Yahoo!ニュース

「ローガン」「カーズ」。マーベルもピクサーも「衰え」をテーマに、シニア世代へのアピールが濃厚に

斉藤博昭映画ジャーナリスト

現在、日本で劇場公開中の『LOGAN/ローガン』では、ヒュー・ジャックマンがウルヴァリン役を引退する一作となっている。肉体が傷を負っても脅威の治癒力で回復し、鋭いカギ爪で敵を倒すミュータントのウルヴァリンも、年齢を重ねるうちに能力が衰えてきた。自らの老いとの闘いが作品のテーマのひとつであることは明らか。無敵ヒーローとしての活躍は過去のものとなり、リムジンのドライバーとして日銭を稼ぎ、酔った客にからまれてもガマンの日々。自慢のヒゲを手入れする余裕もなく、老眼(まさにローガン…)も進んでいる。帰宅すれば、自分以上に肉体と精神が衰えた恩師、プロフェッサーXの介護という日常。マーベルのスーパーヒーロー映画で、ここまで老いることの現実をシビアに描いた作品はなかった。その分、マーベルのヒーロー映画にまったく興味のない世代にも強くアピールするわけで、作品の評価は極めて高くなっている。

外見もおちぶれた雰囲気のウルヴァリンの姿は切ない……
外見もおちぶれた雰囲気のウルヴァリンの姿は切ない……

マーベルもシニア世代をターゲットにし始めたのか……と思った矢先、来月公開の『カーズ/クロスロード』も、似たようなテーマになっていることに驚かされた。

『カーズ』といえば、擬人化されたクルマのキャラクターが、サーキットでのレースで活躍し、仲間との絆を確かめ合う、ディズニー/ピクサー作品らしいエンタメの王道、ファミリー向けという印象。しかしこの最新作は、主人公のライトニング・マックィーンが、自らの衰えと向き合うという、大人、というより中年&シニア世代の葛藤が前面に押し出されているのだ。

レース界のスターに君臨するマックィーンだが、新世代スターの登場によって、その立場が危うくなる。若いレーサーが使う最新型トレーニングシステムなど「世代間ギャップ」を挟み込みながら、「今の自分が仕事の世界で時代遅れになっているかも」というマックィーンの不安感にフォーカスが当てられるのだ。ベテランとして仕事をこなしつつ、数年先の自分を心配する世代にはかなり身につまされるはず。いつ自分は仕事を引退するのか。まだまだ現役として後輩に負けずに突っ走るのか。次の世代に何を伝えるのか。もう若くはない仕事人なら、だれもがマックィーンに感情移入してしまう。

ピクサーには、かつて『カールじいさんの空飛ぶ家』という、老人が主人公の作品もあった。しかし同作はカールじいさんの亡き妻への思いや、年の離れた少年との絆、人生最後の夢など、あくまでも老人世代の目線で共感を誘っていた。しかし『カーズ/クロスロード』は、これから老いていく世代に強烈にアピールする物語が、先の『LOGAN/ローガン』に近い。

ウルヴァリン=ローガンも、マックィーンも、自分の衰えとまっすぐに向かい合いながら、次の世代にバトンを渡すことも考え始める。マーベルのヒーロー映画、そしてピクサーのアニメーション作品。つねに多くの観客を獲得することを義務づけられた両陣営が、シニア世代を強烈に意識したストーリーを送り出し、ともに秀作として完成させた。偶然のタイミングとはいえ、観客層を拡大させるきっかけになりそうだ。

とはいえ、これまでマーベルのヒーロー映画やピクサーアニメにそれほど興味のなかった大人たち、シニア世代に「共感できそうだから」と劇場に足を向けさせることができるのか。これは現在の日本では、かなりハードルの高い作業ではある。なんとか常識を破って、一人でも多くの大人たちに、これらの作品が届いてほしい。

『カーズ/クロスロード』

7月15日(土)、全国ロードショー

配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン

(c) 2016 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

『LOGAN/ローガン』

全国公開中

配給/20世紀フォックス映画

(c) 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事