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ママの心配をよそにプールでのマスク着用は進むのか?いえいえ、メリハリをつけると思います

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
水中で水泳者はマスクをしない。接触なら指導者はプールマスクを着けたい(筆者撮影)

※マスク着け水泳学習 でご意見が飛び交っています。関心のある皆様、一度この記事に目を通していただき、安全な水泳授業が続けられるように願っています。(6月21日追記)

 水泳授業を再開した学校から「プールではマスクを着用」と保護者に連絡があり、筆者に相談が寄せられました。間違えば溺水事故につながるプールでのマスク使用ですが、着用シーンにメリハリをつけると思います。

ある保護者からの相談

 「学校からプールではマスクを着用しますと連絡があって心配になりました。安全なのかなと地元の教育委員会に電話で聞きましたが回答に要領を得ません。文部科学省にも電話したのですが、学校の指示に従ってくださいと言われました。本当に大丈夫かどうか、確認したくて思い切って電話しました。」

 以上が筆者に寄せられた女性からの電話相談の概要です。筆者が公開した記事「知ってますか? マスクをしたまま水に転落したら呼吸ができない」(2021年4月8日 Yahoo!ニュース)をお読みになられた方のようで、学校に通わせているお子さんが「マスクをしたまま溺れないか」ご心配のようでした。このような相談が女性を中心に相次いでいます。

 確かにプールでも川でも海でも、口と鼻を覆うマスクが濡れれば呼吸がしづらくなります。さらに足のつかない水の中では1回の呼吸の失敗で水中に沈みます。瞬間的に静かに溺水すると言っても過言ではありません。

 「学校のプールなら足はつくでしょう?」と多くの大人が思うのですが、実は小学校によっては1年生の半分くらいが最も深い箇所で足がつきません。保育園などで浅いプールに慣れている子供たちが小学校のプールに初めて入ると、びっくり仰天です。だからマスクが濡れたとかちょっとしたきっかけがパニックの原因になると思ってもよいくらいです。いろいろお話すると心配が増えてしまいますね。心配し始めたらきりがありません。

お子さんがマスク着用で入水練習しないとは思いますが

 4月8日の筆者の記事に出演した木村隆彦(明治国際医療大学教授)先生は、ウレタンマスクをしたままプールに入水した、おそらく人類第1号だったかもしれません。そもそも、呼吸は水中において生命維持にもっとも重要な行為です。それをモノで妨ぐなど、およそ考えられなかったからです。

 口と鼻に密着するマスクをプール入水中に装着するのは絶対にダメです。動画1では田村祐司(東京海洋大学准教授)先生が身体を張ってその危険性を示しました。このようなマスクをしていると、濡れた瞬間に呼吸がしづらい、あるいはできなくなるという様子が伝わってきます。

動画1 マスクをしたまま水に浸かるとこうなる(筆者撮影)

 マスクの装着状態は、濡れなければ陸上のそれと変わりません。だから困るのです。マスクをしていることを忘れてシャワーを浴びたり、泳ぎ始めたりします。

 例えば水泳者(児童・生徒)がマスクを外すのを忘れて一斉にプールに入ったら、それこそ大パニック。そしてそれに気が付いた指導者(教員)が、溺れそうになっている子供を助けに緊急入水すれば、マスクを外さないまま泳ぎ出すことでしょう。そして最初の一呼吸の失敗で指導者自身もパニックとなることでしょう。

マスク着脱の境界はどこ?

 ここから、マスクで口と鼻を覆うことは飛沫の飛散防止に一定の効果があることを前提に話を進めます。

 水難学会では指導員がういてまて教室にて小学校等で指導をする際のマスクの着用について、次のようにガイドラインを定めました。

陸上で指導を行う指導員は不織布マスクを常時着用し、プール内で指導する指導員は主催者と協議しその指示に従う。

※この場合のプール内の指導員は会話しないことを想定する。

(マスク使用に関するガイドライン 令和3年6月13日水難学会制定)

 あくまでも水難学会内部のガイドラインですが、学校の水泳授業の時の参考にされてもよろしいかと思います。

 ガイドラインでは、発声する指導者と発声しない指導者とを明確に分けています。ここで主催者とは学校を指します。陸上にいて発声する指導者はマスク着用、プール内にいて発声しない指導者のマスクの装着手段については、学校毎に事前相談の上で決めます。

 プール周辺のどこでマスクの着脱を行うのか。その境界を明確にすると感染も防止できて、溺水も防止できるといういいとこ取りができるわけです。では、その境界はどこになるでしょうか。水泳者と指導者とに分けてみてみたいと思います。

1.水泳者(児童・生徒)

