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川が「おいで、おいで」と手招きする だから水難事故は繰り返す その原因を専門家が解説

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
水難事故が繰り返された現場。手前は亡くなった友達を悼むための花壇(筆者撮影)

 水難事故は同じ場所で繰り返し発生します。川ではそれが顕著に見られます。ある事故を例にしてその理由を科学で説明したいと思います。

 全文を読む時間のない方は、次の太文字の注意事項だけでも目を通してください。繰り返し水難事故が発生するので、

 1.砂の河岸では川遊びしない

 2.砂嘴に沿って歩かない

 3.膝より深い水深に立ち入らない

 ひとつの例として示した、カバー写真で示したような砂の河岸では、泳ぐどころか水遊びすらも絶対にしてはいけません。

 この注意を守らないとどういうことになるのか、動画1をご覧ください。

動画1 砂の河岸から砂嘴に沿って歩いていき、膝より深い川に入った様子。元に戻ろうと振り向いたとたんに沈水した。被験者は赤十字水上安全法救助員有資格者で、周辺には赤十字水上安全法指導員を救助要員として複数人配置している。緑色の部分は流れを可視化するために下流側から流したシーマーカー(筆者撮影、30秒)

 動画では砂の河岸から砂嘴に沿って歩いていき、膝より深い川に入った様子をしてしています。水深が胸の深さに達したので元に戻ろうと振り向いたとたんに沈水しています。背浮きができなければこのまま溺れ沈んで生きては浮き上がってきません。

砂の河岸では川遊びしない

 カバー写真には砂の河岸が見てとれます。その砂の左手(上流側)は、背の高い草で覆われています。双方を比較して、海水浴のように川遊びを楽しむならどちらだと思われますか?「右手の砂地が適している」とそう思った方、あなたはこの時点で川の手招き「おいで、おいで」にかかりました。

 対岸(左岸)のように背の高い草や樹木で地表が覆われていると、人が立ち入らなくなります。歩いていると何かが出てきそうですし、バーベキューの道具を置いたり、テントを張ったりするのにはふさわしくありません。

 一方、手前(右岸)に広がる河岸のように海水浴場のような砂地が広がれば、あふれるレジャー感がテントを立ててそこを拠点にして水遊びができると勘違いさせます。「何を言っているの?流れもほぼなく、波もなく、とても安全そうに見える。」筆者も当然、そう見えます。

 この場所(宮城県柴田町 白石川)では、4年前に大学生が溺れて命を失いました。ここで釣りをしていたそうです。残された荷物はカバー写真の砂地の上に張られたテント付近で発見されています。よく釣りに出かけていたそうで、川には慣れていたようです。

 昨年の8月6日に地元の女子中学生2人がこの場所で溺れて命を失いました。3人が流されて2人が帰らぬ人になりました。2人は大規模な捜索にもかかわらず、発見されたのは翌日のこと、すぐ下流にて沈んでいました。たいへん痛ましい事故でした。

 水難学会は、この8月に事故調査委員会(犬飼直之委員長)を現地に派遣し、上述した2件の水難事故の原因調査を行いました(注)。その時に撮影された現場の様子が図1です。

図1 事故現場の下流にある白幡橋の上からの撮影。砂の河岸は左に見ることができる。川の流れは上流から矢印1に示した本流と、矢印2、3に示した循環流が見られた。図中央から少し上に砂嘴が見える(筆者撮影)
図1 事故現場の下流にある白幡橋の上からの撮影。砂の河岸は左に見ることができる。川の流れは上流から矢印1に示した本流と、矢印2、3に示した循環流が見られた。図中央から少し上に砂嘴が見える(筆者撮影)

 図1では、左側に砂の河岸があります。上流から下流に向かうように、本流である流れ(矢印1)は明確に見て取れます。現場では本流の他に矢印2や矢印3で示した流れがありました。この流れは下流から上流に流れていました。そして砂の河岸から矢印3に沿って右側に向かうように細長く砂地が延びているのがお分かりになるでしょうか。これを砂嘴(さし)と呼びます。

 そもそも、中流域の川には珍しくなぜ砂がたまるのでしょうか。それは、この地点にて循環流が発生して、川の流れがくるくる回っているからです。図2をご覧ください。図1の川を真上からみたイメージ図です。矢印1の上流からの流れは矢印Aのように分岐して上流を目指します。砂の河岸に並行するように矢印2のように川を遡り、砂嘴に沿うようにして矢印3のように元の流れに戻ります。流れがくるくる回るイメージです。

