農家ですら流される、用水路の水難事故をなくせ 最新の安全対策技術を一挙公開

公園脇の用水路に取りつけられたカバー。柵とフタの役割を担う(筆者撮影)

 毎年のように発生する用水路での水難事故。多い年では年間80人ほどが転落して、溺れます。そして、慣れているはずの農家ですら命を落とすこともあります。本来は、農作物を育て人の命を育む用水路です。大事にしつつ、かつ事故が起こらないように安全性を高めなければなりません。そういったコンセプトで開発された、最新の用水路事故安全対策技術を一挙公開します。

用水路事故の現状

 図1は警察庁の水難の概況を参考にしてまとめた、用水路における水難事故の近年の死亡・行方不明者数の推移です。平成27年から令和元年までの間、毎年50人から80人くらいのところで推移していることがわかります。場所別では、海、河川に次いで、用水路は3番目に死亡・行方不明者数が多い現場であります。今年の9月に発表になった水難の概況(夏期)によると、この7月と8月の2か月だけで20人の方が犠牲になりました。このペースだと、平成28年同様の80人超えも覚悟しなければなりません。

図1 平成27年から令和元年までの用水路水難事故による死者・行方不明者数(警察庁水難の概況のデータをもとに筆者作成)
図1 平成27年から令和元年までの用水路水難事故による死者・行方不明者数(警察庁水難の概況のデータをもとに筆者作成)

農家が危ない

 筆者が特に力を入れて調査している富山県では、年間20人前後が用水路事故で命を落とします。特に溺れる事故が目立ちます。事故に遭う方には高齢者が多く、農家が目立ちます。

 例えば、富山県南砺市の高齢女性の事故を紹介します。この方は自宅の周囲に田んぼを持ち、田植えと稲刈り以外はほぼおひとりで田んぼの世話をしています。正真正銘の専業農家です。この方が家の前を愛犬とともに散歩していた時、何かの拍子で用水路に落ちてしまいました。その用水路を図2に示します。落ちてすぐに意識を失って、数十mほど下流に流されて道路下の暗渠の中に入ってしまいました。女性は幸いにも暗渠の中で気が付き、自力で這って外に脱出しました。顔が血まみれになったそうですが、助かりました。

図2 富山県南砺市で農家の高齢女性が落ちて流された用水路(筆者撮影)
図2 富山県南砺市で農家の高齢女性が落ちて流された用水路(筆者撮影)

 富山県農村医学研究所 大浦栄次氏の報告によると、2000年から2012年の13年間に発生した農作業事故のうち、用水路関連の事故は全体で166件だったそうです。農作業事故全体の5.5%を占めます。事故形態で最も多いのは移動中、それに続いて水回り中、草刈り中となります。

 筆者の調査結果も併せると、次のように事故時の行動を細かく分類できます。移動中では、農業機械などの運転中に用水路などに転落した例、用水路を跨ぐ、あるいは飛び越える時に転落した例、用水路の横を歩行中に転落した例があります。水回り中では、田んぼに水を入れたり、止めたりする作業、あるいは木堰を抜いたり挿したりする作業中に転倒する例、水門開閉作業中に転落することもあります。草刈り中では、特に用水路の法面と呼ばれる斜めの面の草刈り中に誤って足元の用水路に転落する例があります。いずれも、水深は浅いのですが、水底に頭を打ったりして用水路内で意識がもうろうとなり、そのまま顔に水がかかって溺れます。

地域住民も危ない

 農地に新興住宅地が迫っているような地域では、農家以外の住民が用水路に落ちる心配があります。田んぼの多い新潟県では、過去には魚釣りなどで子供が用水路に落ちる事故が見られました。近年は図3に示すように住宅地を貫いたり、農地と住宅地の境界あたりにあったりする用水路から的を絞って、重点的に柵を設置するなどの安全対策を充実させて、用水路事故の防止に努めています。

 ただ柵に限ると、草刈りなどの作業性が悪い、道路が狭くなる、維持に費用がかかるなどのいろいろな心配ごとが寄せられて、安全対策工事を計画する際の農家・住民説明会では「柵の設置以外にも、安全対策技術に幅を持たせられないか」という要望が出されると聞いています。

図3 新潟県内の住宅地の間を流れる用水路とその両岸に設置された柵(筆者撮影)
図3 新潟県内の住宅地の間を流れる用水路とその両岸に設置された柵(筆者撮影)

最新の安全対策技術

 水難学会農業用水施設事故安全対策技術調査委員会(委員長 長山昭夫)では、用水路の転落事故を調査し、転落を防止したり、転落しても気絶したりしないようにする技術開発を行っています。用水路で命を落とすことがなくなり、かつ費用を抑え、場合によっては景観にも配慮できる技術の実現を目指しています。今回は、その最新技術をご紹介します。

