自分で命を守る行動 東南アジアに広がるuitemate続編 水難学に関する国際会議で何がわかったか

フィリピン人による自国教員向けuitemate教室(水難学会フィリピン支部撮影)

 東南アジア各国で、自分で命を守る行動を習うことのできる社会の実現を目指しています。比較的国土の狭いスリランカでは国家警察が主体となって全国の子供たちにuitemateを教え、順調に広げています。一方、国土の広いインドネシアでは、全国に展開する国家捜索救助庁をもってしても、子供たちにuitemateを教え切れていません。

 このようなテーマが議論された、水難学に関する国際会議。11月21日から24日にかけて、マレーシアのコタキナバルに東南アジア5か国と日本から、保健省等職員や防災関係者が一堂に会しました。

 前々回のニュースでは、わが国をはじめとして各国から報告のあった溺水に関する統計と、その問題点について解説しました。

 前回のニュースでは、スリランカとインドネシアを例にとり、溺水から命を守るための方策、uitemate(ういてまて)の普及状況を解説しました。

 今回は、タイ、フィリピン、マレーシアのuitemate普及状況について、水難学に関する国際会議での報告に基づいて解説します。

タイ

 2004年スマトラ島沖地震・インド洋津波でアンダマン海に面する地域を中心に5,000人以上の犠牲者を出したタイ。2011年には、チャオプラヤー川流域で7月から始まり3か月以上続いた洪水により、446人が亡くなっています。日頃の生活の中でも千人規模で14歳以下の子供が水の事故で命を落としています。人口はおおよそ7,000万人です。

 タイのuitemate普及状況を発表したのは、タイライフセービング協会のスバンプラコーン氏。タイ国内で長く水難事故防止教育に携わっています。タイ国内では、uitemateがメー・シー・ロイ・ナム(Mae Shee Loy Nam)と呼ばれ、ライフセービング協会をはじめとして、様々な団体が子供たちに教えています。わが国からも指導員養成講習会に指導スタッフを派遣して112人のタイ人指導員を養成しました。現在では内容の統一化をはかり、タイ保健省がテキストやパンフレットを作成して配布しています。

図1 タイ王国内におけるuitemateの普及状況(水難学会撮影)
図1 タイ王国内におけるuitemateの普及状況(水難学会撮影)

 プールの普及が追い付いていないため、今でも多くの地域で左上のように自然水域を利用した教室が展開されています。サンダルの浮力で背浮きが楽にできるのですが、子供たちは自然水域で水に入る時に裸足になるので、サンダルをはかずに訓練しています。水に入る時にもサンダルをはくように指導方法が修正される方向にあると聞いています。

 右上の写真はモバイルプールと呼ばれる簡易プールを利用した教室の様子です。最近は地方部にこのようなプールを設置して、子供たちに泳ぎ方や浮き方を教えています。浄化装置付きのよいプールです。こういったプールの寄付にはわが国の企業も一部参加しています。

 左下には、子供向けの注意喚起のポスターを示します。タイ保健省がこのような資料を作成して、全国に配布しています。現在、子供の水難死防止プロジェクトに相当な力を入れています。毎年1,000人以上が亡くなる現状を国を挙げて打開しようとしています。ちなみにわが国では平成30年中に屋外で亡くなった中学生以下の子供の数は22人、生還率は89%です。

 右下は、幼稚園で行われている溺水予防教室の様子を示しています。就学前の子供たちが塗り絵をしながら溺れる危険性の高い場所を覚えるようにしています。こういった教育は、この幼稚園では毎日行われています。身近な防災教育については、わが国よりも進んでいるように思います。

フィリピン

 2013年にフィリピンを襲った台風30号(ヨランダ)では、フィリピン国内だけでも6,300人の犠牲者を出しています。7,000以上の島からなる国土には、おおよそ1億人が住んでいます。常に台風災害の危機にさらされています。

 フィリピンのuitemate普及状況を発表したのは、アクラン州カリボ町の防災担当者トリアーノ氏。同地域の防災・救急・救助機能を全て引き受けています。トリアーノ氏を含めて、100人が2016年にカリボ町で実施された指導員養成講習会で指導員資格を得ています。マニラを含めて、現在約500人の指導員がいます。

 フィリピンには、大きく分けて2つの地域でuitemateが広がっています。一つはアクラン州を中心として、行政、特に教員への普及。もう一つはマニラ近郊にてガールスカウトを中心に子供たちに直接拡がっている活動です。図2にアクラン州にて、フィリピン人により企画・実行されている指導員養成講習会の様子を示します。多くの教員がここで実技を学び、小学校等で公立のプールなどを使って子供たちに教えていきます。

図2 フィリピン人による指導員養成講習会の背浮き試験の様子(水難学会フィリピン支部撮影)
図2 フィリピン人による指導員養成講習会の背浮き試験の様子(水難学会フィリピン支部撮影)

マレーシア

 2004年スマトラ島沖地震・インド洋津波ではペナン島で約60人の犠牲者を出したマレーシア。2014年には、モンスーンによる大規模な洪水が発生していますが、隣国インドネシアに比較すると、気候および地震については穏やかな印象です。水難学に関する国際会議の開催地にある在コタキナバル領事事務所によれば、少なくとも領事事務所の管轄地域で目立つような洪水や津波の被害はないということでした。

 マレーシアでは2015年にペナン島において最初のuitemate指導員養成講習会が開催されました。ペナン島の中では、ペナン日本人学校の子供たちにマレーシアライフセービング協会のメンバーが地域交流として継続的にuitemateを教えに通っています。ただ、それ以外の活動はあまり聞こえてきません。ペナン島で資格を取得した指導員の多くが周辺の大学に通う学生だったということ、これが次への普及につながってない理由かもしれません。

 今回の水難学に関する国際会議では、実技セッションとして、コタキナバルにあるマレーシア国立サバ大学の学生約100人に対して、指導員養成講習会を開催しました。図3にその様子を示します。午前に学科1.5時間、午後に実技3時間ほどを割いて、国際指導員である、各国からの会議参加者による指導が行われました。

図3 コタキナバルで開催された指導員養成講習会での背浮き試験の様子(水難学会撮影)
図3 コタキナバルで開催された指導員養成講習会での背浮き試験の様子(水難学会撮影)

 「ういてまて」の発音ですが、マレー語でマチ(mati)が「死んだ」を意味するということで、学生たちが「ういてまて」を「ユー、マチ」(あなたは死んだ)と少し発音を変えて、笑っていました。

 世界のどこに行っても、「救助」という言葉はありますが、「救助される」という言葉はありません。言葉がないということは、これまでは溺れた人がとるべき行動がなかったということです。どこの国に行っても「救助される」に一致する言葉がないので、「uitemate(ういてまて)」という言葉とともに、溺れた人がとるべき行動として、各国が学んでいます。マレーシアでは、その発音が、あまりふさわしくない言葉に近いとも言えますが、サバ大学の教員は「特に問題はない」と話していました。

最後に

 水難学に関する国際会議の報告に基づき、わが国を含めて、東南アジア各国の溺水の現状、さらに溺水から自分で命を守る行動を習う環境づくりについて、3回に分けて解説しました。

 2012年から実施されてきた各国の指導員養成講習会は、研究の一環として無償で行われました。また2017年から3年間は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)「日本発の防災教育uitemateのASEAN地域を中心とした普及状況調査」代表 田村祐司(東京海洋大学)課題番号 7H04496により行われ、今回の水難学に関する国際会議は、科研費事業最終年度にあたり、総まとめとして開催されました。