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オードリー春日さん、がんばった「専門家の指導のもと安全対策をとって撮影」はどこまで本気出している?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
ロケ前の現場確認、専門家が実際に入水し、スタッフは救命胴衣を着装(筆者撮影)

 よく「専門家の指導のもと安全対策をとって撮影」というテロップが出ますが、専門家と呼ばれる人々はロケ現場でどこまで本気を出して出演者やスタッフの命を守っているのでしょうか。オードリー春日俊彰さんが本気を出してがんばった、水難事故を防ぐための番組作りの裏側に迫ります。

今シーズンの水難事故の状況

 今年も多くのロケ現場に立ち会った筆者。もちろん、水難事故を減らすための啓蒙番組のロケ現場です。

 特に今年は、NHK潜水取材班と水難学会がコラボレーションして「#水難事故をなくす 今、知る 隠れた危険」をテーマに大型のプロジェクトを企画し、川・海・プールにて水難事故の危険を映像にてあぶり出すべく、毎回倒れるような暑さの中を様々なロケ現場に参加しました。盛りだくさんの映像の中から厳選し、それらを夏休み前の機会に集中的に地上波で放映しました。

 気になる方は、ユーチューブでも動画を視聴することができます。例えば、[水難事故をなくす]【海水浴での危険】離岸流の動きを可視化 | 気づかぬうちに沖合へ ドローンで見るとあっという間に | NHKは再生回数が31万回に達しています。多くの人が夏休み前に一連の動画を視聴したようです。

 その成果として直接むすびつけることができるかどうかはわかりませんが、今年の7月と8月の水難事故の概況(警察庁)を調べると、この夏の水難事故からの生還率は次の通りになりました。

中学生以下の子供 92.5%

高校相当年齢以上 57.7%

 この数値が高いほど、水難事故から生還できた人が多かったことを示します。いずれも、この5年間において高い率となりました。特に注目したいのは子供の高い生還率で、これは例年15人前後で推移していた子供の死者数が、今年は9人と一桁まで減少したことが要因です。

 中でもコロナ禍のこの数年、河川での水難事故の死亡者が増加傾向にあったのに対し、今年に限って言えば大人も子供も減少しているように見えるのです。加えて、今年は6月まではハイペースだった重大事故の件数が7月に入り急速にペースを落とした印象があります。

 河川に特化した安全啓蒙番組は、筆者らが協力しNHKの他にも民放でも2局にて放映されました。まさに全包囲網的にあの手この手で水難事故防止の啓蒙がなされたことで、もしかしたら河川の水難事故の低減に貢献することができたのかもしれません。

ロケ現場は、見えない危険に満ちている

 水難事故の防止を番組でうたうわけですから、ロケ現場には当然危険が隠れている場所を選びます。例えば河川であれば、川の流れがゆったりしている場所。

「ゆったりした流れでは逆じゃない?」との声が聞こえてきそうです。実は水難事故の現場の多くは、見た目は安全に見えることが多いのです。安全そうに見えるから、家族連れをはじめとして多くの人が集まり、そして隠された危険に向かって「おいで、おいで」と誘われるように導かれていきます。

 図1をご覧ください。ここはある一級河川の河口の様子になります。砂の川岸が広がっています。川の中までは見通すことができませんので、浅いか深いかはすぐに判別できません。でも歩いている人を見てわかるように、ここは一帯が干潟のように浅くなっています。一般的には安全な水辺です。川岸が砂なので、家族連れがよく遊びに来ます。

図1 砂の川岸から川に入っていくと、干潟のように浅瀬が続く。水深は膝下程度。川岸でキャンプを楽しむ家族連れが訪れる場所(筆者撮影)
図1 砂の川岸から川に入っていくと、干潟のように浅瀬が続く。水深は膝下程度。川岸でキャンプを楽しむ家族連れが訪れる場所(筆者撮影)

専門家の仕事 その1

 安全なところばかりだと、水難事故防止の番組そのものが成り立ちません。専門家の仕事は安全にみえる中の「超」がつくくらいの危険を見出すことから始まります。ある番組制作スタッフに教えてもらったのですが、「そこに隠されている危険」という言い方がぴったり当てはまる番組ほど視聴者によく伝わるそうです。

 図1に危険は写っているでしょうか。実は、この周辺を写真のように2人1組で歩いて調べたのですが、どこまでも遠浅で、隠されている危険はなかったのです。ところが図1から右手の方向、つまり上流に向かって200 mくらい踏査したら、「超」がつくようなレベルの危険箇所を発見しました。

 図2をご覧ください。ここは川岸から川に向かって急激に深くなる箇所です。右に見える川岸の砂地はほぼ平らで傾斜はほぼありません。この川岸に立てば、図1と同じように緩やかな傾斜の遠浅がどこまでも続くと錯覚してしまいます。でも、ここには川に足を踏み入れると急に深くなるという危険が隠れています。

 実際に見てみましょう。中央に写っている人は川岸から距離で50 cmくらいのところの川に入っていますが、ここでは膝下の水深です。一方、岸から3 mくらいのところに入水している2人は、ほぼ足が川底につきません。ここの川底は崖のように急に深くなっています。

図2 「超」がつくほどの危険箇所。岸から50 cmくらい進んで膝下の水深、3 mも進めば大人でも背が立たなくなる(筆者撮影)
図2 「超」がつくほどの危険箇所。岸から50 cmくらい進んで膝下の水深、3 mも進めば大人でも背が立たなくなる(筆者撮影)