グレーチング

 グレーチングとは硬い材料からなる格子状の構造材のことです。亜鉛メッキ鉄が主流で、平面型は側溝の上フタとして使用されている例を見かけることが多いかと思います。側溝より幅が広い水路では、通常のグレーチングは大きく重くなってしまう場合があります。「人の力で開け閉めができるように」との要求も多いことから、格子形状を活かし、図4のようにアーチ形に組んだ物を考案しています。これであれば水路の掃除のために開閉が出来、かつ人が載っても壊れないし、間違って車両がのり上げることはありません。1 mあたりの重量は4 kg程度で軽量です。施工後に道路の幅を狭めることがありません。

図4 用水路にかけられたグレーチングの例(株式会社ダイクレ資料より転載)
図4 用水路にかけられたグレーチングの例(株式会社ダイクレ資料より転載)

樹脂ネット

 ポリエステルを芯材として、高密度ポリエチレンでコーティングした繊維からなる網です。軽量かつ柔軟性があり、図5に示すような水路の開口部の全面に張ることができます。実証実験では、大人3人が載っても切れませんでした。高いところから間違って落ちてもクッションの役割を持ちます。手動式水門のハンドルの直下の開口部や、法面をもつ用水路の開口部に張ると効果的です。耐候試験では紫外線に対して60年程度の耐久性があることがわかっています。

図5 水路開口部に設置された樹脂ネット(大嘉産業株式会社資料より転載)
図5 水路開口部に設置された樹脂ネット(大嘉産業株式会社資料より転載)

誘導標と縁石鋲

 積雪地域では除雪作業の障害となるため、柵を道路わきに設置できないことがあります。そのような時には、図6左に示すような夜間反射板を備え付けた視線誘導標が等間隔に取り付けられます。図の視線誘導標には目盛りがついていて、道路冠水時の水位が読み取れるようになっています。夜間になるとそれほど人の往来がない道路で、日中の周辺の景観を損ねることがないようにするために、図6右のようにソーラー充電発光式の縁石鋲がつけられることがあります。LEDによる発光のため、危険と安全の境界線を力強く示します。

図6 左 水位標付視線誘導標 右 自発光式縁石鋲(株式会社吾妻商会資料より転載)
図6 左 水位標付視線誘導標 右 自発光式縁石鋲(株式会社吾妻商会資料より転載)

蓄光製品

 太陽や照明からの様々な色の光をエネルギーとして蓄えて、夜間には緑色などの決まった色の光を出すのが蓄光材料です。図7左の製品は12時間後でも十分な視認性を確保できる10 mCd(ミリカンデラ)で発光します。最大の特徴は、水の中でも電源なしに十分な輝度で光り続けることです。図7右には深さ1.5 mのプールに設置したプールフロア上に張り付けた蓄光製品を示します。水中で長時間にわたり光り続けていました。これなら道路冠水が始まっても道路と水路との境界線を明示できますし、屋内浸水時には全停電の中で避難方向を示し続けることが可能です。床に張り付けるだけなら、特段の工事は不要です。

図7 左 蓄光材料を表面に載せた鋲 右 蓄光材プレートの水中での発光特性(左 株式会社シーエー資料から転載 右 水難学会撮影)
図7 左 蓄光材料を表面に載せた鋲 右 蓄光材プレートの水中での発光特性(左 株式会社シーエー資料から転載 右 水難学会撮影)

中には20年間頑張っている製品も

 最新と言いつつも、すでに20年の実績を持つ技術もあります。今、福島県を中心に広がっている水路用ネットカバーで、その一例をカバー写真に示しました。これが福島県石川郡平田村の三進金属工業株式会社福島工場で製作されているということで、見学に同工場を訪問しました。

 同社は保管・物流現場の省スペース化・省力化に貢献するスチールラックのトップメーカーです。実は水路用ネットカバーは地域の農業と生活を守るために考案された製品で、本業に貢献しているかというと、どちらかというと地域に貢献している製品になります。図8に工場敷地内に設置され、使用されている水路用ネットカバーを示します。この製品は、敷地の水路のカバーとして20年ほど前に設置されました。今でもしっかりと安全を保っています。特段の損傷などは見当たりません。十分な強度を有していました。

図8 20年選手の水路用ネットカバー。見た目が風雨に耐えた歴史を感じさせる(筆者撮影)
図8 20年選手の水路用ネットカバー。見た目が風雨に耐えた歴史を感じさせる(筆者撮影)

 

 実物は例えば、会津若松市河東町にある會津藩校日新館の近くで見ることができます。會津藩校日新館沿いの県道会津坂下河東線を湯川東IC方面に向かい、会津若松市河東農村環境改善センター前から、道路わきの水路にネットカバーが300 mほど続いています。会津磐梯山、猪苗代湖、野口英世記念館、會津藩校日新館とGoTo観光して、ついでに用水路安全対策技術の実物をご覧になられてはいかがでしょうか。

さいごに

 以上のように、日々開発されている用水路安全対策の最新技術をご紹介しました。それぞれ各社の事情をお聞きすると、これらの技術が主力というわけではなく、「地域の安全に何か貢献できることはないか」という経営者の想いで開発された技術です。こういった技術が広がり、毎年のように繰り返される用水路事故を無くし、用水路がほんとうの意味で人の命を育む水路になって欲しいと思います。