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ダンス映画の傑作が夏から秋にかけて続々。静かながらも力強いブームを作る

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ハワイで撮影されたセルゲイのこの動画は、YouTubeで2000万回以上の再生

ラ・ラ・ランド』、『美女と野獣』といった大ヒット作が生まれている2017年。2作とも、歌って踊るミュージカルの要素が強いが、今年はそれ以外にも、水谷豊が監督・主演した『TAP-THE LAST SHOW-』も公開され、例年以上に「ダンス」をフィーチャーした映画が目立つ。「ダンス映画ブーム」と呼ぶには大げさかもしれないが、この流れは夏・秋も続き、ダンスやダンサーをテーマにした傑作や野心作が次々と公開される。ダンスファンにとってはうれしい年になりそうだ。

天才ダンサーの衝撃の素顔が…

今週末から公開されるのが、『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』。16歳でローザンヌ国際バレエコンクールの金賞に輝き、名門、英国ロイヤルバレエ団で史上最年少(19歳)の男性プリンシパルになった天才ダンサーのドキュメンタリー。しかし、このセルゲイ、「バレエ界の異端児」「問題児」などと呼ばれている。スターダンサーとしての人気も絶頂を極めた前途有望な22歳で、彼はロイヤルを電撃退団。本作は、その裏に秘められた真相と素顔にも迫っていく。

先日、来日したセルゲイは「タトゥーは僕にとって自由の証」と告白していた
先日、来日したセルゲイは「タトゥーは僕にとって自由の証」と告白していた

この人、どこが異端児かといえば、まず全身のタトゥー。王子役としての演目があるにもかかわらず、彫り師との会話が楽しいからとタトゥー屋に通う自由さ。そしてハイな気持ちで舞台に立ちたいからと薬物を常用し、パーティでの大騒ぎも大好き。ロイヤル時代から、そんな感じなのである。しかしその裏には、ダンサーとして過酷な日常を強いられており、ウクライナの家族が自分のために出稼ぎに行く事情もあったりと、生々しい姿が浮き彫りになってくる。天才ダンサーの「リアル」をここまで突き詰めた作品も珍しい。

そして要所で紹介される舞台の映像は、ため息もの。美しさと力強さを完璧に融合させた、男性バレエダンサーの見本のような動きが収められている。ロイヤルを辞めたセルゲイは、自由な表現活動に没頭(年末公開の『オリエント急行殺人事件』では俳優としてジョニー・デップらと共演)。若いダンサーを支援する会社も立ち上げたりしており、今後、古典のバレエ作品に出るチャンスは少なくなりそうで、そこだけが残念だ。

アニメながら基本は的確!?

ちょっと異色のダンス映画も、この夏に公開される。『フェリシーと夢のトウシューズ』だ。バレエの世界をアニメで描くというのは、ある意味でチャレンジ。観客がダンスに感動するのは、たとえ映画であっても、やはり生身の人間の肉体表現だから。アニメになってしまっては、どんな動きも可能になってしまう……と思っていたら、この作品、物語の舞台にもなっているパリ・オペラ座のオレリー・デュポン(芸術監督)、とジェレミー.ベランガール(元エトワール)が「振付」を担当しているのだ。

バーレッスンのシーンは教科書のように正確
バーレッスンのシーンは教科書のように正確

アニメだから、動きのスピードやジャンプに「誇張」はある。しかし、実際にオレリーとジェレミーが全キャラクターのダンスを考案し、その動きを基にアニメにしているので、バレエ好きな人が観ても、しっかりと基本が守られた映像に仕上がった。その結果、『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン〜』と同じく、バレエの理想型を何度も目撃できる。物語はやや強引で、ご都合主義の部分もあるが、バレエファンの視点で観れば、「基本」ができているから許せてしまう(「巨人の星」のような特訓シーンは、けっこう笑えます!)。

そのパリのオペラ座に関しては、『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』というドキュメンタリーも7月22日に公開。マチュー・ガニオ、オニール八菜、ウリヤーナ・ロパートキナ、さらにウィリアム・フォーサースらの貴重な映像が収められている。

秋にも、さらなるダンス映画の傑作が待機している。

振付家の才能を実感できる、2本の必見作

まず『ポリーナ、私を踊る』。フランスのバンド・デシネ(コミック)を原作にした今作は、コンテンポラリーダンスの振付家として世界的に有名な、アンジュラン・プレルジョカージュが共同監督を務めている。「振付家が撮った映画」として大いに注目に値するのだ。ロシアの貧しい家庭で育った少女ポリーナが、ボリショイ・バレエ団のオーディションに受かるも、コンテンポラリーに魅せられてフランスのカンパニーの門を叩く、というストーリー(この展開も『セルゲイ・ポルーニン』とシンクロする)。

主人公を演じるのは、アナスタシア・シェフツォア。「踊れること」を優先に抜擢
主人公を演じるのは、アナスタシア・シェフツォア。「踊れること」を優先に抜擢

この映画、振付家の視線が独特で、トウシューズの動きのアップや、ふだん見られないアングルからのステージ上のパフォーマンス(こんな風に見えるのかと、びっくり!)など、過去のダンス映画と比べても斬新。しかし芯には、「なぜ人は踊るのか」という根源的なテーマが貫かれ、自分らしく踊ろうとするヒロインの姿に、ダンサーを志す人は強烈なメッセージを受け取ることができる。

そして『ミスター・ガガ 心と身体を解き放つダンス』。イスラエルのバットシェバ舞踊団の芸術監督、オハッド・ナハリンのドキュメンタリーだが、日常の動きを発展させたダンスとしては、この人の振付、現代の最高峰だろう。扇情的、衝撃的なパフォーマンスの数々にも驚くが、ダンサーの本能的部分を引き出そうとするリハーサル風景に引き込まれる。タイトルの「GAGA(ガガ)」とは、ナハリンが考案したダンス・メソッド。ダンス経験のない人にも、肉体表現にインスピレーションを与える一作でもある。マーサ・グラハム、モーリス・ベジャール、ルドルフ・ヌレエフら、20世紀のダンスの歴史を作った人とナハリンの交流が、映像で収められているのも必見だ。

映画の公開と同時期に、バットシェバの公演とナハリンのワークショップも日本で開催
映画の公開と同時期に、バットシェバの公演とナハリンのワークショップも日本で開催

スクリーンで登場人物たちが踊り始めれば、それだけで心ときめく人も多く、ダンスと映画が起こす化学反応は、アクション映画と似たような興奮ももたらす。来年にかけては、ヒュー・ジャックマンが歌って踊るミュージカルも控えており、この2017年は、ひっそりとしたブームかもしれないが、ダンス映画の傑作にあふれた一年である。

『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』

7月15日(土)より、Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

配給:アップリンク

(c) British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. / 2016

『フェリシーと夢のトウシューズ』

8月12日(土)、新宿ピカデリーほかにて全国公開

配給:キノフィルムズ

(c) 2016 MITICO- GAUMONT- M6 FILMS- PCF BALLERINA LE FILM INC.

『ポリーナ、私を踊る』

10月28日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

配給:ポニー・キャニオン

(c) 2016 Everybody on Deck- TF1 Droits Audiovisuels- UCG Images- France 2 Cinema

『ミスター・ガガ 心と身体を解き放つダンス』

10月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

配給:プレイタイム

(c) Gadi Dagon

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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