッキー・チェンである。

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『スキップ・トレース』

9月1日(金)、全国ロードショー

配給:KADOKAWA

(C) 2015 TALENT INTERNATIONAL FILM CO., LTD. & DASYM ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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