 動画1の被験者は、砂嘴に戻ろうとして矢印3の流れに逆らったわけです。だから本流に向けて流されました。

図 2 水難事故現場を上空から見た時のイメージ図(筆者作成)
図 2 水難事故現場を上空から見た時のイメージ図(筆者作成)

砂嘴に沿って歩かない

 矢印3の流れの周辺で上流からの流れ(矢印1)と合流します。お互いの流れがぶつかればそこには細長い砂の堆積物、すなわち砂嘴が形作られます。

 図3では砂嘴が水面とほぼ同じ高さになっている様子がわかります。ということは砂嘴の周囲は逆に急激に深くなります。このような場所は一見すると浅いまま川の中央に近づくことができると錯覚するため、ほとんどの人が川に入る時の入り口に選びます。このような場所をエントリーポイントと呼びます。

 水難事故の多くは入水直後に発生します。だからこそエントリーポイントに危険があれば、そこで事故が繰り返し発生する理由も説明することができます。そうです。人は「おいで、おいで」と川が手招きしている地点から川に入るものなのです。動画1でもエントリーポイントに砂嘴を選んでいます。その先端で沈水しました。だから砂嘴は歩いてはいけないのです。

図3 3人が立っている地点が砂嘴。砂嘴は浅いが、その周辺では急激に深くなる(筆者撮影)
図3 3人が立っている地点が砂嘴。砂嘴は浅いが、その周辺では急激に深くなる(筆者撮影)

膝より深い水深に立ち入らない

 それでも、膝よりも深くなったら引き返せば命は守られます。ところが砂嘴が途切れる地点では、急な角度で砂底の斜面が深みに落ち込みます。ほんの一歩でいっきに30 cmくらい深くなります。だから、膝下の深さ(青信号)でも一歩で腰下の深さ(黄信号)、次の一歩で腰上の深さ(赤信号)に身体が沈み込みます。そして赤信号で戻ろうと思って振り返るといっきに死に向かっての一方通行にはまります。

 図4をご覧ください。腰上の深さ(赤信号)でも岸を背にしていれば体幹は垂直姿勢を維持できて(イ)、背中からの流れが穏やかなら安定して危険を感じません。ところが岸に向かって振り向くと(ウ)斜面のためつま先が上を向きます。相対的に体幹は斜め後ろにのけぞります。こうなるとわずかな流れでも背中方向にもっていかれます(エ)。足で底を蹴ろうとしても無駄です。アリジゴクのように砂が低い方に流れて足の力では斜面を登ることができません。そしてたった一歩後方に流されただけで、足の届かない深みにはまり、沈むのです。

図4 砂嘴から急な深みに落ち込み、沈んでいく様子のイメージ。ア 膝下の水深を歩いている様子、イ 胸の深さで立ち止まった様子、ウ 岸に振り返った様子、エ 流れにより流されて深みに沈む様子(筆者作成)
図4 砂嘴から急な深みに落ち込み、沈んでいく様子のイメージ。ア 膝下の水深を歩いている様子、イ 胸の深さで立ち止まった様子、ウ 岸に振り返った様子、エ 流れにより流されて深みに沈む様子(筆者作成)

さいごに

 だから、筆者の執筆しているYahoo!ニュース記事では「川で遊ぶなら膝下の水深まで」と繰り返しているのです。図4のような事故原因を科学的に調べて解析している例はこれまでありませんし、このような根拠のある啓発もなされていません。

 筆者自身も愛知県豊田市の矢作川で繰り返して発生する水難事故の調査を行うまで、このようなことに気が付いていませんでした。

 川の怖さはまだまだあると思います。そのすべてを解明するのには膨大な時間がかかるでしょうし、その危険性を全て頭に入れて川遊びをするなど、一般的には無理です。

 だからこそ、「川で遊ぶなら膝下の水深まで」「溺れたらういてまて」です。

【参考】川遊びでライフジャケットしていれば安心? 安全な川遊びの深さを確認しよう

【参考】幼い女の子2人の命を奪った水難事故 原因はまさかの現象だった 水難事故調レポート

(注)本水難事故調査は日本財団の助成(事業ID:2020557915、事業名:子どもの水難事故調査研究)を受けて行われました。この記事はあくまでも速報であって、後日正確な報告を出す予定です。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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