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高校生4人が溺れた幕張の浜 ここで水難事故が続く謎 水難事故調レポート

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
幕張の浜の3号突堤。この突堤の真ん中付近で事故が続いた(筆者撮影)

 平成30年から今年にかけての3年の間に、連続して3件、計4人の高校生が命を落とした千葉市美浜区の幕張の浜。毎夏連続で見かけるニュースに、「また同じ所で、水難事故があったの?」と驚いた方もおられたかと思います。すべての事故が幕張の浜3号突堤の真ん中付近で発生しています。高校生らは、ここでなぜ溺れなければならなかったのか、その謎に迫ります。

幕張の浜における水難事故(平成30年―令和2年)

平成30年7月31日16:25頃

 千葉県内の男子高校生が同級生らと4人で海水浴に訪れた。男子高校生は3号突堤真ん中付近から海に飛び込み、そのまま溺れた。それよりも陸側で飛び込んだ同級生らは溺れなかった。

令和元年8月5日15:00頃

 千葉県内の男子高校生が知人らと海水浴に訪れた。3人で砂浜から海に入り、沖合50mほどの所で海水浴をしていた。そのうち波が高くなって海岸に戻ろうとしたところ、最後尾にいた男子高校生が3号突堤真ん中付近で溺れた。

令和2年8月17日15:10頃

 千葉県内の男子高校生が同級生らと3人で海水浴に訪れた。3人は3号突堤真ん中付近から海に飛び込み、そのうち2人がそのまま溺れた。1人は溺れずに助かった。

幕張の浜と3号突堤

 幕張の浜は、千葉県美浜区のZOZOマリンスタジアム裏あたりから南東におおよそ2 kmほど続く砂浜です。千葉県が昭和54年に造成した人工海浜で、平成12年まで海水浴場として利用されていました。

 図1をご覧ください。図中に示す3号突堤はその幕張の浜の北西端にあって、浜と浜田川とを分けるように沖合に延びています。幅は3 mほどで岸から200 mほどの長さがあります。3件の事故は赤楕円で示すように、この突堤の真ん中付近の河口とは逆側で発生しています。この箇所あたりに共通した溺れの原因があると思われます。

 水難学会事故調査委員会(安倍淳委員長)は次に示す観点に基づき、10月初旬に現場の事故調査を実施しました。

図1 幕張の浜と3号突堤との位置関係(YAHOO!地図を元に筆者作成)
図1 幕張の浜と3号突堤との位置関係(YAHOO!地図を元に筆者作成)

水難事故調査の観点

 事故調査を始める前に、溺れた原因を把握するための観点を決めておきます。今回は、海底の砂の浸食具合を観点としました。

 平成12年以降、幕張の浜が海水浴場として利用されていないのは、波によるこの砂浜の浸食が激しいためです。ということは、海岸ばかりでなく、海中の見えない所でも砂底が浸食されていて、思わぬ深みがある可能性が高いことが容易に推測できます。特に突堤などの人工構造体の付近では離岸流などの一方向への流れが発生しやすく、例えば、海底の砂が流れに伴って沖に流されてしまうことも考えられます。

 そこで今回は、突堤付近における海底の深さ分布と流れの様子を調査することにしました。さらに、水深がわからずに突堤から飛び込んだことも想定して、海水の濁り具合を調査しました。

 なお、現時点ではすべての結果の整理がついていないため、溺水原因の迅速判定、ならびにこの付近で遊ぶにあたって注意すべき点を述べるのにとどめ、参考事項として、今回行った深浅測量、海流調査および濁り調査の方法について解説いたします。

溺水原因の迅速判定

 図2をご覧ください。まず、突堤に沿った赤黄バーに注目してください。これは突堤先端からの距離を示しています。そして赤黄バーに沿うように青線がひかれています。この青線は深さ2 m以上の箇所(注)を示しています。特に、突堤先端から65 m ~105 mの範囲に続く青線のひかれた位置、ここが事故が発生した現場と一致しています。65 m ~105 mの範囲というのは、まさに突堤の真ん中付近にあたります。

 最大深さは3 m近くになるため、ここでは干潮時間帯でも、高校生の背丈では届かないほどの深さです。深さを確かめずに飛び込んだら思いもよらず深くて、呼吸に失敗したと考えられます。ここよりも海岸方向、および沖合方向に向かうと浅くなっており、この場所を除けば同じように突堤から飛び込んだとしても、溺れずに済む箇所もあります。

図2 3号突堤とその付近の水深。青で示した箇所では測量時に深さが2 m以上あった(YAHOO!地図を元に筆者作成)
図2 3号突堤とその付近の水深。青で示した箇所では測量時に深さが2 m以上あった(YAHOO!地図を元に筆者作成)

