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4歳児までの幼児浴槽内溺水 冬の追い炊き状態で1人残すのは絶対ダメ

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
幼児の浴槽内溺水を防ぐには、保護者の役割分担が重要(写真:Paylessimages/イメージマート)

 昭和の時代には年間400人に迫る勢いで命を落とした4歳児までの幼児浴槽内溺水。今ではとても少なくなりました。それでも時々事故が発生するのは、保護者が目を離した隙です。特に冬は、追い炊き状態厳禁です。

幼児から目を離すなんて信じられない

 このように思うかもしれません。でも、ワンオペ(1人でこなす)で2人の幼児と同時に入浴すれば、どちらか1人を浴槽内に置いたまま目を離すこともあり得ます。誰もがついやってしまうことだと言えます。

 特に寒い冬の日、居間に移動して乳幼児1人の身体を拭いている間にもう1人の幼児には浴槽内で温まって待っていてもらうような時、これがまさに目を離した隙です。

 以下はある機関から相談を受けた例を具体的な内容がわからないように改変してお伝えするものです。

12月の年末の押し迫る日、一軒家の和式浴槽にて母親が1人で1歳児と3歳児を入浴させていた。父親は仕事で不在だった。母親が1歳児を先に連れて浴室から居間に移動、身体を拭いて着替えをさせていたところ、電話がかかってきた。その電話にて話し込むうちに3歳児を浴槽に残していることをすっかり忘れた。気が付いて浴室に戻ると、追い炊き状態の浴槽の中で意識不明となった子供を発見した。

やはり家族、特に夫婦の協力があってこその事故防止

 こんな悲惨な事故を防ぐには、やはり家族、特に夫婦の協力が必要です。例えばカバー写真に示したように父親でも母親でも、どちらかが浴槽に子供と一緒に入り、どちらかがあがった後の着替えを担当します。

 例えば、父親の仕事が忙しくて帰宅時間が遅いということであれば、せめて入浴の時間には間に合うように帰宅しましょう。特に追い炊き事故を防ぐためにも、冬の間だけでもなんとかならないでしょうか。

 どうしてもワンオペで入浴しなければならない場合、浴室隣の着替え室を予め暖めておいて、そこで子供を全て同時に着替えさせるという工夫をされてはいかがでしょうか。子供1人を浴槽に置いて暖かい居間に移動することさえなくなれば、子供から目を離す瞬間を作らずに済みます。

気を付けていてもやってしまうのが

 例えば、保護者の実家に里帰りした時です。いつもは自宅にて、ワンオペでも事故を防ぎ完璧だったのに、後で説明するように「浴槽の構造が違った」ために発生する事故があります。

 入浴する時の手順を実家の家族とよく話して確認しておきましょう。それは子供の父母が一緒に入浴する場合ばかりでなく、子供の祖父母が一緒に入浴する場合もです。入浴手順の中のどこにも、子供から誰かの目が離れる瞬間がないようにします。

 プールでもなんでもそうなのですが、子供の水難事故が発生するのは、いつもと違う環境で水に入った時です。「いつもとプールの構造が違った」とか、「誰かが子供を見守っていると思った」とか、水難事故が発生した時にはいつも決まった言葉を聞きます。

 せっかくの楽しい里帰り。家族全員の笑顔のもとで過ごしつつ楽しみたいものです。

昭和の時代には年間400人に迫った犠牲

 厚生労働省の人口動態統計によれば、昭和の時代には数多くの子供が家庭内で溺れていることがわかります。

 図1は家庭内における不慮の溺死及び溺水(W65-74, 1994年まで)、家庭内における不慮の事故のうちの浴槽内での溺死および溺水ならびに浴槽への転落による溺死および溺水(W65と66, 1995年から2020年まで)による死者数を示します。

図1 家庭内における不慮の溺死及び溺水(1994年まで)、家庭内における不慮の事故のうちの浴槽内での溺死および溺水ならびに浴槽への転落による溺死および溺水(1995年から)による死者数(筆者作成)
図1 家庭内における不慮の溺死及び溺水(1994年まで)、家庭内における不慮の事故のうちの浴槽内での溺死および溺水ならびに浴槽への転落による溺死および溺水(1995年から)による死者数(筆者作成)

 このグラフからわかることは、4歳児までの浴槽内溺水は近年になって大きく減少していることです(注)。2020年には年間10人でした。5歳から14歳までの子供の浴槽内溺水による死者数(2020年には年間14人)には大きな変化がなさそうですから、4歳児までの幼児を取り巻く浴槽の環境に何らかの変化があったとみるのが妥当かと思います。

 浴槽内溺水の現場に出場することの多いベテランの救急隊員の何人かに聞いてみると、浴槽を取り巻く環境の気づきとして次に列挙するような感想が得られています。

昔は和式浴槽が多かった 図2のように浴槽が深くて、幼児が浴槽から自力で上がれる構造ではなかった。今でも老人世帯には残っている

昔は追い炊きが止まらなかった 今の浴槽ならたいてい湯温設定ができる。しかし追い炊きが自動で止まらない浴槽だと、その中で息絶える人は老若男女問わず今でもいる

複数の子供がいた 昔も今も事故の時には、保護者の目が離れている時に複数の幼児が浴槽に入っていたか、1人の世話をしている間に1人が浴槽に残されていた

図2 昔ながらの和式浴槽
図2 昔ながらの和式浴槽写真:イメージマート

 以上のような感想をもとに考察すれば、次のようなことが4歳以下の幼児浴槽内溺水を減らした要因かと考えられます。

(1) 和洋折衷浴槽が普及し、幼児でも自力で浴槽から外に出られるようになった

(2) 追い炊きしたとしてもある湯温以上には上がらなくなった

(3) 世帯当たりの子供の数が減って子供と寄り添いながら入浴できるようになった

 あまり触れたくない話ではありますが、子供の浴槽内溺水に関連する不審死についてある機関から相談を受けることが少なからずあります。昭和の時代にはどうだったか筆者には知る由もありませんが、今ならそういった不審死の中にも不自然さを見出すことは比較的容易になってきています。

さいごに

 この記事を書くきっかけになったのは、前回の記事「12月は浴槽内溺水の季節 救急車が来るまでにできることがあります」をお読みになられた読者から「子供の浴槽内溺水の実態について知りたい」という要望があったことです。

 子供の浴槽内溺水については近年あまりない事故ではありますが、犠牲者数が少数だからと言っても気を付けるべきことについてしっかり伝えるべきだと考えて、パソコンに向かいました。

注:気を付けなければならないのは、図1の統計には1994年以前の数字に浴槽以外の溺死者数が含まれていることです。ただ、1995年以降の傾向として家庭内における不慮の溺死及び溺水の9割以上を浴槽内溺水が占めるので、1994年以前の死者数においてもほとんどは浴槽内の溺水だと推測できます。

 例えば1979年(昭和54年)における4歳児までの家庭内における不慮の溺死及び溺水による死者数414人のうち、9割に当たる370人ほどが浴槽内溺水だったと想像することができます。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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