 入水前であれば、境界はシャワーです。シャワーを浴びる直前までマスクを着用します。屋外プールであれば一度プールサイドに集合し、説明や準備体操などを経てシャワーを浴びますが、シャワー直前にプールサイドでマスクを外し、それを学校で決められた方法(例えば袋に入れてバスタオルに洗濯ばさみで挟むとか)で保管し、シャワーに向かいます。屋内プールでは更衣室でマスクをロッカーにしまい、シャワー室でシャワーを浴びてプールサイドに入ります。

 プールサイドから入水、練習、そして退水までを通して当然黙って進めます。黙泳(もくえい)と言ったらいいでしょうか。そしてプール水の消毒となる、遊離残留塩素濃度を決められた値に保ち、黙泳でかつ一方向に水泳者の泳ぎを流すといった工夫で水泳者同士の距離を保ちつつ、感染対策を強化することになります。

 ここで困るのがバディーチェックです。いつもであれば、バディー同士で手をつなぎ「1,2,3・・・」と水泳者が声を出して人数をチェックするのですが、ここは無口となります。陸にいる指導者(教員)がかわりに「1,2,3・・・」とかけ声をかけて、番号の水泳者が手をあげるやり方があります。

 プールからの退水後、シャワーを浴びてプール水をよく落とします。その後バスタオルで体と顔をよく拭いて水分を取り去り、それからマスクをします。

2.指導者(教員)

 マスクは基本として着用です。そして声を出して指示をする陸上指導者と、声を出さずに指導あるいは緊急時の救助を担当する指導者と、役割を明確にわけます。

 陸上指導者は常時声を出して指示をするので、飛沫を防ぐことのできるマスク、つまり不織布などのマスクを着用します。拡声器の使用は余計な飛沫を飛ばさずに済みます。

 むずかしいのがプールに入水する指導者のマスク着用です。ここのところで、学校医や保健所の助言を元に各学校でやり方が変わると思います。

 無口を原則に、指導者が溺水事故を防止しつつ確実に救助できるように考えるなら、マスクをしないという選択肢はありえます。

 「やはりマスクはしたい」と言うことなら、図1に示すように口と鼻を囲いつつ隙間のあるマスクを着けるという選択肢があります。さらにカバー写真に示したように口と鼻をほぼ覆い、必要に応じてマスクを下にズリ下げて泳げるようにできるマスクもあります。

図1 プールマスクの一例。透明の軟質クリアファイルを切り抜いて自作した。水濡れでも呼吸はできるが、マスクをしたまま泳ぐことは想定していない(水難学会提供)
図1 プールマスクの一例。透明の軟質クリアファイルを切り抜いて自作した。水濡れでも呼吸はできるが、マスクをしたまま泳ぐことは想定していない(水難学会提供)

 筆者は不織布マスクをして入水し、ういてまて教室での指導を試みましたが、ついついいつもの癖なのでしょうか、うっかりそのまま潜ってしまい、入水10分後にはマスクはびしょびしょになり、使い物にならなくなりました。ここは、素直に水に濡れてもいいマスクを準備した方がよさそうです。

動画で見るマスク着脱のメリハリ

 動画2におさらいとして、マスク着脱のメリハリが見てわかるようにまとめました。この動画は2つの場面からなっています。ひとつは水中指導者が水泳者と接触する場合、他方は指導者が水中で救助に備えて待機する場合です。

 前半は子供がお母さんの補助で背浮きの指導を受ける様子です。お母さんを一般の指導者と読み替えてもいいです。お母さんは補助の間常時マスクをつけています。

 後半は子供が一人で背浮きの練習をしている様子です。緊急時に救助ができるように待機している指導者は、マスクを外しています。救助の時にはマスクをせずに泳ぐなどして、直ちに子供に接近し救助します。

 いずれも、陸上にいる指導員は発声専門です。あまり大きな声を出さなくていいように拡声器を使っています。また不織布マスクで口と鼻を覆っています。

動画2 プールでのマスク着脱のメリハリ例(筆者撮影)

まとめ

 水泳の授業ではそれなりの人数が1度にプールに入ることになります。集団水泳では、何かをきっかけに水難事故が連鎖し、多人数水難に発展するのが常です。そのため、水泳者の溺水のきっかけを潰すのが集団水泳の基本中の基本です。だからこそ水泳者のプール中でのマスク使用は避けなければならないのです。

 本稿ではあくまでも水難学会内部のやり方を示しました。これが世の中のスタンダードとは断言しませんが、皆様がプールでのマスク着脱のメリハリを考えるときの参考になれば幸いです。

※タイトルにて、心配するのはママだと限定する意図はありません。お子さんを学校に通わせている女性から相談があったという事実から出発している様子をタイトルに示しただけです。当然パパも心配していることでしょう。

※6月14日放映のNHKあさイチでも、コロナ禍のういてまて指導の例が放映されました。見逃し配信でご覧いただくことをお勧めします。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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