 ロケ現場に使うときには、現場の水深などの状況に明るい現地の人が専門家スタッフのグループに入ります。管理している国土交通省河川事務所や海上保安部にも問い合わせを行うとともに、現場をロケに使用するための届けを予め出します。場合によってはロケの当日に管理担当者が現場にて立ち会うこともあります。

専門家の仕事 その2

 なぜ深くなっているのか、その理由をロケの前に調べ尽くします。ただ「深いですよ」だけでは、ここにタレントが入水した時に想定外の事故が発生するかもしれないから、かなり真剣にかつ入念に調べます。

 図2の現場の水深が急に深くなっているのは、写真の右奥に写っている草の群生があるためです。手前に来ると草がなくなっていますが、このあたりの砂にはその草の根がネットワークのように残っています。このネットワークが砂をしっかりとつかんでいて、つまり、ここの川砂は傾斜がついても流れ落ちないようになっているのです。

図3 川が急に深くなる理由を説明した図(筆者作成)
図3 川が急に深くなる理由を説明した図(筆者作成)

 図3をご覧ください。なぜ急な深みが図2の現場にはあるのか、イラストを使って説明してみましょう。

 上の図は草の群生がない砂の川岸を横からみた図です。左に矢印で示したように、向こうから手前に向かって流れがあると、川底の砂はその流れによって流されます。砂が流れ川底が掘られると、より高い所から砂粒が落ちてきます。これを繰り返すと、川底の傾斜は分度器の角度でだいたい20度から30度になります。こういう状態で傾きが安定しているとその角度を安息角と呼びます。安息角が低ければ川を歩いて渡り始めてもそれほど急に深くはならないので、比較的安全な川と言えます。

 一方、下の図は草の群集がある砂の川岸です。水中の砂に草の根が残っているとします。そうすると、砂粒が川の底に落ちにくくなり、川底は流れによってどんどん削れてしまいます。そのため、川岸の近くにもかかわらず急に川が深くなります。このような所で、重大な水難事故がよく発生します。

専門家の仕事 その3

 図2に写っている3人の人たちは、タレントが水に入る時に万が一の事故に備えて入水して救助に備えるスタッフでもあります。日本赤十字社水上安全法指導員資格保持者、あるいは同等の実力を持ち、なおかつ日頃から潜水業務をこなしている、水中作業のプロフェッショナルたちです。

「溺れている人を見たら、水に入って助けようとしてはダメ」と筆者も常日頃から口酸っぱく言うところですが、このスタッフたちに限って言えば「水に入って素手で人命を救助する使命がある」と言っても過言ではありません。

 見た目のインパクトがあればあるほど、バラエティー番組では視聴者が「タレントがオーバーアクションをしている?」と勘違いするかもしれません。でも筆者が手掛けたこれまでの水難事故防止の啓蒙番組では、ロケ現場にてタレントはみな真剣勝負してきました。オーバーアクションなしに本当に沈むし、本当に流されます。そのため、入水スタッフは常に安全に気を配り、危険を感じた瞬間に救助にとりかかれるような、専門家と呼ばれて恥ずかしくないスキルを備えていないとなりません。

 スタッフも安全第一ですから、ロケの前日から川の様子を入水して確認し、さらにタレントが実際に入水する動線を何度でも図2のように確認しあいます。

 また、陸上の撮影スタッフの安全にも配慮します。カバー写真のように水辺では必ず救命胴衣の着装を徹底し、万が一陸上スタッフが落水した時には水中スタッフがすぐに救助にかかれるようにしています。

専門家の仕事 目からウロコの見せ場

 視聴者からすれば「深みにはまって溺れる」のは、およそ想像つくわけです。想像の範囲内の現象を映像にしても、視聴者の心をつかむことはなかなか難しいのです。特にバラエティー番組では「なるほど、目からウロコが落ちた!」という内容であるほど、視聴者の皆さんへの啓蒙につながるわけです。

 先日10月3日(月)に放映されたバラエティー番組「あしたの内村!!」にオードリーの春日俊彰さんが出演しました。皆様ご存知の通り、春日さんは身体能力が大変高く、泳ぎも達者です。図2のロケの現場に春日さんをお招きしたのですが、ロケ前に「水難事故の番組になんで私が呼ばれたのか理解できない!」と叫んでいたくらいです。

 そうなのです。春日さんが深みにはまる程度では本当の水難事故の怖さに迫ったことになりませんし、視聴者も番組を見ながら「泳ぎの達者な春日さんが深みにはまって慌てるか?」と何か矛盾を感じてしまいます。そこからが、目からウロコの見せ場となります。

ぜひ番組を視聴してみてください

 目からウロコものについては、ぜひ番組を視聴して確認してみてください。この記事でご紹介したバラエティー番組「あしたの内村!!」は、フジテレビの動画配信サービスFODにて無料配信中です。「芸人VS秋の危機脱出 日光鬼怒川つめ込み旅SP」編のスタートから16分過ぎにて、春日俊彰さんが川の水難事故の本当の怖さを体験し、それを本気で伝えてくれます。見逃し配信は10月17日(月)までご覧いただけます。

※本稿では10月18日以降に目からウロコもののタネ明かしをする予定です。

タネ明かし(10月23日追記)

 オードリー春日さんの入水ポイントは砂嘴となって少し川にせり出していました。ここでは上流からの本流の流れと下流側から川岸に沿って逆流した循環流とがぶつかり、合流した流れが砂嘴から離れ川の中央に向かってました。

 春日さんは、合流した流れにのってしまい、川の中央に向かって流されました。そのため「岸に戻れますか」との筆者の問いかけに応じるも自力で岸に戻れなかったのです。

 泳げても溺れる原因が潜むのが川の危険性です。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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