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マスクをしたままプールで泳いでみた 水辺でのマスク着装には柔軟な判断を

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
不織布マスクをして顔上げ平泳ぎ。息継ぎの瞬間にマスクが顔面に張り付く(筆者撮影)

 コロナ禍の日常でマスクの着用が定着しています。本格的な水遊びのシーズンを迎える中、マスクしたままうっかりと海や川に浸かるアクシデントが想定されます。マスクをしたまま泳いでみたら呼吸できません。苦しい。

※この記事では、用意したマスクを筆者が試すことで経験した事象を報告します。幾分客観性に欠けるので普遍的な実験結果とは異なる場合があるので注意してください。

はじめに

 コロナ禍の日常でマスクの着用がすっかり定着しています。様々な種類のマスクがあり、素材で分けるとガーゼ(布)タイプ、不織布タイプ、ウレタンタイプがあり、そのほかとしてプール専用の樹脂タイプも見られます。

 筆者の過去記事で、ウレタンタイプと不織布タイプのマスクを着装した状態で、プールの中で背浮きができるかどうか、確認した結果を紹介しました。濡れた状態のマスクは呼吸を妨げ、ウレタンタイプの着装状態では背浮きができず、不織布タイプならなんとか背浮きができることがわかっています。ウレタンタイプではマスク本体の水とマスクと顔面の間にたまった水が呼吸する際に気道に入り込み、激しい咳を伴ったため背浮きそのものが継続できませんでした。

 これから本格的な水遊びのシーズンを迎えます。日常の生活で着装しているマスク、これらをしたままうっかりと海や川に浸かることが想定されます。想定されるシーンごとにマスクをしたまま泳ぎ続けられるかどうか、筆者自ら実践して確認しました。

【参考】知ってますか? マスクをしたまま水に転落したら呼吸ができない

想定1

 マスクをしたままうっかりと海や川に浸かる想定です。キャンプやバーベキューで河原に遊びに来ていて、当初は水に入る予定が無かったのに冷たさに誘われて、マスクを着けた状態でTシャツと短パン姿で足を水に浸けた状況を考えました。浅ければ水の中を歩いていくでしょうし、深くなれば顔上げ平泳ぎなどに移ることでしょう。

 動画1は顔上げ平泳ぎで泳ぎ始めた後の様子を示します。前半はウレタンタイプ、後半は不織布タイプのマスクを着装して実践しています。

 新品乾燥状態で、実践に使用したウレタンタイプのマスクは不織布タイプのそれより通気性がありました。

 用意したウレタンタイプのマスクをしながら顔上げ平泳ぎで泳いでいるうちにマスクが濡れてきました。通気性が悪くなりましたが、水面から離れた鼻のあたりでは通気性を確保することができました。そのため、10 mほどは泳ぐことができました。鼻呼吸だけで泳ぎが続けられるのであれば、しばらくは泳ぐことができそうでした。

 一方、用意した不織布タイプのマスクでは濡れたら全体に渡って通気性が悪くなりました。顔上げ平泳ぎで泳ぎはじめて、数かきで呼吸ができなくなりました。5 mくらい進んだところで呼吸のたびに口の中にマスクが吸い込まれるような状態となり、空気が取り入れられず苦しくて立ってしまいました。目の前から自撮りした動画からは、呼吸のたびにマスクが口と鼻に張り付く様子がよくわかります。

 川や海に入り、足を浸けてちょっとだけ涼もうとする場合でも、事前にマスクは外した方が良さそうです。

動画1 マスクして顔上げ平泳ぎ(筆者撮影 2分18秒)

想定2

 学校のプール開放などで、監視の保護者が遊泳中の子供の様子がおかしいと感じ、マスクを外すのを忘れて足から入水してクロールで泳ぎ始めたという想定です。

 動画2はクロールで顔を水につけながら泳ぐ様子を示します。前半はウレタンタイプ、後半は不織布タイプのマスクを装着しています。

 泳ぎはじめから顔を水に浸けるのでマスクは最初から濡れます。スタート時に少し潜って壁を蹴りますが、用意したウレタンタイプだと顔に密着していているせいか、その衝撃でマスクが外れるような感触はありません。

 水面に顔が出て1回目の呼吸をしようとしたらすぐに水が口に入ってきたので呼吸を諦めました。2回目の呼吸も同様に諦めました。流石に3回目では思い切り口で空気を吸おうとしましたが叶わず、水でむせて咳き込みました。泳げてもせいぜい10 mです。当然、息継ぎなしで泳げば何ら問題がありません。

 一方、用意した不織布タイプのマスクではスタート時に衝撃で外れたり、外れなかったりしました。外れれば普通に泳ぐことができるのに対し、外れなかったらウレタンタイプのマスクと同様に息継ぎで呼吸することはできません。