注意すべき点

 一般論として、遊泳に適さない浜であったり、突堤のような人工構造体の付近では、不用意に泳がない、ウエイディング(水底歩行)をしない、といった、行動制限をしなければなりません。それには、規制として人から言われなくても、自分で「海に入らないようにする」自覚・自制が必要です。

 まだ迅速判定の域を出ていませんので、確定ではないにしても、今回の一連の事故のように、突然の深みにはまり大切な命を落としてしまう事故では、溺水に至るプロセスがあまりに単純で、悔しさだけが残ります。せめて緊急浮上の技術を覚えていたらと思いました。

 現場付近の学校では、ぜひ「この突堤の下は急に深くなっていて溺れやすい」と具体的に注意喚起していただければと思います。

事故調査の方法

 今回の事故調査は、水難学会により千葉市消防局、千葉海上保安部の協力の下で行われました。また、3号突堤や砂浜への立ち入りに関しては、千葉県千葉港湾事務所の了解の下で行いました。

深浅測量

 ライフジャケットを装着した海面調査員が水面を泳ぎ、計測棒または簡易ソナーで水面から海底までの深さを計測します。まず、突堤先端を基準として図面であらかじめ測定点を決定しておきます。そして突堤上に、先端からの距離を記しておき、図3のようにその位置から陸上調査員が海面調査員の位置を正確に測定して、無線を使って調査員を測定点に誘導します。海面調査員は測定点にて深さを測定し、その結果を無線で陸上調査員に送ります。測量時の気温は15℃、水温22℃の中で、千葉市消防局水難救助隊員が計測を行いました。

図3 深浅測量の様子。陸上調査員が距離を測定して、沖の海面調査員を測定点に誘導し、深さの測定を行う(筆者撮影)
図3 深浅測量の様子。陸上調査員が距離を測定して、沖の海面調査員を測定点に誘導し、深さの測定を行う(筆者撮影)

海流調査

 海面着色剤(シーマーカー)と呼ばれる粉を海面にまき、着色剤の流される様子で、海流を視覚化します。図4をご覧ください。水面調査員が海面にて着色剤をまきます。図では着色剤が左の方向に流されている様子がわかります。その様子を突堤上から棒の先に装着したカメラで動画撮影します。その動画を解析することで、海水の流れの方向や流速を測ります。この方法は、海岸から沖に向かう流れとして知られている離岸流の視覚化でよく用いられています。

 なお、この着色剤の正体はフルオレセインナトリウムと言って、入浴剤にも使われている物質です。環境負荷の低い物質として海での使用が認められています。

図4 海面着色剤を利用した海水の流れの視覚化(筆者撮影)
図4 海面着色剤を利用した海水の流れの視覚化(筆者撮影)

濁り調査

 釣り糸の先端と、先端から50 cmおきに赤色、黄色、青色のLED発光素子を付けた釣り糸を使います。釣り糸ごと海中に投入し、先端のLEDの発光がみえなくなった深さを水面にあるLEDの色で判断します。なお、LEDは夜釣りの時に使用する電気ウキの先端に付ける仕掛けを使用しています。おおよそ150 cmの深さで先端のLEDの発光が見えなくなりました。従って、事故の続いた箇所で突堤上から見ると、水底の深さはわからないことになります。

水難事故の調査は、通常行われません

 現場で事故調査に参加した、ある水難事故でご主人を亡くされた方からお話を聞きました。「いつになったら、事故原因の調査結果が知らされるのだろうと待っていたのですが、警察からも消防からもありませんでした。」大切な人が水難事故に遭いどのように最期を迎えたのか、事件でない限り知りたくても知ることができません。ひどい時になると「どこで命を落としたのか」すらもわからないことがあります。遺族はお線香をどこに立てればよいのか、途方に暮れてしまいます。これが現実なのです。

 ましてや、今回の事故のように、同じ場所で4人の若い命が奪われても、その原因を公に調査する機関はありませんし、原因が明らかにならないまま毎年のように同じような事故が繰り返されます。

 水難事故は、原因がはっきりすれば防げるものです。水難学会では、今回ここで記事にしたような形でできる限り、多くの人が犠牲になった水難事故を中心に調査を行っていきます。そして、どうしたら水難事故に遭わずにすむか、皆様にお伝えしていく予定です。

注  ここで言う深さとは、調査日の干潮と満潮との間付近の深さで、測定時間中の潮位変化はおおよそ20 cm以内にとどまっています。

参考

1.海に散った3人の命 海岸で遊ぶ高校生に何が起こったのか 水難事故調レポート

2.子を追って親が飛び込む 親子とも生還させたい 水難事故調レポート

3.幼い女の子2人の命を奪った水難事故 原因はまさかの現象だった 水難事故調レポート

4.平穏な浜が突然牙をむく水難事故 古賀の浜 水難事故調レポート

5.台風が遠くても波にさらわれる 静岡市高松海岸3人死亡の水難事故調レポート

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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