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家庭での浴槽溺水 浴槽の形状と溺れる年齢層の知られざる関係

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
近年主流の洋式浴槽。どちらかというと顔を上向きにして入浴できる(写真:アフロ)

 急病発症や寝落ちなどを原因として、湯に顔面が浸かり溺れる、家庭内での浴槽溺水。多くの現場を見てきた救急隊員らの証言をまとめると、「40年前と今では、家庭の浴槽の形状が変わってきているし、溺れる年齢層が劇的に変わっている」との声が大多数であることがわかりました。

 前回のニュースでは、家庭での入浴時、何らかの原因で意識がなくなり脱力しても、浴槽で上向きになっていれば、溺水は避けられるか、あるいは溺水するまで時間を稼ぐことができるとお話ししました。

 今回は、浴槽の形状と溺れる年齢層の変遷に切り込み、家庭における浴槽の危険要因をあぶりだしてみます。

浴槽の種類

 1950年代、それまでの木製浴槽からタイル張り浴槽へと変遷がありました。壁面は垂直で、さめにくい浴槽として普及していきました。その後、ステンレス浴槽やFRP浴槽へと、より保温性の高い材料と構造からなる浴槽に変わりました。

 現在の浴槽は、垂直壁面で肩まで浸かる深さ60 cmの和式浴槽、細長く仰向けのような姿勢になる深さ45 cmほどの洋式浴槽、さらに和式浴槽と洋式浴槽の特徴を有する深さ55 cm前後の和洋折衷浴槽に分類されます。

 救急隊員らへの聞き取り調査では、溺水の発生した高齢者だけの世帯では、家は比較的古く、和式浴槽で溺れる事故が多いことがわかりました。和式浴槽では、家族だけで溺れた人を浴槽から引き揚げられない場合が多く、救急隊が狭い浴槽から救出するのに手間取ることがしばしばあります。そのため、浴槽溺水に出動した経験は、皆さんよく覚えています。

 最近ではマンションなどで洋式浴槽あるいは和洋折衷浴槽を設置する例が増えたようで、前回のアンケートのように浴槽の中にて上向きでリラックスして入浴している人が全体の4分の3を占めるに至りました。特に学生など20歳代前半では9割近い人が実家では仰向けで入浴すると答えました。

溺れる年齢層

 図1をご覧ください。厚生労働省が発表している人口動態統計から、「家庭における主な不慮の事故による死因(三桁基本分類)別にみた年齢(特定階級)別死亡数及び百分率」のW65 浴槽内での溺死及び溺水死亡数をもとに、1980年から2018年までまとめました。全年齢(総数)では1980年に約1,000人であったのが、2018年には5,000人を超えるまでになりました。そのうち、65歳以上の方が1980年では半分以下だったのが、2018年にはほぼ全体を占めるまでになっています。つまり、ここ最近は、65歳以上の高齢者の溺水が総数を増やしてしまっていると言えます。

図1 家庭浴槽内での溺死及び溺水死亡数の推移(筆者作成)
図1 家庭浴槽内での溺死及び溺水死亡数の推移(筆者作成)

 図2にそれより若い世代の溺死及び溺水死亡数推移を示しています。昔を覚えている人は知っていますが、0歳から4歳までの乳幼児の死亡数が極めて高かった時代がありました。1980年には総数の半分をこの年代が占めていました。2018年には20人ほどまで激減しています。5歳から44歳あるいは45歳から64歳は、1995年以降ほぼ横ばいとなっています。

図2 家庭浴槽内での溺死及び溺水死亡数の0-64歳の推移(筆者作成)
図2 家庭浴槽内での溺死及び溺水死亡数の0-64歳の推移(筆者作成)

 以上のことを俯瞰すると、救急隊員らの証言、「溺れる年齢層が劇的に変わっている」とは、乳幼児の溺水が激減して、高齢者の溺水が急増していることを指摘していると定量的に明らかにできました。

 乳幼児の浴槽溺水に関しては、全国的に予防啓もうが浸透したのと、若い世代の家庭の浴槽が和式浴槽から洋式浴槽等に変わり、水深が浅くなったことも関係しているのではないかと考察できます。一方、高齢者の浴槽溺水に関しては、多くの救急隊員が「和式浴槽でよく経験する」と話していることから、入浴中の姿勢に何らかの関係があるかもしれません。

 最新の2018年の統計では、65歳以上の高齢者のうち、家庭内浴槽で溺れた方のうち男性は2,515人、女性は2,883人で、女性のほうが比率が高くなっています。商業施設の浴槽で溺れた方だと、男性261人、女性80人で男性のほうが多くなります。入場者比率から調べないとなんとも言えませんが、少なくともどこでも女性比率が高くなるわけではありません。

どのような姿勢で発見されるか

 家族として、救急隊員として現場に入った経験を持つ水難学会会員から、溺れた方の発見当時の姿勢について回答を得ました。総数n=69の回答をまとめたのが、図3です。ここで言う経験数とは、下向き、上向きで発見された現場の経験数のことです。16以上は経験数が50以上あるとする2人を含んでいます。この図からわかることは、多くの現場で下向きで湯に顔面を浸けていたことです。

図3 家庭浴槽内で発見された時の姿勢(筆者作成)
図3 家庭浴槽内で発見された時の姿勢(筆者作成)

 アンケートの結果からは、多くの人が浴槽に浸かる時には上を向いていることから上向きのまま沈む事故が多いと想像していましたが、そうではありませんでした。ここから想像されることは次の通りです。

〇高齢者は和式浴槽に入浴することが多く、どちらかというと顔を下向きに座るため、意識消失とともに顔面が浸かる

〇立ち上がった時、前のめりに転倒するため、顔面が浸かる

 前者については、どちらかというと顔を下向きに座る姿勢が女性に多いことと家庭内浴槽で溺れた方のうち女性のほうが比率が高くなることも定性的な説明になるかもしれません。一方後者については、めまいなども十分あり得ます。しかしながら、人口動態統計で家庭内におけるW01 スリップ、つまづき及びよろめきによる同一平面上での転倒で死亡する人の数を参照すると、65歳以上で1,368人、屋外まで含めると7,299人(いずれも2018年)と、これまた犠牲者が多いのです。転倒した先に水があり、顔が浸かれば統計上溺水にカウントされる点では、用水路転落事故とよく似ています。

【参考】こんな小さな用水路で、なぜ人は次々と溺れるのか?富山の用水路の現状から

まとめと、次回の話題

 40年前と今では、家庭の浴槽の形状が変わってきているし、溺れる年齢層が劇的に変わっているとの多くの救急隊員の証言は、定量的にも説明できました。ここのところ急増している高齢者の浴槽溺水は、意識消失時の姿勢やよろめきなどの高齢者特有のきっかけが関与している可能性が大です。

 次回は、入浴中に突然の危険が迫った時、家族などへの緊急通報、あるいは入浴中の家族による見守りがスマートウオッチで可能になる、そんな近未来についてお話ししたいと思います。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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