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長澤まさみを振付した才能も参加。カーアクションなのにミュージカル…で絶賛の『ベイビー・ドライバー』

斉藤博昭映画ジャーナリスト

夏映画の公開も終盤にさしかかってきたが、アクションやアニメの大作の陰で、映画ファン、マスコミの間でめちゃくちゃ評判の高い一作が8/19に公開される。それが『ベイビー・ドライバー』だ。

少年時代の悲劇的な事故が原因で、耳鳴りが止まらなくなった主人公「ベイビー」は、イヤホンで音楽を聴いているときだけ、その耳鳴りを忘れることができる。そして彼は、天才的ドライビングテクの持ち主。その腕が見込まれ、犯罪組織からドライバーとして雇われている。そんなベイビーがウェイトレスのデボラと恋に落ち……と、ストーリーにはとくに目新しさはない。

しかしこの映画、音楽と映像のシンクロ率がすさまじいばかり。

ベイビーがiPodで聴いている曲が、そのまま映画の音楽として流れ続けたりするので、観客もベイビーら登場人物と同じ曲を聴き続ける。そしてその曲のリズムや歌詞に、映像やカット割りがぴったりとシンクロする……と、ここまでも、ある意味ではよくあるパターンだ。しかし『ベイビー・ドライバー』は、登場人物の演技や、銃撃、カーチェイスなども流れる曲と鮮やかに一致。そんなシーンが全編に満載なのだ。音のひとつひとつまで、綿密に計算された演出! 要するにこれは、ミュージカルの作りなのである。ということで今作には、「振付家」が雇われた。その名は、ライアン・ハフィントン。長澤まさみが銭湯で激しく踊る「アンダーアーマー」のCMも、この人の振付だ。

このCMを観れば、おのずと『ベイビー・ドライバー』のノリもわかるだろう。MV感覚といえがそれまでだが、映像と音楽の麗しき一体感を、観客は全身で受け止め、アドレナリンが上がっていくのである。

ちなみにライアン・ハフィントンは、覆面シンガー、シーアのMV「シャンデリア」なども手がけている。

セットに流れる曲に合わせて俳優たちが動く

カーアクション映画なのに、ミュージカルのスタイル。この演出法について、監督のエドガー・ライトは先日の来日記者会見で次のように説明してくれた。

来日会見でのエドガー・ライト(撮影/筆者)
来日会見でのエドガー・ライト(撮影/筆者)

「リハーサルの時から、そのシーンにかける曲を流しながら、俳優には演技のタイミングをつかんでもらった。本番でももちろん流して、演出したよ。セリフのないシーンは、セットが大音量で包まれたね。ベイビーだけがiPodで曲を聴いているシーンも、実際にその曲を彼がイヤホンで聴いている。そして複数の人物が特定の音に反応するシーンでは、俳優たちの耳に『イヤーウィッグ』という器具を装着した。カメラには映らないような小型のものだよ。そうやって曲の音、ひとつひとつに反応してもらってる。とにかく登場人物が聴いている曲を、観客に一緒に体験してほしかったんだ。撮影で使った曲はすべて、完成作に流れているよ」

ここで仕事を任されたのが、ハフィントンだ。俳優たちは、ダンスのごとく動きのタイミングが指示された。その結果、犯罪を司るボス役、ケヴィン・スペイシーの身振り手振りのシーンも、ベイビーが耳の聞こえない養父に向けた手話のシーンも、音楽に乗ったダンスパフォーマンスのように見えてくるから不思議! もちろん銃を撃つタイミング&ポーズも振付の指示どおり。逃走シーンの車ですら、ダンサーと同じ役割を果たしているのだ。

ジェイミー・フォックスら実力派共演者の怪演も、映画のノリにマッチ
ジェイミー・フォックスら実力派共演者の怪演も、映画のノリにマッチ

こうして、かつてない「カーアクション・ミュージカル」が誕生したわけだが、ベイビーとデボラの関係などストーリーの面白さも抜群のため、今作は「カーアクション版『ラ・ラ・ランド』」などとも形容されることになった。

満島ひかり+ラ・ラ・ランドも思い出す

『ラ・ラ・ランド』といえば、同作で振付のアシスタントを務めた有名ダンサー、ジリアン・メイヤーズが、MONDO GROSSO(大沢伸一のプロジェクト)のアルバムのMV満島ひかりを振付。彼女の歌とダンスが話題を集めたのも記憶に新しい。期せずして、長澤まさみと満島ひかりという2大女優が、『ベイビー・ドライバー』と『ラ・ラ・ランド』というハリウッドの傑作とダンスでシンクロしていたのは、偶然とはいえ、うれしい現象だろう。

画像

『ベイビー・ドライバー』

8月19日(土)、全国ロードショー

配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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