 顔上げ平泳ぎに比較して運動強度が高くなる分、口と鼻を使った大きな呼吸が必要になりました。1回の呼吸の失敗がきつく感じました。

 このように水に溺れそうになった人を見かけて慌てて飛び込み、クロールで溺者に近づくような時、不織布タイプだとうまく外れる場合もあり得ますが、外れなかったら、最初の呼吸の失敗が命取りになりかねません。

動画2 マスクしてクロール(筆者撮影 2分35秒)

想定3

 マスクを外し忘れて専門的に入水救助を敢行する想定です。専門的な入水救助は、救助法を習得し、プールなどで遊泳者の監視をする者が行います。溺れた人を発見すると、順下と呼ばれる手法で、すなわち自分の顔を沈めないようにして入水します。その後顔上げクロールと呼ばれる、きわめて運動強度の高い手法で溺者を見失わないように泳いで近づきます。

 動画3はマスクをしたままの状態で入水し、溺者に接近する様子を示しています。前半はウレタンタイプ、後半は不織布タイプのマスクを着装しています。

 専門的な救助法では溺者に接近するため、泳ぎに激しい呼吸を必要とします。この手法で泳げる距離はマスクを外していてもせいぜい20 mほどです。往路で体力を残しておかないと、復路で溺者を泳いで引っ張り岸に戻れなくなります。

 実践に使用したウレタンタイプ、不織布タイプのマスクとも絶望的な結果となりました。入水時も接近時もテクニックで顔面を水面から出すのですが、それでも衝撃で水しぶきを顔面に浴びることになります。そのため、すぐにマスクは濡れて呼吸ができなくなりました。

 救助泳法の一つである顔上げクロールでは1回の呼吸の失敗で前に進めなくなります。1回の呼吸量がきわめて大なため、濡れたマスクを通して無理して息を吸おうとして、マスクに付着した水を吸い込むからです。直ちに咳き込みます。そうなるとそれ以上泳ぎを続けることはできません。進めてせいぜい5 mでした。

 体勢を立て直すなら、立泳ぎで一度水面上に顔を保持し、咳き込みながらマスクを脱ぎ捨てる動作が必要となります。

 ウレタンタイプ、不織布タイプのマスクとも順下入水の衝撃で外れたり、ずれたりすることはありませんでした。何度も確認しましたが、顔面が水面下に潜らないため、マスクは外れません。

 専門的に入水救助を行う者は、監視中はマスクを外し、他者と話す時はマスクを着装するような、メリハリのある運用を考えた方が良さそうです。

動画3 マスクして救助泳法(筆者撮影 4分22秒)

まとめ

 実践した結果、マスクを着装したまま泳ぎ出せば、呼吸ができずにほぼ泳げなくなるという動画ばかり集まりました。

 何もなければマスクが多量の水で濡れることはなく安全に過ごせるのでしょうが、「水が冷たくて気持ちがいい」とか「助けなければ」とか、他のことに気をとられた瞬間にマスクが多量の水で濡れることになります。水辺では常に「何かある」と警戒を怠らず、陸上にてマスク着脱を柔軟に判断するのが良さそうです。

参考 実践の方法

 水温30度、室温32度の室内プールを使って実技を実践しました。プールの深さは一定で140 cmです。筆者の身長が170 cmですので、水の中で背が十分立つ深さです。

 使用したマスクは市販・新品のウレタンタイプと不織布タイプとしました。口と鼻とも覆った状態にゴーグルとキャップを着装し、ラッシュガードと競泳用パンツを着用しました。この状態で1想定につき数回の実践を繰り返しました。その様子を2台のデジタルカメラにて自動録画しました。なお、不織布タイプマスクは実践毎に新品と交換しました。ウレタンタイプマスクは実践毎に水道水で洗い、よく絞ってから再利用しました。

 通常の研究では研究者自らが被験者になるとその時点で客観性が崩れます。ただ、今回は経験する内容に危険が伴う恐れがあるため、自分が実践してその様子を動画に撮影する手法としました。理由は、マスクをしたまま水に浸かるリスクについて未知の部分があるためで、被験者を他人にお願いするわけにいきませんでした。マスクをしたまま水に浸かるとか泳ぐとかの行為は、人類の歴史の中でもそうそう行われてきておらず、実験するにしても経験が十分に積み重なっていません。

 従って、この記事では筆者自らが実践・経験した内容を淡々と述べるにとどめました。普遍的な知見については、今後このような実践を積み重ねてリスク評価が可能となり、それから計画されて進められる研究により得られると考えています。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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